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第五章:忍び寄る悪意(9)

 お酒も入り、誰もが気分がよくなってきたところで、遼真が席を立った。乃彩もそれに倣う。これから各テーブルを周り、結婚の報告をする。


 まずは、百合江らがいる円卓。爵位を次世代に譲り、引退した者の円卓だ。引退したとはいえ、発言力はそれなりにありご意見番とも言われている。


「おばあさま」


 遼真が百合江に声をかける。百合江は機嫌よく笑顔で答え、同じ円卓に座っている彼らに遼真と乃彩を紹介する。


「乃彩さんは、若いのに気が利くのよ。こちらの料理を選んだのも乃彩さんよ」

「百合江さん、なんだってお嫁さんのことを気に入っているのね」


 そんな穏やかな会話が繰り広げられ、先ほどまでのギスギスしたテーブルとは雰囲気も異なる。


「では、次がありますので」


 その言葉で遼真は切り上げ、次のテーブルへと移る。

 数が多いため、一つのテーブルにかけられる時間は限られている。全てを遼真が段取ってくれているので、乃彩は彼の隣で笑みを浮かべていればよい。


 そうやって何卓も周り、挨拶周りも中盤にさしかかったときに、乃彩の背筋にぴりりと緊張が走った。


 そこのテーブルには冬賀一族が座っている。その中に、茉依の姿があった。

 遼真が挨拶をし、乃彩もそれに合わせて頭を下げるが、その間、茉依の視線が異様に気になった。彼女の隣にいる徹は、先日までの結婚などなかったかのように「おめでとうございます」と遼真に声をかけていた。


 次の円卓に移っても、背中には突き刺さるような視線を感じた。


 全てのテーブルに挨拶をするのに、一時間ほどの時間を要した。これも予定通りで、二人の挨拶周りが終わったところで、パーティーもちょうど半分の時間を過ぎた頃。


 自席へと戻ると、隣の北秋公爵夫妻は不在だった。グラスもないから、他の席に行って歓談を楽しんでいるのだろう。


 乃彩は給仕から飲み物を受け取った。空調は効いているが、慣れない着物と緊張とで、喉がカラカラに渇いている。


「本当に、あなたたちはどこで出会ったのかしら?」


 ふと声をかけられ、左に顔を向けると彩音がいる。椅子が空いたから、わざわざ場所を移動したのだろう。そして遼真に聞くよりも乃彩に直接話を聞きたいがために。


「それは、先ほども遼真様がおっしゃったように、図書館です」

「そう。図書館くらいならって許した私たちが甘かったのね」


 そう言った彩音は、手にしていたグラスの中身を一気に飲み干した。酒に濡れた唇が、異様に艶やかだ。今日も、胸元が大きく開いた深紅のドレスを着ている。


「彩音」


 いつの間にか琳が近くに立っていた。


「私たちもそろそろいきましょう。彼らは、私たちから話しかけられるのを待っているのですから」


 いくらパーティーの場であっても、目上の者に親しげに話かけるのは失礼とされている。結婚報告、出産報告といっためでたい報告のために各テーブルに足を向けるのは問題ない。ただ、歓談は目上から声をかける。


「あら、残念。せっかく娘と久しぶりに会えたのに」

「この子は、私らの娘ではありませんよ」


 琳の眼鏡がシャンデリアの光を反射させる。


「またね、乃彩。公爵夫人同士、仲良くしましょうね」


 ドレスの裾を翻し、彩音は去っていく。

 彼女の後ろ姿を見届ければ、鷲づかみにされた心臓がゆるゆると動き出す感じがした。


 ほっと息を吐いて、グラスに口をつける。これはノンアルコールのカクテル。


「乃彩」


 今までのやりとりを黙って見ていた遼真が、静かに声をかけてきた。


「今のうちに食べておいたほうがいい」

「ありがとうございます」


 食事をすすめてくれたことももちろんだが、彩音とのやりとりを黙って見守ってくれていたことにも感謝の気持ちがあった。


 乃彩が受け答えに失敗すれば、遼真も割って入るつもりだったのだろう。彼の身体が反応したときに、乃彩は「大丈夫」という意味をこめ、テーブルの下で誰にも気づかれぬよう、手で制した。


「遼真様、わたくしも他のテーブルでお話をしてきてもよろしいですか?」

「ああ、おまえから声をかければ、彼らも喜ぶだろうよ。どこへ顔を出すつもりだ?」

「はい。清和侯爵のところに……夫人の聡美さんとは、今でも交流がありますので」

「あぁ。子どもがいたな。娘だったか?」

「はい……二歳になったところでして」

「なるほどな。おまえらしい」


 何が「らしい」のか、乃彩にはわからなかった。


「俺もあそこで話をしてくる」


 彼が顎でしゃくった先は、日夏一族の侯爵家が集まっているテーブルだ。


「気は重いが、まずはあそこで話をしないとな」

「遼真様でも、そんなふうに思うことがあるのですね」

「いつもだ」


 その答えが、いじけた子どものように見え、乃彩はくすりと笑った。


「では、少し席を外しますね」


 慣れない着物の袖をさばき、席を立つ。


 パーティーの席順を決めるのに乃彩もたずさわっていたから、誰がどこに座っているかを把握している。迷わず、聡美らがいる席へと足を向けた。


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