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第五章:忍び寄る悪意(1)

 乃彩が遼真と結婚して一週間が経った。


 やはり百合江の気の病は、妖気によるものだった。あのとき乃彩が百合江に誘われ外に出たとき、彼女の身体を支える振りをして癒しの霊に語りかけた。

 すると彼女にまとわりついていたどす黒い嫌な空気が、ぱぁっと晴れていく。間違いなく百合江は、妖気に侵されていたのだ。


 力を持たない妖気であっても、敏感な術師であればその影響を受ける場合がある。


 それは『におい』に似ているのかもしれない。普通であれば気にならない『におい』であっても、敏感な人にとっては気分が悪くなるときがある。それと同じような現象だ。


 妖気を祓った百合江は、きびきびと動き出した。


『まだ、招待状を送っていないの?』


 パーティーまでは一か月以上ある。それでも招待状の準備すらしていない状況に、百合江は声をあげた。


 とにかく調子を取り戻した百合江は、気力に溢れていた。パーティーの準備の現状を把握すると、招待客関係を一手に引き受ける。


 乃彩は昨年の料理メニューから今年の料理をどうするか考えるようにと、宿題を出されてしまった。さらに、パーティー用の服を仕立てるよう、手配までされたのだ。


 遼真が着物で考えていたと言えば、そこだけは褒めてくれた。その着物を選ぶために、今日、学校の授業が終わったら、採寸などが予定されている。


 本来の百合江がどのような人物であるかを乃彩はわかっていないが、啓介が言うには『一年の充電期間を終えたら、以前よりもバイタリティに溢れている感じがします』と、げっそりしていた。


 もちろん乃彩もパーティーの準備の件であれこれ指示を受けるものの、悪い気はしなかった。むしろ楽しい。


 しかし学校ではいつものように息を殺し、できるだけ他人と関わらないように心がけていた。

 自席でぽつんと一人で弁当を食べる。その手元に影が落ちた。


「お姉ちゃん、相談があるの」


 顔をあげて相手を確認しなくても誰がやって来たかだなんて容易にわかる。

 莉乃だ。


 他の生徒がいる手前、彼女は猫なで声で乃彩に声をかけてきたのだ。


 乃彩は甘い卵焼きを飲み込んでから顔をあげた。


「どうしたの?」

「ここでは、ちょっと。ね?」


 わざとらしく周囲を見回した莉乃は、困ったように首を傾げる。


「莉乃様がわざわざいらしてるのに……」

「本当、高慢ちきな姉よね」

「力もないくせに」


 莉乃を擁護するような声が耳に入るものの、乃彩はそれを意に介せず、卵焼きをもう一つ口の中に入れた。

 日夏家の卵焼きは、特別美味しい。


「お姉ちゃん、お願い」


 両手を合わせて懇願する姿はあざとい以外の言葉が出てこない。

 まだ弁当は半分ほど残っているが、蓋をして乃彩は立ち上がった。


「ありがと、お姉ちゃん」


 腕にひしっとしがみついてくる莉乃の視線は、鋭く乃彩を睨みつけてくる。


 そのまま教室を出て廊下を進む。いつまでも乃彩の腕を放さない莉乃は、乃彩が逃げ出すとでも思っているのだろうか。


「莉乃。逃げないから離れなさい。歩きにくくて仕方ないわ」

「仲の良い姉妹を演じているだけでしょ?」

「どうせ、体育館倉庫か、その裏に連れていくのでしょう?」

「そうね。室内と屋外、好きなほうを選ばせてあげる」

「あなたからしたら、目立たないほうがいいのではなくて?」


 腕を組んで歩いている二人が足を向ける先では、さぁっと人がはけて道を空けていく。


「莉乃様よ?」

「無能の姉と一緒だなんて、何かあったのか?」


 二人並んだだけで、彼らの話題にあがる。

 彼らはそうやって莉乃を持ち上げ、好かれようとしているのだ。あわよくば、莉乃の隣に並べるようにと。


 結局、乃彩が莉乃によって連れて行かれた先は体育館倉庫だった。


「午後から実技のテストなの。だから、わかってるでしょ?」


 莉乃はテストの前に霊力を回復しておきたいらしい。そのために乃彩をこんな人けのないところへと連れ出したのだ。


「普通に授業を受けているだけなら、何も霊力を使うようなことはないでしょう?」


 術師としての能力を高める以外にも、一般教科の授業だって受けている。それを受けているだけであれば、霊力を使う場面などないというのに。


「お姉ちゃん、知らないの?」


 そう確認するのであれば「何を知らないのか」を明確に聞いてほしい。


「やっぱり、無能だから感じないのか」


 乃彩は怪訝そうに目を細くする。


「最近、なんか魂が多いのよね~。学園内にも入り込んできて。放っておいたら、鬼に操られて亡者になっちゃうでしょ?」

「まさか……あなた、勝手に魂を浄化しているの?」


 魂は亡くなった者の想い。特に亡くなってから四十九日以内は、地上にとどまっていることも多いが、たいていは四十九日を過ぎれば、自ら天へと還っていく。

 未練が残って四十九日を超え地上にとどまる魂を強制的に天に送ることも浄化と呼び、迷える魂を浄化させるのも術師の役目。これは残された魂が鬼によって操られ、亡者となるのを防ぐためでもある。


 しかし、四十九日以内の魂を強制的に浄化させてはならない。この四十九日は、この世からあの世へと向かうための準備期間ともされているからだ。

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