古からの使者
王都暦1934.3.24
「この道をしばらく行けばグラースハイムが見えてくるはずです。」
ソレイユさんが運転しながらそう呟いた。
「グラースハイムかぁ、また首を狙われないか心配だな。」
私は毎度の如く不安を吐露していた。
「確かに、そう何度も命を狙われてしまっては旅どころではなくなってしまいますね。」
「はぁ・・・私も強くなりたい。」
「シルビアさんは十分強いとおもいますよ。」
「心とか精神とかそう言うのじゃなくて、私も戦えるようになりたいってこと。」
「あら、シルビアさんは2級のハンターですよ。戦えるお姉さんです。」
私の脳裏にあの化け物の目が頭をよぎった。
「そっか、あれが戦いになるんだ・・・。」
「まぁ身を守る術が必要だと感じるのであれば一度ウィリディスさんに相談してみると良いかもしれませんね。」
「ウィリディスに・・・?」
私がそう呟くとナイフに光りが灯った。
「聞こえている。俺がいなければ死んでいたものを戦いと呼ぶとは片腹痛いわ。」
「うるさいな。」
「だがしかし貴様が修練を積むと言うのであれば、俺は貴様を手伝えるかもしれぬ。」
「手伝う?また体を乗っ取る気?やめてよね、結構恐いんだからそれ。」
「力を求めるのならば俺が放つ光の方へ向かえ。さすれば旅の助けにもなるだろう。」
ナイフが光りを放ち道を指示した。
「どうしよう・・・。ソレイユさん寄り道いいかな?」
「構いませんよ。」
私は窓から身を乗り出してロクスタに手を振った。
「止まってロクスタ!!」
「どうした?シルビア。俺様のバイクに乗りたくなったのか?」
「ちげえよ!ちょっと私たちグラースハイムに行く前に寄り道したいんだよね。あんたらはどうする?」
「勿論一緒に行くぜ!」
それを聞いた配下が慌ててこちらに歩み寄る。
「ボス!!すみませんがこちらは皆空腹を耐えて走っております。ここは二手に別れて我々は食事に急ぎましょう!!」
「だってさ。行ってあげたら?」
「だらしねえなぁ・・・すまねぇがそうさせてもらおう。だが先にグラースハイムへ言って情報を収集してお役に立てるよう努力するぜ。」
「今度はヘマしないでよね。」
「おう、任せとけ!行くぞ野郎ども!!」
そう言ってロクスタたちは先に去って行った。
「じゃあ行きますか。ソレイユさん。この光りの指す方向に行って欲しいんだけど。」
「分かりました。行ってみましょう。」
しばし人気のない道を進んだ後行き止まりに差し当たった。
行き止まりには大きな石碑があり古代文明の文字が羅列されていた。
光りは石碑の円形の模様を指しており、私は導かれるがままその模様にナイフをかざした。
すると突然地響きのような音がして、石碑が動き出した。
石碑は扉のように開いて階段が現れた。
「中へ・・・。」
ウィリディスがそう呟く。
私は恐る恐る階段を下りることにした。
ナイフの明かりを頼りに階段を下りていく。
周囲が暗すぎるせいかナイフがやたらと明るく感じた。
しばらく階段を下りて開けた場所に出ると、私たちを待っていたかのように周囲に明かりが灯った。
「これって・・・古代遺跡?」
見渡すとそこには古代文明の凄さが一目で分かるような荘厳で美しい景色が広がっていた。
*
「すごい・・・地下にこんな空間を築くなんて・・・。」
私はただただ驚いた。
こんな景色はヴィントハイムの城内でも見なかった。
ふと振り返るとソレイユさんは古代遺跡にそれほど関心を示す様子はなくいつも通り笑顔で先の様子を伺っているようだった。
「不要な装飾だと思っていたが今は懐かしく感じるな。シルビア、目的地はこの先だ。」
ウィリディスはそう言って私を導く。
「ねえ、ここって何する場所なの?」
「レギオン所持者の訓練、百聞は一見に如かずだ。行けば分かる。」
「・・・ウィリディスってレギオンになってからどれくらい経つの?」
