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第一章:愛のない結婚(3)

「よかったね、お姉ちゃん」


 明るい声を発したのは、年子の妹の莉乃(りの)。父母を同じくする妹だから、乃彩とも顔はよく似ている。


 黒髪ロングヘアの乃彩に対し、莉乃のほうが少しだけ髪色は明るい。それを肩より少し上の位置で切りそろえ、こてを使って毛先をくるりんと巻いていた。


「学校でも落ちこぼれのお姉ちゃんが、他家の術師華族の役に立てるなんて。これでお姉ちゃんも能なし令嬢からの汚名返上できるね」


 ニヤニヤと笑っている莉乃をみれば、乃彩を馬鹿にしていることなど一目瞭然だ。


 乃彩は返事もせずに、黙々とご飯を食べた。


 両親と妹がいて、雨風しのげる家があり、三食きっちりと食べることができる。けして虐げられているわけでもないのに、家族の乃彩に対する態度は冷ややかなものだった。

 それは、やはり乃彩の能力に起因しているにちがいない。


 術師家族の家柄に生まれた子は、術師のための幼小中高一貫校の宝暦(ほうれき)学園へと通う。これは、幼いころから霊力を高め、制御する力を身につけるためだ。


 もちろん乃彩も幼稚園から宝暦学園に通い、今では高等部一年。十年以上も学園で勉学に励んでいるのに、ついたあだ名が「能なし令嬢」。四大公爵家の令嬢でありながら、霊力を使えないのが原因だ。いや、厳密にいえば霊力は使える。それの対象が「家族」というだけで。


 その使い方に気がついたのも中等部に入ってからで、初等部のころは本当に何もできなかった。


 だから学園での霊力を使う実技は、ほとんどがゼロ点。霊力はあってもそれが使えないため、教師も点数のつけようがないらしい。


 しかし最近では、やっと霊力の玉を出せるようになった。ちなみにこれは初等部一年のレベルだ。その玉を自由に操り、最終的には鬼を倒すために使う。そのため、基本中の基本の技となっている。


「他家を助けたとなれば、先生も恩情で少しくらいは点数をつけてくれるんじゃない?」


 けらけらと人を馬鹿にするような莉乃の笑い方は癪にさわるものの、反論はできないためにぐっと堪えた。いや、反論なんてしてしまえばそれが何十倍にもなって返ってくる。


 それに乃彩の実技がゼロ点というのは、学園にいる者であれば誰でも知っている話だ。だからこそ「能なし令嬢」とも呼ばれている。


「それに、お姉ちゃんのその顔なら、嫁として相手も文句は言わないでしょ?」


 ふっくらとした頬の丸顔の乃彩は、ふとした瞬間に実年齢よりも幼く見えるものの、母親譲りの黒髪が彼女の妖艶さを際立たせ、父親と同じ切れ長の目が冷たい印象を与える。そのアンバランスな容姿に惹かれる男性も少なくない。


 乃彩が霊力を使いこなせないのをいいことに、いろいろと迫ってくる男もいるのも事実。乃彩であれば、隣に侍らせておくだけでも価値はあると、そう考えているようだ。


 しかしその裏には、春那公爵家と近づきたいという思惑も、少なからず隠れている。


「あらあら莉乃。そういうことは言わないのよ? 乃彩は貴重な治癒の能力を持っているのだから」


 母親の彩音(あやね)が割って入ったが、それは乃彩を思ってのことではないだろう。


「そういう力はここぞというときに使うもの。学校の成績では表せない能力だってあるでしょう?」


 彩音が艶やかな唇でにたりと笑う。


「そうね、お母さん。お姉ちゃんの力はきちんと役に立っているものね!」


 莉乃の言葉に、乃彩の胸がグズリと痛んだ。


「やだ、お姉ちゃん。そんな被害者みたいな顔をしないで。お姉ちゃんがうまく力を使えないから、私が代わりに使ってあげているんでしょ?」


 莉乃の言葉は間違いではない。霊力を回復させる治癒能力を、乃彩は莉乃に使っているのだ。姉妹であるから立派な家族。乃彩の治癒能力は莉乃には使える。


 莉乃は授業などで霊力を消費したときは、休み時間にこっそりと乃彩を呼び出し、霊力の回復を命じていた。


 だから莉乃は、他のどの生徒よりも膨大な霊力があると思われている。


 ――使えないお姉ちゃんの力を、有効活用しているのよ。


 それが莉乃の言い分なのだが、彼女の高評価の裏に乃彩の存在があるなど誰も知らない。

 それに対して文句を言いたいとか、自分の力をひけらかしたいとか、そういった気持ちも乃彩にはない。


 とにかく今は、成人を迎えて学園を卒業し、そのままひっそりとどこかに就職してこの家を出ようと考えていた。


 霊力はあっても、それを使いこなせないのだから、術師として鬼と対峙するのは難しいだろう。


 そう思っていた乃彩に、父親から突きつけられたのが「結婚」だった。


 ほうれん草のごま和えを食べた乃彩だが、砂を噛んでいるかのように味がしなかった。


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