第四章:信頼の証(10)
遼真は乃彩をキッチンに連れ出した。お茶とお茶菓子の用意をしている間に、先ほどの話を聞いておきたい。
「あの部屋が妖気に満ちているってどういうことだ?」
茶葉の入った缶を遼真が手にすると、乃彩が手を伸ばす。
「はい。あの部屋……いえ、おばあさまから妖気を感じました。以前、お会いしたときは気づかなかったのですが」
缶を受け取った乃彩が、急須に茶葉を入れる。ポットから湯冷ましに湯を注ぎ、冷めるのを待っている。
「あっ。もしかしてわたくしの家族になったから……それで……?」
湯冷ましから目を離さずに、乃彩は一人でぶつぶつと呟く。
「乃彩。もしかして、ばあさんの具合が悪いのは……」
「恐らく妖気のせいかと。呪いの一種ですね。妖気を対象者にまとわりつかせ、精神的にダメージを与える。そうすることでじわじわと霊力を奪っていくのです」
「ばあさんがああなったのは、昨年の日夏のパーティー以降だ」
「となれば、そのときに妖気を持って帰ってきたのかもしれません」
乃彩が湯冷ましから急須に湯を注いだ。そこでまた、しばし待つ。
「わたくしが浄化してもよろしければ、試してみたいのですが」
「あぁ、頼む。いや、ばあさんに気づかれぬよう、できるか?」
「はい。対象者に触れるだけでよいので。おばあさまの手に触れる機会があれば」
「わかった」
乃彩がお茶を淹れている間、遼真は大福を銘々皿に取り分けた。
「遼真様。このお皿だけ、大福が二つありますが?」
「おまえの分だ。好きだろ? 前払いだ」
「わたくし、大福二つも食べるような食いしん坊ではございません」
彼女とこういったやりとりがしたくて、この皿にだけわざと二つのせたのだ。
ふん、と少しだけ頬を膨らませている乃彩を横目に、一つの皿に一つ、大福をおいていく。それから人数分のお茶と大福をティーワゴンにのせて、遼真はがらがらと押した。
その姿を見た乃彩は、先ほどまでの不機嫌な様子から一変し、口元に微かな笑みを浮かべる。
「なんだ?」
「いえ、遼真様もおばあさまのためなら、そういったことをされるのだなと感心しておりました」
「そうだな。俺にとっての唯一の家族だからな……いや、今はおまえもいるか」
部屋に戻ると、百合江は俊介らと談笑にふけっていた。彼女がこのように明るい声で話をするのも久しぶりに聞いた。
やはり今日は、乃彩がいるから特別なのだろうか。
乃彩はゆったりとした仕草で、テーブルの上にお茶と大福を並べていく。
「まぁ、南屋さんの大福ね?」
「そうです。大奥様の好物でいらっしゃいますから」
啓介が答えるものの、さらに言葉を続ける。
「実は、奥様もこちらの大福が大好きなのです」
乃彩は恥ずかしそうに頬を赤くしながら「啓介さん」と彼を制す。
「あら、そうなの? でしたら乃彩さん、一緒に南屋さんに行きましょう。店舗でしか食べられない特別な大福があるのよ。遼真さんと一緒に行ってもねぇ?」
なぜか不満そうに百合江が眉根を寄せる。
「そういうことでしたら、是非ともご一緒させてください。女性同士のほうが楽しめると思います」
「そうよね」
先ほどから百合江はご満悦の様子。遼真もこのように始終穏やかな祖母を久しぶりに目にした。
だが、乃彩の妖気の話が本当であるなら、乃彩と百合江を物理的に接触させたい。
「乃彩。それを食べたらおばあさまと外を歩いてきたらどうだ?」
口の中に大福が入っているのか、乃彩は頬を少し膨らませたまま遼真に視線を向けた。
「大福、食べすぎだろ? 太るぞ?」
乃彩が視線だけで反論してくる。だが、その目を見れば遼真の意図をくみ取ったとわかる。
「食べ過ぎではありません。一つしか食べておりませんから」
「遼真さん。女性に対してそのようなことをおっしゃるものではありません」
百合江がぴしゃりと言ってのける。
「ですが、遼真さんの提案は悪くはないですね。乃彩さん、お散歩に付き合っていただけるかしら? 今日はとても気分がよいの」
「えぇ。外の空気に触れることはよいことですよ」
俊介もたたみかける。
「啓介もついていけ。おばあさまに何かあったら大変だからな」
「御意」
いつもであれば文句の一つや二つ言う啓介だが、今日は百合江の前だからか素直だった。
「では、先に大福をいただきましょうね」
お茶を飲んでいた百合江も、やっと大福に手を伸ばした。
「そうそう遼真さん。結婚式はどうするつもりなのかしら?」
「んぐっ」
乃彩が驚いたのか、変な声をあげた。いや、一口分の大福を丸呑みしてしまったのだろう。慌ててお茶を口に含んでいる。
「おばあさま。乃彩はまだ高校生ですからね。式は高校を卒業してからのほうがいいかと。ただ、例のパーティーでは結婚の報告をいたしますが」
「そうですね。式は卒業してからのほうがいいでしょう。そうなれば、早くても一年後かしら? 来年の春? やはり今から準備が必要ね。一年なんてあっという間だわ」
「来年の春となれば、彼女が高校生のうちに準備する必要があります。準備も卒業してからのほうがいいのでは?」
「あら? そうしたら、一年半? 二年後?」
百合江がどこか残念そうに顔を曇らせた。