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第三章:偽りの夫婦(8)

 午後三時を過ぎた頃、乃彩が帰ってきた。彼女は着替えのために部屋に足を向けたようだが、それより先に慌てて遼真のところに飛び込んできたのが啓介だ。


「遼真様!」

「相変わらず、慌ただしいね。少しは落ち着いたかと思ったけれど」

「父さん?」


 乃彩とは力を使ってもらう約束をしていた。それに立ち会ってもらうために、遼真は医療術師の俊介を呼び寄せたのだ。


「啓介はいつもこんな感じだ。おまえたちは親子なのに似ていない」

「僕は母親似ですからね」


 何を言われても意に介さず、啓介はへらりと笑ってソファーに座る。


「遼真様の妖力を取り除ける術師が現れたと聞いたからね」


 眼鏡をかけている俊介は表情も口調も穏やかである。


「先生、残念ながら啓介は今も昔もかわっていない」

「そうですよ、父さん。三つ子の魂百まで。人間、そんな簡単にかわりませんって」

「だが、おまえと話をすると話題がすぐにずれるのが問題だな。俺に話があったのだろう?」


 そうでした、と啓介が身を乗り出す。


「奥様のことなんですが……やはりいじめというか嫌がらせにあっているみたいなんですよね。今もお迎えにいったわけじゃないですか。制服のスカートが汚れていたんですよ。あれはきっと、体育館裏に呼び出されて、こうやって押し倒されたと思うんですよね」


 啓介が手を突き出して、人を押し倒すような仕草をする。


「数十年前の少年漫画じゃあるまいし。誰がそんなことをしたんだ」


 遼真が間髪入れず尋ねた。


「それは本人に聞いてくださいよ。僕が知るわけないじゃないですか」

「わかった。俺のほうから本人にそれとなく聞いておく」

「それとなく? 遼真様のことだからずけずけと言いそう」


 そこで控えめなノック音が聞こえた。

 着替えを終えた乃彩がやって来たようだ。


「日夏公爵様。このような服まで用意していただきありがとうございます」


 部屋に入るなり、彼女は礼を口にした。清楚系の長袖ワンピースにカーディガンを羽織っている。そのまま外出しても問題ないだろう。


「あぁ、気にするな。それよりおまえに紹介したい人物がいる。医療術師の橘俊介。似ていないが啓介の父親だ」


 そこで乃彩は啓介と俊介を見比べてから頭を下げる。


「お初にお目にかかります。春那……日夏乃彩と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。橘俊介です。遼真様とはこれくらいのときからの付き合いでしてね」


 俊介は左手の親指と人差し指でCの形を作る。


「奥様であれば遼真様の妖力を取り除けるのではないかと伺いまして。立ち会わせていただきたいと思いました」

「はい」


 借りてきた猫のように乃彩はおとなしい。むしろ猫をかぶっているのか。それともこれが普段の彼女なのか。


「早速、頼む。終わったら、ずんだの大福を出してやるから。啓介、準備しといてくれ」

「はいはい」

「それではまるで、わたくしが大福のために治癒をするみたいではないですか」

「でも、好きだろ?」


 少しだけ唇を尖らせた乃彩は、何も言わない。黙ったまま遼真の隣に座った。

 そこで彼女は気持ちを落ち着けるかのように、ふぅと息を吐く。


「手に触れる必要があるのですが、問題はありませんか?」

「昨日だってずっと俺の手を握りしめていただろ? 今さら確認が必要か? 奥さん」


 からかい口調で言うと、じとっとした視線で乃彩が見上げてきた。そのまま「失礼します」と言い、遼真の左手をとる。


 シンとした室内の中、壁時計の秒針の音が規則的に鳴っている。


 遼真の左手からはあたたかな何かが流れ込んできた。これは懐かしい感覚。祖父が妖力を押さえ込んだときも、こんなふうに触れたところがじんわりとあたたかかった。


「気分は悪くありませんか? 極稀に、わたくしの霊力に当てられてしまう方もいらっしゃるので」

「あぁ、問題ない。どちらかといえば心地よい」

「もう少し続けたほうがよろしいでしょうか?」

「奥様の霊力がもつのであれば、そのまま続けてください」


 俊介が口を挟む。


「はい。わたくしのほうは問題ありません」


 また乃彩が静かに念じている。

 それがあまりにも快く、精神だけがふわりと抜け出していくような、そんな感覚にすら襲われる。


「終わりました」


 その声で遼真は我に返った。


「いかがですか?」

「私が診てもよろしいですか?」


 俊介の言葉に乃彩は「はい」と返事をする。


「奥様、奥様。奥様はこちらでおやつでもいかがですか?」


 いつの間にか、啓介はおやつを用意していたようだ。乃彩は遼真と大福を交互に見る。餌を求めているような小動物の動きだ。


「食べていい」


 遼真の言葉に顔をほころばせた乃彩は、自分でも気づいていないのだろう。ひょこっと頭を下げてから、彼女は啓介のところへと向かった。


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