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第一章:愛のない結婚(9)

 乃彩が返事をしてすぐに、両親によって茶月男爵邸に連れていかれた。

 い草の匂いが漂う、趣のある和室に通された。外観は白い外壁の洋館であったから、少しだけ意外だった。


「……このたびは、このような無理なお願いを聞いていただきありがとうございます」


 額が畳につくのではないかと深く頭を下げているのが茶月男爵だ。年齢は二十代後半の小太りの男性。


「頭をあげてください。妹さんのことは、話を聞いております。特にお子様は、これからの術師界にとっては、希望の子。そのような子から母親を奪っていいはずがありません」


 琳の言葉に、やっと茶月男爵は頭を上げた。妹思いの兄なのだろう。


「ありがとうございます」


 その表情には安堵と、そしてどことなく不安な様子が見え隠れする。


「ですが、こちらの力については事前に説明したとおりです」


 琳はニコリともせずに、淡々と告げる。


「はい」

「では、乃彩と結婚していただきます」


 すかさず、彩音が婚姻届を取り出した。


「その……乃彩さんは本当にそれでよろしいのでしょうか?」


 不安そうに茶月男爵が尋ねてくる。


「えぇ。問題ありません。何も、乃彩の結婚もこれが初めてではございませんので。そちら側もきちんと約束を守っていただければ」


 答えたのは彩音だ。艶やかな髪を背中にたらしている姿は、乃彩の母親には見えないほどの若々しさを放っている。


 茶月男爵は、チラリと乃彩に視線を向けてから婚姻届に名前を書き始めた。

 その後、乃彩も同じように名前を書く。気を抜くと、手が震えてしまいそうだった。


 ――結婚、したくない。


 その気持ちを心の奥底に閉じ込めておいたのに、油断するとその想いがひょこっと浮上するのだ。


 名前を書き終えた乃彩は、先ほど顔を出し始めた気持ちに重しをつけて、心のずっとずっと奥に閉じ込めた。

 証人の欄にはすでに琳と彩音の名前が入っている。これは、春那公爵によって仕組まれた結婚。


 夫にも妻にも、愛など存在しない。あるとしたら、互いへの同情かもしれない。


「では、私は先にこれを出してきます。あなた、乃彩をお願いしますね」


 彩音がこれを提出し、受理さえされてしまえば、乃彩は茶月男爵と「家族」になる。乃彩が力を使える家族は、春那家では両親の兄弟姉妹までであった。その子、つまり従兄弟らには使えない。ここから、二親等以内までであれば力が有効なのだろうと推測される。


 今回の場合、力を使いたい相手は茶月男爵の妹。乃彩からみれば、姻族であっても二親等以内に入るから恐らく力は使えるだろう。


「妹はまだ、病院に入院しているのです」


 母体よりも強い霊力を持って生まれた赤ん坊によって、その母体が霊力の枯渇状態に陥っており、さらに産後も相成って深い眠りについている。このまま目を覚まさなかったら、母体は衰弱してしまう。


 今はなんとか、医療術師によって霊力を注がれ、栄養剤を点滴されてかろうじて生きながらえている状態だが、母体に回復の兆しが見えないようだ。


 このまま延命行為を続けるかどうかの選択を迫られたところで、乃彩の治癒能力にすがろうとしたのだろう。


「では、明後日。香織殿が入院している病院へと向かいます。こちらで段取りさせていただきますが、問題はありませんね?」


 琳はニコリともせずに、事務的に伝えた。

 香織の治療のための結婚だから、彼女がいる場所に、直接足を運ぶほうが効率はよい。


「は、はい。よろしくお願いします」


 茶月男爵は、額がテーブルにつくくらいに頭を下げた。

 こうして乃彩は、春那乃彩から茶月乃彩になった。二度目の結婚だ。


 だけど、この結婚にも「愛」というものは存在しない。

 いや、あるとしたらそれは「家族愛」なのかもしれない。家族を救うための結婚。しかしその「家族愛」は乃彩に向けられたものではない。


 茶月男爵邸から帰る車の中で、乃彩は痛む胸を誤魔化すように眠った振りをした。


 そんな乃彩に、琳はチラリと視線は向けてはみたものの、何も言わずただシートに身体を預けていただけ。


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