「何故そんなことを聞く?お前が知っても詮無き事であろう。」
「この場所がいつ頃のものかとか分かったら面白そうじゃん。」
「残念だが覚えてはいない。俺は主の忠実なる刃、覚えているのは主の名前だけだ。」
「ウィリディスって好きな人とかいるの?」
「俺が恋沙汰に関心を示すと思うか?つまらない質問をするな。」
「・・・つまらないのはアンタじゃない?ウィリディス。友達になったからには色々知りたくなるものでしょうよ。」
「友ならば言葉はいらぬ。無用な詮索の末に待つのは破局だけだ。」
「そういう価値観ってアンタの時代からあるんだね。」
「見えてきたぞシルビア。あの台座に俺を掲げろ。」
正面を見るとだだっ広い広場の入口付近に台座が一つ接地されている奇妙な場所へ出た。
私はウィリディスに言われるがまま台座にナイフをかざした。
するとナイフが激しい光に包まれ宙に浮く。
遺跡の中に仕組まれた装置が起動したらしく広場が騒がしくなり、それと同時に壁や床に刻まれた壁画の模様が明るく点灯しはじめた。
そして次の瞬間広場の中央の天井が開いて緑色の光りが差し込む。
その光りの中で蠢くものがあった。
「何あれ。」
「ふぅ・・・久しぶりの体か・・・少し違和感があるな。」
光りの中で蠢くそれは少年だった。
緑の光が立体的に投影した映像のようではあったが、精悍で優し気な顔をしているのがよく見えた。
「誰?」
「はじめまして、我が友。」
少年はニッコリ笑った。
*
「あんた、もしかしてウィリディス?」
「いかにも。」
ナイフを通じて聞こえる声とは違い過ぎて違和感があったが、何となく同一人物であると感じた。
「私と同じ年くらいじゃん。」
「俺たちの時代では幼少期から戦いを教えられ、14歳戦地に赴くのが普通だった。レギオンになったのは16歳くらいだったかな。その当時の姿がこれってわけだ。」
つまり16歳で主のために身を捨てたってことか・・・。
「まだ若かったのに、馬鹿だねあんた。」
「どうだかな、お前が俺の立場だったらそうは言わないと思うぞ。」
「それで、その姿で何してくれるの?」
「強くなりたいんだろう、だから俺の扱いに慣れてもらう。」
突然ウィリディスが緑の炎をまとったかと思うと鎧で体を覆った騎士の姿へと変化した。
「この空間ではお前の魔力が弱くても、充分な力を出すことが可能だ。戦闘訓練には最適と言うわけだ。」
突然私の手元に立体映像のような依り代のナイフが現れた。
透き通っており、物質的な感じはしないが、しっかりと握った感触があり、重量も感じられた。
「いいか、古代文明の魔法は想像することが大事だ。想像出来ないことは実現しえない。まぁ、想像できたとしても制限はあるが、今はやりたいようにやってみろ。」
「想像・・・。」
私はバザーハイムの城を飛び立った時の鳥を何気なく思い浮かべた。
同時にウィリディスが燃え上がり大きな翼を持った鳥になった。
「良い調子だ。今度は俺をお前の傍らに召喚してみろ。」
「どうするの?」
「俺の姿を傍らに想像するんだ。」
「んー・・・。」
私は傍らを見ながら想像してみた。
すると突然炎が燃え上がりウィリディスが現れた。
「うわっ!・・・で、できた。」
「思ったよりも簡単なものだろう?」
「そうだね、私でも魔法って扱えるんだね。」
「俺を依り代に込めていれば依り代も変形させられる。ナイフでは心元ないだろう。剣に変えてみろ。」
「分かった。」
私はウィリディスの炎がナイフに流れるイメージをした後、手元に剣を想像で描いてみた。
思った通りウィリディスがナイフに吸い込まれ、そしてナイフは剣へと変化した。
「完璧でしょ。」
「ああ、うまいもんだ。」
へぇ・・・想像出来れば何でもいけるんだ。
じゃあこれはどうだ。
