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第五章:忍び寄る悪意(11)

 パーティーの片づけなども終えたところで、帰宅したのは夜の九時を過ぎた頃だった。


 着物によって身体をぎゅうぎゅうと締め付けられていた乃彩は、帯を解いただけで解放された気分になる。加代子に手伝ってもらいながら着物を脱ぎ、すぐさま簡素なワンピースに着替える。


「奥様、お腹は空いておりませんか? 食堂に軽食を準備してあります」


 加代子にそう言われると、お腹がぐぅと鳴る感じがするから不思議なものだ。


「ありがとうございます」


 乃彩は加代子に案内されるようにして、食堂へと向かった。そこには遼真の姿もある。


「おまえも食べにきたのか? ああいった場では、どうしてもホスト側は食事に手を出せないからな」

「はい。ただ、わたくしの場合は、着物の締めつけが……」

「これまた、えらく雰囲気がかわったな」


 ゆっくりとグラスを口につける遼真は、ワインでも飲んでいるのか。


「奥様は、何を飲まれますか?」


 加代子に声をかけられ、乃彩はすぐさま答える。


「あたたかいミルクティーをいただけますか?」


 テーブルの上には、小さめのロールパンやクラッカー、果物などが並んでいた。


「今日は、疲れただろう? 食べたらさっさと寝ろ」


 その言い方は、まるで夜更かしをする子どもを注意するような口ぶりだ。


「ですが、遼真様の治癒をしてからですよ」


 あの会場の雰囲気は、よいものではなかった。誰かが妖気を放ち、会場内を妖気で満たそうとする魂胆が丸見えだった。きっと昨年も同じような空気だったのだろう。その結果、百合江が妖気にまとわりつかれていたのだ。

 今年も同じようなことが懸念されたが、百合江にまとわりつく妖気は、乃彩がささっと祓った。


 あたたかなミルクティーが、目の前に置かれる。


「加代子さんも、早くお休みになってくださいね」

「お気遣い、ありがとうございます」


 加代子は柔和な笑みを浮かべて、立ち去っていく。遼真と二人きりにさせたいようだ。新婚の夫婦を思いやってのこと。そんな意図が感じ取れた。


「そういえば……子どもたちの件、よく気がついたな。助かった」

「いえ、あれはたまたまです。わたくしが聡美さんのテーブルへ足を運ばなければ、気づきませんでした」

「そういった『たまたま』も、求められる能力なんだよ」


 目を細めた遼真は、クラッカーを口に入れた。彼も、あの場では料理にほとんど手をつけていない。


「聡美さんのおかげです。麦茶を青のスカーフの給仕が持ってきたこと。それをきちんと覚えてくださったから、わたくしも気づけたのです」

「よくスカーフの色で給仕の役割を決めようと思ったな。ばあさんは、そのようなことをやったことがない」

「はい……春那家主催のパーティーでは、よく母が……」


 それは彩音が言っていたのだ。お酒の入ったパーティーでは、お酒の力を借りてよからぬことを考える者がいる。その酒が信頼されたところから提供されたものかどうか、見極める必要がある、と。


「一見、あのスカーフは、男性が青、女性が赤、とそういった先入観も利用しております。犯人は、給仕の格好をしてわたくしたちの目を欺こうとしたようですが、そのスカーフだけ見落としたようですね」

「俺だって、おまえから話を聞かなければ、スカーフにそんな意味があるとは意識しなかっただろう。だが、今回はそれによって被害が拡大する前に気がつけた」

「えぇ……」


 白磁のカップに口をつけると、紅茶の香ばしさとミルクのまったりした味わいが、口腔内に広がっていく。空っぽのお腹に、温かな液体が染み渡る感覚があった。


 一息ついてから、乃彩は言葉を続ける。


「会場内から妖気を感じておりましたから。昨年のおばあさまのこともありましたし。ただ、まさか子どもたちを狙ってくるとは思いませんでした」


 あのパーティーに参加できるのは未就学児。そういった子らに狙いを定め、害をなそうとするのは卑怯だ。


「だから、麦茶と偽って甘茶を飲ませようとしたのだろう。甘茶は、昔から飲まれているお茶だからな。だが、甘茶による中毒は過去にも何件か起こっているし、いずれも被害者は子どもだ。症状は早ければ三十分以内に出る。症状は嘔吐と吐き気。それも数日以内に回復し、重症化しない。あのパーティーの場を騒然とさせるには、もってこいの演出だな。だが、おまえが早く気がついたおかげで、他の子どもたちに症状は出ていない」


 すぐに啓介が動いてくれたため、他の子どもたちはまだ麦茶を飲んでいなかった。というのも、ジュースがあればジュースを飲みたいと思うようだ。ジュースを飲んでからお茶を飲めば、それは味けないもので、一口飲んで顔を逸らし、またジュースを飲む。ジュースといっても、幼児用のもので味の濃いものではない。


 それでも念のため、甘茶を飲んだと思われる子どもたちは、俊介に診てもらった。結果、中毒症状は出ていないとのこと。


「どうやら、日夏に恥をかかせたいと思う者たちがいるようだな」


 遼真の言葉に、乃彩は返事をしなかった。だが、彼と同じ考えだ。


「ところで、おまえに聞きたかったことがある」

「はい?」

「あの男は、誰だ?」


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