第四章:信頼の証(5)
大奥様こと遼真の祖母にパーティーの準備の話を聞くとなれば、やはり遼真の許可を取ってからのほうがいいだろう。彼は乃彩が学校から帰ってきたときには不在にしており、まだ姿を見せない。
理由を聞くか聞かないか悩んでから、結局、啓介に問うた。
「今日は珍しく仕事に行っているんですよ」
彼は、課題を終えた乃彩にお茶菓子を用意しながら答えた。
「お仕事……ですか?」
「えぇ、知人の仕事を手伝っている感じですかね? 遼真様、ああ見えても情報工学を専攻していましたから」
「もしかして、外部進学されたのですか?」
宝暦学園の大学には情報工学を学べるような学部はない。あの学園の目的は、術師の養成だからだ。医療術師として学ぶ者のために医学部はあるし、次世代教育のための教育学部もある。もしくは、術師の妻としての心構えなどを学ぶ場も用意されており、短期大学部として家政学コースがある。
「そうです。まだ、大旦那様もお元気でいらしたので。遼真様はお身体の特異性からも爵位を継ぐつもりはなかったようでして。どこか遠縁を養子でもしてほしいと、散々言っていらしたんですよね。ですが、突然、大旦那様に不幸があって遼真様が爵位を継ぐこととなったわけですが……」
それ以上は言えないのか、そこで啓介は話をやめ「どうぞ」と乃彩の前にタルトを置く。
「今日は大福ではないのですね」
「大福がよかったですか? 毎日では飽きるかと思いまして、こちらを用意したのですが。実はこのお店、親子でやっていましてね。お父さんが和菓子、娘さんが洋菓子を作っていて、一カ所で和菓子と洋菓子が楽しめるお店なのです」
「素敵なお店ですね」
父親と娘。その二人の関係がうらやましい。
「もし気になるようでしたら、遼真様に連れていってもらったらいかがですか? 喫茶スペースもあり、そこでしか食べることのできない特別メニューもあるようですから」
洋菓子に合わせて、飲み物は紅茶だった。
「いただきます。これを食べ終えたら、名簿の確認に入りますね」
「はい、よろしくお願いします。本当に奥様がいてくださって助かりました。僕だけでは、そんなことまで気が回らなかったといいますか」
「大げさですね」
「そんなことありませんよ」
啓介はぶんぶんと勢いよく頭を振った。
「大奥様に聞くという発想すら僕にはありませんでしたからね。父からは、大奥様とは無駄な接触はしないようにと、言われておりますから。ですが、婚姻届には大奥様に証人になってもらいたかったので、無理やりこちらに連れてきてしまいましたが……。でも、やっぱり後から父に怒られました」
そう言った彼は、いたずらが見つかった子どものような顔をした。
「そうなりますと、わたくしが大奥様にパーティーの件を相談するのは難しいのでしょうか?」
「それも含めて遼真様へのご相談になるかと思います」
乃彩はタルトにフォークを入れた。果物などで飾り付けのされていない、レアチーズのタルトだ。一口食べると、レアチーズの酸味と甘味が口の中いっぱいに広がる。そして後から感じるレモンの風味。
「美味しいですね」
食べ物を口にして、美味しいと言葉にするようになったのは、ここに来てからかもしれない。
乃彩がのんびりとおやつを堪能していると、乱暴に扉が開いた。
「遼真様。部屋に入るときはノックをしてくださいと言いましたよね?」
「おまえ。俺が帰ってきて最初に言う言葉がそれか?」
「失礼しました。おかえりなさいませ」
「ただいま……なんだ? 今日は大福じゃないのか? せっかく大福娘という二つ名をつけてやろうと思っていたところなのに」
「遼真様。小学男児ではあるまいし、そういうことを女性に向かって言うものではありません」
啓介がピシャリと言っても、遼真は顔色一つ変えずに、乃彩の隣にどさりと座った。
「おかえりなさいませ。お出迎えもせずに申し訳ありませんでした」
乃彩は手にしていたタルトの皿を慌ててテーブルの上に置いて、頭を下げた。
「いや、いい。気にするな。それよりもそれは美味いか?」
腕を組んだ遼真の視線は、タルトを捉えている。
「はい」
「一口寄越せ。味見だ。大福とどっちが美味いか、確認してやる」
「どうぞ」
テーブルの上に置いたタルトを遼真に手渡そうとしても彼は腕組みしたまま、それを手にとろうとはしない。
「一口だけだ。面倒だからおまえが食べさせろ」
「あらあら遼真様ったらぁ」
ニヤニヤとした啓介の声が聞こえたものの、それを遼真はキッと睨みつける。肩を縮こまらせた啓介は黙って部屋を出ていった。
「ほら、早くしろ」
腕を組んだままの遼真は口を開けている。
乃彩はタルトを一口分、フォークですくうと遼真の口の中に入れた。
「うん、悪くはないな。おまえは大福とこれと、どっちが好きなんだ?」
「どっちと言われましても……比較するときは条件を同じにしなければなりません。大福は和菓子、タルトは洋菓子という点で条件が異なるため、比較できません」
「お菓子というくくりにすればいいだろう? もしくは食べ物」
「それでは、生き物という枠の中から、人間が好きか犬が好きかを聞いているようなものでは?」
ぷっと遼真は噴き出した。