第四章:信頼の証(7)
乃彩は遼真からノートパソコンを借りた。だが啓介から預かったノートの束を見て、ため息をつく。
資料がまとまっているのはありがたい。だけど、これだけの量をパソコンに取り込むとなれば、どれだけの時間がかかるかわからない。まずは昨年の出席者のリストだけでもデータとしてまとめて、それを名簿と照らし合わせていくしかないだろう。
できれば、残されている過去データも、ここ五年分くらいは残しておきたいところだ。
「どうした? ため息をついて」
遼真は微かに笑みを浮かべながら尋ねてきた。
作業をするために、遼真の書斎の一画を借りている。彼も仕事があると言っていたし、少し離れた場所では啓介もパソコンとにらみ合っている。
「いえ。こちらのノートの内容を転記するのかと思うと気が重くて」
「まあ、おばあさまのことだからな。こういうところはきちっとしている」
遼真がノートを手にする。
「これなら、画像で取り込みテキストとして抽出すればいいだろう」
「え? そのようなことができるのですか?」
「あぁ。簡単にできる。データ取り込んでテキスト化したら、おまえにデータを渡す」
「あ、やり方を教えてもらってもいいですか?」
「さすが成績優秀者は、勉強熱心だな」
そう言われても、なぜか今は嫌な感じがしなかった。
遼真の机の上にはディスプレイが何台も並べてあり、その並びにスキャナがある。それの使い方とパソコン上でのソフトの操作を教えてもらった乃彩は、せっせとノートの内容を取り込み始める。
隣では遼真もパソコンで何やら資料を作っていた。
「あの……お仕事は何をやられているのですか?」
「なんだ? 俺に興味を持ったのか?」
「そうですね。夫の仕事くらいは把握しておくべきかと。ラブラブ夫婦であれば知っていて当然のことですよね?」
「なるほど? おまえの言うことは間違ってはいない」
カチッとマウスをクリックしたところで、遼真は乃彩に顔を向けた。
「SEだ」
「はい?」
「だから俺の職業。あの狸だって、仕事はしているんだろ?」
「父は、土地を適当に転がしておけばお金になると、そう言っておりましたが……」
「やっぱり狸だな。そういや春那は昔から不動産業で儲けていたな」
儲けていたかどうかまでは、乃彩も知らない。ただ、不動産会社をいくつか持っていて、そこの代表になっていたような気がする。代々、春那公爵が引き継いでいるとも言っていたかもしれない。名ばかり代表だと思っていたが、琳はわりと口を出しているようだ。
「俺は爵位を継ぐ気がなかったからな。だから、大学も外部進学して就職活動もして……。まぁ、急遽、家を継ぐことになったから、就職という形はとれなかったが……内定をもらった会社に、時間があるときはちょくちょく手伝いにいってる。学生のときから世話になっていたしな。その会社の代表が日夏の親戚筋というのもあるが」
どうやら遼真は、大学卒業と同時に、日夏関係者が営む会社に就職しようとしていたようだ。
「本人も術師華族だったが、一般人と結婚して華族から抜けた人なんだよ」
そう語る遼真は、どこか誇らしげに見える。
「このようなことをお聞きしていいのかどうかわからないのですが……継ぐ気のなかった爵位を継いだのはなぜですか? 世襲制ではありますが、継承権を放棄してしまえば次の方に移るかと」
「そうだ。だからじいさんも、さっさと養子をとればよかったものを」
彼は気を緩めたときは、前公爵を「じいさん」と呼ぶ。普段から、そのように呼んでいたのだろう。
「俺の次の継承権は……じいさんの親の兄弟の子孫になる。じいさんに兄弟はいるんだが、妹で日夏の家から抜けた。できれば、そこから養子をお願いしたいと思っていたが、話が具体的に進む前にじいさんが死んだ。そして俺は、次の継承権のやつに爵位を譲りたくなかった」
次の継承権の持ち主は、かなり遠縁らしい。遼真からみたら従兄弟か再従兄弟かそれ以上か。
「……おい、手が止まっている。さっさとスキャンを終わらせろ」
話をしていたため、すっかりと乃彩の手はおろそかになっていた。
「こんなの事前準備だろ? むしろ、データ化して招待状を送るのがメインだからな」
年に四回のパーティーの開催日は事前に周知されている。だから招待状は一か月ほど前に送ればよい。二人一組での出席前提の招待であるため、欠席する人から返事がくる。もしくは、子どもも一緒に参加するといったときなど。
「ばあさんは招待状の宛名も手書きだったが……今回は時間もないし、そこまでする必要はない。送付先一覧を啓介に渡して、あとは啓介に準備してもらえ」
「え?!」
今の話はしっかりと啓介の耳にも届いていたようで、彼は変な声をあげた。
「人使いが荒い……」
「むしろ、それがおまえの仕事だろ。俺たちの補佐役殿」
「はいはい。遼真様直々の頼みなら、断れませんね」
男二人の話を聞きながら、乃彩はせっせと取り込み作業を続けた。