私はウィリディスが自分の体に入るイメージを膨らませ、翼を描いた。
同時に走り出してジャンプしてみた。
私の背中が緑の炎を纏い翼が現れる。
私は風を受けて滑空した。
「出来た!!やった!!」
魔法の力があれば私は空をも飛べるらしい。
*
「自分の体を変異させるとは恐ろしい女だな。」
ウィリディスが私にそう告げる。
「自分を兵器に変えたアンタに言われちゃお終いよ。」
「ふん、そこまでしてお前は何をするつもりだ。」
「いつか戦わなきゃいけない相手がいるんだよ。」
「戦わなければならない相手?」
「そいつはたった一人で私の国の城を一瞬で消し去った。国も滅んだ。そいつを放っておいたら他の国も同じ目に遭うからね。私が止めなきゃ。」
「一瞬で国を滅ぼした・・・か・・・まさかこの時代まで生きていたのか。」
「何か知っているの?」
「かつて世界を敵に回して大暴れした男がいた。名はガルトスと言う。」
「ソレイユさんが話してたやつだ。詳しく聞かせてよ。」
「俺が生まれた頃は世界中が戦争をしていてな。あらゆる兵器が研究開発されていた。当時様々な国でレギオンの研究が進んでいた。ガルトスはレギオン研究の実験体の一人だった。実験体に選ばれることは名誉あることでガルトス自身も喜んでこれを受け入れたが、実験の末、ガルトスはレギオンにはなりきらず肉体を持った半レギオンとなった上に恐ろしい能力を有した。」
「恐ろしい能力?」
「他者を自由にレギオン化させ操る能力だ。ガルトスの能力を恐れた国はガルトスを消そうとした。国に裏切られたガルトスは絶望し忠誠を誓ったはずの国を滅ぼしてしまった。全てを失ったガルトスはその後逃げ惑う人々をレギオン化させ自らの力へと変えながら暴れ続けた。いつの間にか世界を巻き込み暴れ続けたガルトスがどうなったかを知る者はいない。だが生きていたんだ。お前の言ういつか戦わなきゃいけない相手はきっとガルトスで間違いない。」
「なんで分かるの?」
「お前からは懐かしい気配がした。おそらく奴と接触したのだろう。ガルトスは生き別れた私の兄なのだ。」
「あんたのお兄さん?」
「ガルトスはただの人間じゃない。戦えばただでは済まない。」
「・・・・・・。」
「しかし、一人の弟として頼みたい。兄を止めてくれ。そのためならばお前に惜しみなく力を貸そう。」
「まぁ、どの道そのつもりよ。力を貸してウィリディス。」
私はウィリディスに手を差し伸べた。
ウィリディスはそっと微笑み手を握り返した。
*
「しかしこう見るとなかなか格好いいね。おい、女ぁなんて言いそうにない顔してる。」
「俺を茶化すな。」
ウィリディスは優しそうな外見とは裏腹に毅然と対応するタイプのようだ。
「こんにちはウィリディスさん。」
やけに大人しくしていたソレイユさんが声をかけた。
「シルビアの連れか。随分と強力な力を持っているようだな。」
「私はソレイユと申します。こうして話が出来て光栄です。」
「用があるなら申せ。」
「あなたはレギオンを元の人間に戻す方法を知っていますか?」
「レギオンは実体を捨てた魂だけの存在。元に戻す方法などない。お前のレギオンもそれくらいは知っているだろう?」
「可能性を信じているだけです。」
「哀れなものだが敢えて希望を捨てろとは言わん。友のよしみだ、困ったことがあれば相談するがよい。」
「ありがとうございます。」
ソレイユさんは深々と頭を下げた。
「何であんたはそう上から目線なのよ。」
「俺は刃だ、斬る人間を選びはしない。」
「俺がへりくだるのは自分の主だけだぁ~とか言いそうよね。」
「主が望むのならば主をも斬る。それが刃だ。お前も俺の扱いには気をつけろ。」
「あんたこそ、横暴な態度が目立つようなら捨てちゃうからね。」
「なっ・・・分かった。気を付けよう。」
「素直なのは良い事ですね。話がまとまった所ですし、そろそろ戻りましょうか。」
