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第五章:忍び寄る悪意(2)

「何を言ってるの? 魂は魂でしょ? もう人ではないの。亡者になって生きてる人間が被害を受けるほうが大変でしょ?」


 四十九日以内の魂であっても、鬼に目をつけられてしまえば、亡者となる場合もある。


 だが、そういった魂は、たいてい四十九日以降もこの世にとどまろうとする未練を持つ魂なのだ。ようは、何かしら恨み辛みや心配事を持つ魂は、鬼に狙われ亡者にされやすい。


 それでも魂が四十九日を超えてとどまっているかどうかの判断は難しい。そのため、むやみやたらに魂の浄化は行うことは禁じられている。確実に四十九日を超えたと判断され、総会で認められたときだけ魂の浄化は可能となるはずなのに。


「お父様は、このことを知っているの?」

「どうしてお父様に報告する必要があるの? 私がやっているのは人助け。亡者を作らないようにしているだけよ?」


 莉乃の理屈もわかる。だが、規則は規則。魂とて元は人間。そしてその想い。それらを強制的に断ち切るのは、いくら術師といえども許されない行為。


 それに莉乃はまだ正確には術師ではない。術師の卵であって、学生の身。そんな彼女が、勝手に魂を浄化するなど言語道断。


「この件は、わたくしのほうからお父様に報告させていただきます」


 そう言ってはみたものの、乃彩は琳から勘当をつきつけられている。話を聞いてもらえるどころか、顔を合わせてもらえるかもわからない。


「はいはい、わかったから。とにかく私の力を回復させてちょうだい。私の試験結果が悪くてもいいの?」

「それはわたくしの知ったことではありません」

「お姉ちゃん? そう言わないで、ね?」

「くぅっ……」


 急に呼吸が苦しくなった。首が圧迫され、息ができない。


「あぁ、ごめんごめん。お姉ちゃんがあんまりにも生意気だから。ちょっと怒りで力が暴走したみたい」


 これも霊力の玉の応用だ。小さな玉をたくさん作ってそれを繋げて輪っかにし、人の首にはめる。その輪っかが絞まるように力を調整すれば、直接手を出さなくても、霊力のみで人の首を絞めることができる。


「ケホッ、ケホッ……」


 霊力の輪がゆるみ、乃彩は大きく咳き込んだ。この技は鬼らを拘束するときに使うものだ。


「まったく。お姉ちゃんのせいで余計な力を使っちゃったじゃない」


 ニタリと莉乃が笑う。

 乃彩は呼吸を整えながらも、まなじりを裂く。


「何? その反抗的な目。いつも言ってるでしょ? お姉ちゃんの力を私がうまく使ってあげてるの。私がいるから、お姉ちゃんはまだ術師としての希望があるわけでしょ?」


 別に乃彩は術師華族の地位にこだわっているわけではない。むしろそこに固執しているのは莉乃のほうではないのか。


「私が術師としてあの家を継いだときには、お姉ちゃんは私の専属治癒師として雇ってあげるね? そうすれば無能のお姉ちゃんだってまだまだ役に立つわけでしょ?」

「ありがたいお話だけど。わたくしはもう、春那の人間ではないので、お断りさせていただくわ」

「まぁ、いいわ。別にそれは急ぐ話ではないもの。とにかく今は、さっさと私の霊力を回復させなさい」


 莉乃が乃彩を軽んじているのは、今に始まったことではない。


 だから乃彩も慣れたもので、いちいちその態度に反論はしない。ただ、腹の奥でぐつぐつと怒りを沸騰させているだけ。その様子を顔に出すことはしない。


「わかったわ。莉乃、手を出してちょうだい」

「ふん、最初から素直に私の言葉に従えばいいのよ。そうすればお姉ちゃんだって苦しい思いをしなくてすんだのにね」


 莉乃は何かしら文句を言わないと気がすまないらしい。それでも右手だけはしっかりと出してきた。

 乃彩は莉乃の手に己の手を重ねた。そして癒しの霊に語りかける。


(恐れ多くも申し上げます。癒しの霊よ……)


 だが、なんの反応も返ってこなかった。いつもであれば、ぽわっと光が生まれ、その光が莉乃に吸収されていくのだが。


「お姉ちゃん、まだ? たらたらしてたら、昼休みが終わっちゃうでしょ?」

「今、やってる」


 乃彩が珍しく大きな声をあげたためか、莉乃も肩を震わせた。


(恐れ多くも申し上げます。癒しの霊よ……)


 もう一度語りかけてみるものの、やはり何も感じない。


「うそ……」


 無意識のうちに乃彩はそう呟いていた。


「何? 何が嘘なの? どうしたの?」


 今までの高飛車な様子と打って変わって、莉乃も不安そうに言う。


「力が使えない……莉乃の霊力の回復ができない……」

「はぁ? どういうこと? お姉ちゃん、とうとう本物の無能になってこと?」


 乱暴に手を振りほどいた莉乃は「使えないわね」と冷たく言い放ち、乃彩の肩を押して倉庫を出ていった。


「いたっ」


 乃彩が倒れそうになった先にボールを入れるカゴがあり、その縁に右手の甲をぶつけて切ってしまった。じんわりと血が滲み始める。


 それよりも力が使えなかったその事実に、胸が痛んだ。


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