第四章:信頼の証(6)
「やはりおまえは面白いな。おまえと一緒にいると飽きない」
「まだ結婚して数日ですのに、飽きられてしまったら困ります。この結婚が偽物であると、周囲に気づかれてしまいますから」
「なるほどな。となれば、やはり俺とおまえ。ラブラブ夫婦を演じる練習をしたほうがよさそうだな。もう一口、寄越せ」
やはり腕を組んだままの遼真が口を開けた。
少しだけ困惑した乃彩だが、先ほどと同じように一口分だけタルトをすくって、彼の口の中に入れた。
彼が食べている仕草があまりにも整っていて、つい目を奪われてしまう。
「なんだ?」
「な、なんでもありません」
「残念だな。俺にキスでもせがむのかと思ったよ」
「なんでそんな話になるんですか!」
「言っただろ? ラブラブ夫婦を演じる練習が必要だって」
「それとこれとは別です」
これ以上、遼真に揶揄われてはたまったものではないと、乃彩は残りのタルトを一気に食べ尽くした。そして、紅茶もゴクリと飲み干す。
そんな乃彩の様子を、遼真は笑って見ている。
一息ついて感情を落ち着かせた乃彩は、口を開く。
「遼真様。パーティーの準備の件でご相談があるのですが」
「なんだ?」
話題が変わったことで、遼真の顔つきも変わる。
「啓介さんもパーティーの準備ははじめてとのことでしたので、できれば大奥様に相談しながら進めたいのですが……」
「あぁ。なるほど。だが、おばあさまに会うには先生に確認しないとならない。結婚のとき、啓介が無理矢理連れてきただろう?」
「はい。お聞きしました」
「あの後、俺たちはこっぴどく叱られたからな。まぁ、おばあさまに変わった様子はなかったのだが」
「それほど酷いのですか?」
乃彩の言葉に、遼真もしばし考え込む。
「酷いと言うのかどうかはわからんが。幻聴や幻想によって、暴れる」
少ししか顔を合わせていないが、穏やかな印象を受けた。そのような彼女が暴れるとは、想像できない。
「俺から先生に確認しておく。もしかしたら、おまえなら大丈夫かもしれない」
「ありがとうございます。大奥様には迷惑をかけないよう、気を付けます」
まるでタイミングを見計らったかのように扉をノックして啓介が入ってきた。
「遼真様の分も用意しましたよ。どうぞ。それから奥様にはこちらを」
啓介は遼真の前にもタルトと紅茶を並べ、乃彩にはノートを数冊手渡した。
「こちらが今までのパーティーの記録です。先ほどお渡ししたのは、ここから昨年分のみコピーしたものになります。名簿は遼真様のほうで管理されておりますので」
「ありがとうございます」
隣で紅茶を飲む遼真を横目で見てから、手渡されたノートにざっくりと目を通す。
「丁寧にまとめていらっしゃるのですね」
「その辺は大奥様の仕事でしたから……」
だからリストが手書きなのだ。
「過去の参加者のリストなんて眺めて、どうしたんだ?」
「はい。招待状は全員に送りますが、料理とか席順とか、そちらを参考にするために今までの参加者を確認しております。あ、術師華族の名簿と突き合わせをしたいので、名簿を見せていただきたいのですが」
「名簿はパソコンの中だ。データ管理してある……乃彩、おまえはパソコンを持っているのか?」
その問いには首を横に振る。
「授業で使うタブレットは持っておりますが、パソコンはありません。スマホとタブレットがあれば、何かと事足りておりましたので」
「できれば、この手書きの資料もデータ管理にしたいな。そのほうが、これからのことを考えれば楽になるだろう。俺が外出先で使うノートパソコンがあるから、おまえはそれを使え」
「ありがとうございます」
「大奥様の資料はすべて手書きでしたので。予算もそうですし、会計報告もそうなんですよ。僕はこちらをデータ化して、今回の予算案に反映させますね」
「なんだ、おまえたち。俺がいない間に、ずいぶんと仲がよくなったんだな?」
なぜかそこで遼真が片眉をあげた。
「遼真様、もしかして嫉妬ですか? 心配しないでください。僕の一番は遼真様ですから」
そんな二人のやりとりが面白く、乃彩はつい笑みをもらす。
「なんだ、おまえ。きちんと笑えるんじゃないか」
「え?」
「いつも、つんと澄ました表情をしていたからな」
「遼真様。奥様はツンデレなんですよ、ツンデレです」
啓介の言葉の意味がわからず、乃彩は少し顔を傾ける。
「啓介。重箱入りのお嬢様に、変なことを吹き込むな。乃彩、こいつの言うことは八割方は聞き流していい。大事なことは二割くらいしか言わないからな」
「酷いです。僕だってもう少しくらいはまともなことはいいますよ。せめて三割にしてくださいよ」