ソレイユさんが私たちにそう言った。
「ああ、あまり長居するとこの女が無茶をしそうだ。その方が良いだろう。台座のナイフを取り出すと良い、稽古はここまでだ。」
「ウィリディス、こうして会えて良かったよ。仲良くやれそうな気がしてきた。」
「俺も顔を見せれて良かった。今後ともよろしく頼む。」
そう言ってウィリディスは姿を消した。
「じゃあ、帰ろうかな。おいでウィリディス」
私はナイフを手元に描く想像をした。
思った通り手元に炎が燃え上がりナイフが現れた。
同時に遺跡の装置が機能停止して、辺りは静かになった。
「行きましょう。」
ソレイユさんに導かれて私は遺跡を後にした。
王都暦1934.3.25
あれから遺跡を出て私たちはグラースハイムへと向かい宿に泊まっていた。
「あー、魔法使うの楽しかったなー。なぁ、ウィリディス?」
「今ここでも使ってみたらどうだ?俺を召喚してみろ。」
「もう、完璧だし。」
私はナイフを取り出してウィリディスを描いてみた。
燃え上がる緑の炎。
しかし突然凄まじい倦怠感に襲われ、私はその場で跪いてしまった。
緑の炎からは何も現れずそのまま霧散してしまった。
「なんで?」
「あの時の力はあの空間の助けがあってこそ出来たという事だ。あの空間から出た時点でお前は飛ぶどころか、俺を具現化することさえ出来ない。」
「意味無いじゃん。」
「だが使い方は覚えただろう?今後は意識を飛ばさず想像力を保てるよう頑張るんだな。」
「頑張るってどうすりゃいいのさ。」
「とにかく挑戦あるのみですよ。シルビアさん。」
部屋に入ってくるなり状況を察したのかソレイユさんが私にそう言った。
「とにかくやるしかないのかぁ。」
私はやるせなくうなだれた。
しかしその直後部屋の外に慌ただしい足音が近づいてきて、それは私たちの部屋のドアを荒々しくノックした。
「俺だ!ロクスタだ!!大事件だ!!」
ロクスタは息を切らして部屋に入って来た。
「どうしたの?」
「バザーハイムがこれまでの同盟条約を一方的に破棄してモーントハイムの傘下に下った。このままだとグラースハイムも危ういぜ!!」
私は一瞬フナの事を思い出した。
「彼ならきっと大丈夫ですよ。」
私の心を見透かしたかのようにソレイユさんは私にそう告げた。
「ですが、ここに長居することは得策ではなさそうですね。」
「ソレイユさん、どうするの?これから。」
「もちろん逃げます。それが穏便に済ませる唯一の方法ですから。」
「確かに、また首を手土産にするとか言い出す馬鹿に会ったら最悪だしね。」
「では、明日にはここを発つとしましょう。シルビアさん、今日中に買い出しを済ましておいてくださいね。」
「わかった。」
それからしばらくした後私は市場をうろついていた。
「食料はソレイユさんに任せておけばいいし・・・何が必要かな・・・。」
グラースハイムの市場は活気があり品揃えも良い。
人ごみの中で私は目ぼしい商品を探していた。
「シルビア・・・。」
突然ウィリディスが私に声をかける。
「何?」
「尾行されている。」
私はそれを聞いてすぐさま人気のない路地へ入り後を振り返った。
あからさまに私を尾行してきた男が私を見て驚いた素振りを見せる。
「レギオンの導きか?よく気が付いたな。」
「誰よあんた。」
「待ってくれ。私は敵ではない。」
男がフードを脱いで顔を見せる。
「僕はアラト、アラト・クリー・グラース。この国の王子だ。」
*
「王子?王子が何の用なんだよ。」
「その光りを放つ古代のナイフ、君はレギオンの使い手なんだろう?」
王子はそう言って私に詰め寄ってきた。
「知っているぞ、レギオンの力があれば100人の兵をも上回るんだろう?見れば分かる、君は強い戦士だ。その力、是非このグラースハイムのために使って欲しい!!」
随分と暑苦しい王子だ。
