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第四章:信頼の証(3)

「あの……」


 遼真を見上げたまま、乃彩は言葉を続ける。


「わたくしにもパーティーの準備の手伝いをさせてください」

「それは啓介に任せてある」

「ですが、遼真様はこのパーティーでわたくしとの結婚を発表されるわけですよね」


 そうだ、と遼真が首肯する。


「母が、パーティーの準備を取り仕切っていたのを思い出したのです。だから……」


 乃彩は母親の手伝いをしたこともあるから、必要なことなどはなんとなくわかっているつもりだ。


「なるほどな。おまえの言っていることは正しい。パーティーの準備は公爵夫人の仕事だからな。俺は今まで独身だったから、それで啓介に任せていたところもある。おまえと結婚したのであれば、このパーティーを取り仕切るのはおまえだ。と言いたいところだが……テストがあるだろう?」


 パーティーは中間テスト後に開催されるが、準備となれば今から始めなければならない。見事にテスト期間と重なる。


「ええ。ですが、こう見えましてもテストは得意なのです」


 実技は苦手だが座学は得意だ。必要な内容は、覚えてしまえばいいからだ。

 それに高等部の成績は、試験の結果によって決まる。例え、家庭の実習で失敗したとしても、体育の授業で走るのが遅かったとしても、テストでいい点数さえ取れればいいのだ。それらはたいてい、紙で受けるテスト、いわゆるペーパーテストの結果で決まる。


「なるほどな。さすが成績優秀者なだけあって、言うことが違うな」

「成績優秀者? おかしなことをおっしゃるのですね。わたくし、術師として必須の術師実技は大の苦手なのです。ですから、成績優秀者ではありません。むしろ、無能と呼ばれるくらいですから。理由は……遼真様でしたら、もうおわかりでしょう?」


 家族にしか術が使えないから。それはどんな術であっても、対象は家族のみ。


「だが、その分。テストの結果はいいのだろう? 一般科目は、見事なまでに5が並んでいるじゃないか」


 そこまで言われれば、乃彩だって気がつく。遼真はなぜか乃彩の成績を知っている。


 どうやって知ったかはわからないが、抗議の意味を込めて上目遣いで睨みつけると、遼真はニヤリと笑った。この笑い方は、乃彩を揶揄おうとしている笑いだ。


 乃彩が何かを言ったところで、遼真にやり込められてしまう。

 あきらめた乃彩は、遼真から顔を逸らし、ノートに視線を戻した。


「乃彩」

「はい」


 顔もあげず、振り返りもせずに乃彩は返事をした。


「パーティーの件は、啓介と一緒に準備を頼む。招待客のリストから食事メニュー。それから、席順。過去の資料も啓介が持っているはずだから、それを参考にしてくれ」

「わかりました。妻として、やるべきことをいたします」

「……怒っているのか?」


 背中にそのような声がかけられた。


「いいえ。怒ってはおりません」 

「そうか……だったら、一つだけ教えてやる」

「なんでしょう?」


 やはり乃彩は、決して遼真の顔を見ようとはしなかった。視線は手元のノートに向けられたまま。

 肩越しに、彼の気配を感じた。


「ここ、間違えてるぞ?」


 後ろから指が伸びてきて、ノートに書いた式を示す。


「式は当たっているのに答えが間違えている。どこかで計算ミスしていないか? それとも数学は苦手なのか?」

「苦手ではありません」


 遼真に指摘されたところを、慌てて消しゴムで消す。


「勉強しているところ、邪魔して悪かったな」

「いえ。特にすることもないから勉強していただけです」


 背中に感じる彼の雰囲気が変わった気がした。


「おまえ……春那にいたときは、いったい何をしていたんだ?」

「何をって、何をですか?」


 言葉の意味がわからず、そこで遼真を見やる。彼は難しい表情で乃彩を見つめていた。


「昨日だって、ああいった店にはいるのもはじめてだって、言っていたよな? 買い食いの一つもしたことがないのか?」

「それは……」


 遼真の言うとおりだ。学園と家の往復は、必ず送迎がついたからだ。莉乃はそれを断り、友人らと寄り道をして帰ってくることもあったが、乃彩にはそれが許されなかった。よくて、図書館に寄るくらい。それだって帰りは必ず迎えが来ていた。


 それ以外は勉強するか、彩音に言いつけられたことを調べたり手伝ったり。

 霊力も使えないため術師としての未来は望めない。となれば、従順な花嫁になるようにと、彩音からはしつこく言われていたからだ。


「春那の家で何をしていた? いや、何をされていた?」


 彼の美しく深みのある双眸からは逃げられない。

 言うべきか否か。


「俺はおまえの夫だ。妻が悲しんでいたら、その原因を取り除きたいと思うのは当たり前だろ?」

「わたくしは……悲しんでなんておりません」

「そうか? 今にも泣きそうな顔をしているように見えるが?」


 そう言った遼真が、眉間を人差し指でぐりぐりと突いてきた。


「な、何をなさるのですか」

「涙が止まるおまじないっていうやつだな」

「な、泣いておりませんから」

「だから、誰もおまえが泣いていたとは言っていない。涙が止まる方法を教えてやっただけだ。これ以上、俺がここにいても勉強の邪魔をするだけだな。じゃ、夕食持に」


 ひらりと手を振った遼真は、部屋を出ていった。


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