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第三章:偽りの夫婦(7)

 次の日の朝、遼真が食堂に足を向けると、すでに制服姿の乃彩がテーブルについていた。やはり背筋が伸びていて、凛としている。


「おはようございます」

「おはよう。昨日はゆっくり休めたか?」

「はい。素敵なお部屋をありがとうございます」


 彼女の前の席に着けば、黙っていても珈琲が出てくる。朝刊はテーブルの端に置かれていた。ニュースでもなんでもスマートホン一つあれば事足りるが、新聞のよいところは事実のみが書かれているところだろう。変な意見とかコメントとか、余計な考えが記されていない。


 視線を感じて顔をあげると、乃彩がぼんやりとこちらを見つめていた。


「どうした?」

「いえ。父もよく新聞を読んでいたもので」

「なんだ? もう家族が恋しいのか? ホームシックか?」


 そう声をかければ、乃彩はぷいっと顔を背けマグカップを両手で包み込む。


「学校までは啓介が送ってくれる。それからおまえが俺と結婚したことは、すでに学園には連絡済みだ。必要な書類は学園から直接ここに届くことになっている。学園の生徒らには知られたくないだろう?」

「……別に、どちらでもかまいません」


 そう答える彼女の声色からは、なんの感情も読み取れなかった。


「卒業までは春那の姓を使え。状況に応じて、日夏の姓が必要になることもあるが。どうせ自分の名前を書くのはテストくらいだろう? だったら春那の姓で問題ない」

「わかりました」

「それから今日は、寄り道しないで帰ってこい。啓介が迎えにいくから心配ないとは思うが……勝手に帰るなよ?」

「はい」


 先ほどから人形と話をしている気分だ。昨日はもう少し人間らしさを感じたのだが。

 テーブルの上には焼きたてのパンが並び始めた。他にもスープやスクランブルエッグ、果物など。


「学園から帰ってきたら、治癒を頼みたい。できるか?」


 そのために結婚したのだ。ここで彼女も断るようなこともしないだろう。

 パンを口に含んでいた乃彩は、もぐもぐと飲み込んでから「はい」と答える。食べている姿は小動物のようで、先ほどまでのツンとすました表情とまた違う。


「どうかされました?」


 遼真の視線が乃彩も気になったようだ。あまりにもギャップについ魅入ってしまった。


「いや。やはりおまえは面白いなと思って見ていた」

「わたくしの顔は面白いものではないと思いますが?」

「誰も顔のつくりが面白いとは言っていない」


 視線だけを気まずそうに動かした乃彩は、また整った所作でパンを食べ始めた。だが、その表情に憂いを含んでいるのが、少しだけ気になった。


 朝食を終えると、乃彩は啓介の運転する車で学園へと向かった。

 その間、遼真は加代子を呼びつけ、昨夜の乃彩の様子を確認する。


「奥様は、物静かな方でいらっしゃいますから」

「何か足りないものとか、ないのか? 彼女が向こうから持ち込んだ荷物がよくわからない」

「そうですね。衣類も最小限といった様子でした。寝間着なんかは持ち込まれていなかったので、来客用をお貸ししました。やはり、着る物を優先的に用意されてはいかがですか?」

「わかった。だが、俺も女子高生がどういった服を好むのかまったくわからん。加代子さん、適当に見繕ってくれないか? サイズは?」


 それは昨夜、加代子がばっちりと確認したらしい。


「できるだけ彼女が不自由なく暮らせるように、整えてほしい」

「承知いたしました」


 そう答えた加代子の口元がゆるんでいたのを遼真は見逃さなかった。

 加代子が部屋を出ていき、それと入れ違いに啓介が戻ってきた。


「ただいま戻りました。久しぶりの学園でしたが、あそこは変わっていませんね」

「校舎内まで入ったのか?」

「まさか。昇降場でおろしてきましたよ」

「おまえのことだから、そのまま学生に交ざって校舎内をうろついてくるのではないかと思っていたが」

「せめて教師にしてくださいよ。高校生は厳しいですって」


 そこは啓介にも自覚があるようだ。


「ですが、奥様。車から降りた途端、人が変わったように無表情になりましたね。まぁ、もともとクールな人ですけど。それでもまた違うんですよ。なんかこう、能面をつけたみたいな、そんな感じの顔」


 啓介が言わんとしていることがなんとなくわかった。そして、朝食の席でそれとなく見せた憂いた表情。


「もしかして、奥様……学園でいじめられている……?」

「それはないだろう。春那公爵家のご令嬢だからな。公爵家をわざわざ敵にまわすようなバカはいないだろ?」

「ま、遼真様は完全に敵にまわしたと思いますけどね」

「それとこれは、話が別だ……啓介、探れるな?」

「はいはい。遼真様の愛しの奥様ですからね。学園での生活をそれとなく調べておきますよ。日夏公爵の権力と金を、これほどかというくらい使わせていただきます」


 出会って一日も経っていないというのに、遼真は乃彩という存在が気になって仕方なかった。


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