第三章:偽りの夫婦(5)
**~~**
遼真が自室で協会の総会資料に目を通していると、呼んでもいないのに啓介がやってきた。
「彼女の様子はどうだ?」
「はい。加代子さんをつけたので、問題はないかと」
加代子とは長く日夏家に勤めている使用人で、年配の女性である。
「加代子さんなら心配ないだろう。それから彼女の学校の手続きもやっておいてくれ」
「はいはい。まさか本当に女子高生と結婚しちゃうとは、驚きですよね。あの春那公爵が許しましたね」
「まさか。あの狸爺が許すわけないだろ? だから先に婚姻届を出して証明書まで突きつけてやったんだ」
「ええ、何をやってるんですか! どうするんですか? 春那公爵を敵に回しましたよ、絶対に」
「どうもしない。あの爺、娘を勘当しやがったからな。彼女はもう春那の人間ではない。日夏の人間だ」
啓介が呆れたように目を細くする。
「ま、いいんですけど。結婚のために勘当されたって、勘当婚?」
「なんにでも、婚をつけようとするな」
遼真に突っ込まれた啓介は肩をすくめる。
「ま、ただでさえ遼真様には敵が多いんですから……。何もわざわざ敵を増やすようなことをしなくても」
「もともとあの狸は気に食わなかったんだ。今に始まったことではないだろ? それに春那は敵になったかもしれないが、あの娘をこちらに引き入れたからな。あの力は未知数だ」
「そうですよ。遼真様。もしかして騙されているんじゃないんですか? 彼女からは霊力をまったく感じません」
啓介の言うように、乃彩からはまったく霊力が感じられない。だが、遼真の妖力に気がついた。この隠された妖力に霊力の弱い者は気づかない。現に気づいている者は他いはいない。北秋公爵も冬賀公爵ですら、感じていないようだ。
だから乃彩は興味深いのだ。彼女の力は矛盾している。
「ところで、なんの用だ?」
「うわっ。ひどっ。遼真様、僕に言いましたよね? 彼女の学園での素行を調べてほしいって」
「言ったな」
成り行きと勢いで彼女と契約結婚をしてしまったが、やはり相手の素行はきちんと知っておくべきだろう。
そう思い、啓介には結婚届を出したあと、すぐに彼女について調べるよう指示を出した。彼女が学生であることを考えれば学園に問い合わせるのが手っ取り早い。
「あんな時間に命じられて、それでもここまで結果を出した僕を褒めてくださいよ」
そう言った啓介は、手にしていた数枚の紙を遼真の机の上にパサリと置いた。
「ほら、同級生に砥部っていたじゃないですか」
「いたな」
「そいつが学園中等部の教師をやっているんですよ。それで遼真様の花嫁候補を探すために学園の情報を横流しするよう頼んだら、本当に横流ししてくれました」
「情報管理意識がガバガバだな」
「何を言ってるんですか。日夏公爵の権力と金を使ったに決まってるでしょう? 砥部は権力と金に屈したわけです」
それを自慢げに言われても褒められたものではないが、術師の出会いの場の一つである学園では、そういった相手の素行を探るというのはよくあること。特に権力と金のある家系では、よく使う手法だ。
「それで春那のお嬢様の情報を横流ししてもらったのはいいのですがね。彼女、姉妹、なんですね。超優秀な年子の妹がいるんですよ、知ってました?」
「知らん。他の爺どもは子ども自慢をしていたが、あの狸は娘について一切口にしなかったからな」
年頃の子を持つ親にとって、子の縁談は躍起になる案件だろう。
実際のところ、冬賀公爵子息は二十歳になったところで、分家筋の侯爵令嬢との縁談がまとまったと、冬賀公爵がほくほく顔で自慢していた。
だというのに春那の娘は隠されている。未成年であることを考えれば仕方ないことかもしれないが、それでもよき縁談は早めにまとめておきたいだろう。
「ま、とにかく彼女の成績でも見てください。おかしいでしょ、これ」
おかしいと言われてもまだ見ていないのだから、何がおかしいのかわからない。それでも啓介が急かすから、何枚かある資料のうち彼女の成績表を探して目を通す。
「優秀じゃないか」
現代文、数学、世界史、化学、音楽、保健体育……ざっと見ても5が並んでいる。ここまで見事なオール5を見たことがない。遼真もそつなくなんでもこなすタイプではあったが、文系科目はどこか苦手意識があった。