「あんたには悪いけど私・・・。」
「おい、あれ王子じゃないか?」
「本当だアラト王子だ。」
気が付けば人が集まってきていた。
きっとこいつの声がうるさいからだ。
「まずい、こっちへ来てくれ。」
アラトは私の手を引いて走り出した。
狭い路地を駆け抜け、とある建物の屋上までかけ上がり私たちは息を切らしてうなだれた。
「何で私まで逃げなきゃいけないのよ!」
「すまない、でも、今君と逸れたら二度と会えない気がするからな。」
「あんた勘違いしてるよ。私は確かに古代のナイフを持っているけど力はまだうまく扱えないんだよ。」
「何?そうなのか?でもさっきレギオンの力で俺を察知したじゃないか。僕は見ていたぞ、そのナイフが光って君が行動した様子を!」
「それくらいしか出来ないんだよ。もう帰っていいかな?人を待たせてるんだよ。」
「待ってくれ、まだ君の名前も聞いてないじゃないか。」
「私はシルビア、単なる旅人よ」
「シルビア・・・ヴィントハイムのシルビア姫・・・!そうだ、どこかで見たと思えば君じゃないか!!」
そろそろ新しい名前で生きようか・・・。
「だったら話は早い、我々はモーントハイムと戦う!君も祖国を取り戻すために戦おう!断る理由なんて無いはずだ!」
確かに、その言葉を待っていた自分がいた。
「でも、私は・・・。」
力を扱うことはできない。
単なる足手まといでしかない。
それは自分が一番分かっている。
「いいさ、君に力が扱えないと言うのならば僕も手伝う。決まりだ。」
「勝手に決めるなよ!」
「分かった、じゃあ異論は城で聞こう。お連れの方もご一緒にどうぞ。」
アラトはそう言って微笑んだ。
*
「城へ?」
ソレイユさんが私に尋ねる。
「そう、王子様が一緒に戦おうだってさ。」
「また随分と急なお誘いですね。」
「でも私は断れなかったよ。」
「以前殺されそうになったことを思うと、意外な判断です。それでいつ行く約束なのですか?」
「いつでも良いが、出来るだけ早く来てくれ!待っている!!だってさ。だからもう早速行くつもり。ソレイユさんも来てくれるよね?」
「もちろん、美味しいお食事が期待できそうですからね。」
「良かった。早速荷物とってくるよ。」
グラースハイム城門前まで徒歩で歩く私とソレイユさん。
門番を見つけて私は声をかけた。
「こんにちは、アラト王子に呼ばれて来たシルビアと言うものです。」
念のため私は王家の証を見せた。
「ああ、伺っている。どうぞ中へシルビア姫。」
門が開くとグラースハイム城の全体像がよく見えた。
白い壁に青い屋根、なんとも爽やかな彩だ。
でもちょっと城までの道のりが長く感じた。
「綺麗な場所ですね。こんな所に住めたら毎日が楽しいかもしれないですね。」
「たしかにヴィントハイムよりは風通し良さそうだね。」
私たちが話していると遠くから走ってくる人の姿があった。
「おーい!!シルビア姫!!」
アラト王子だった。
随分と遠くからでもハッキリ聞こえる声でアラト王子は私たちを呼んでいた。
「来てくれると信じていた!君が来るまでずっと外で待っていたんだ!さあ中へ。ようこそグラースハイムへ!」
どうにも暑苦しい男だと思った。
やたら大きな机の上に食べきれないであろう数の食事が並んでいた。
「好きな物を食べてくれ。交渉が決裂したとしても、良い思い出を残してもらいたいからな!」
「随分と気前がいいんだね。何か企んでるの?」
「出会って間もない女性を死地に送ろうとしているんだ。せめてこれくらいしなければ気が済まないだけだ。正直なところ心苦しくもあるんだよ。ところでお連れの方のお名前を伺ってもいいかな?」
「ソレイユです。」
「ソレイユ・・・もしや蒼炎のソレイユですか?」
「あっ・・・それ前にも聞いたやつ。有名なの?ソレイユさんって?」
「いえ、それほどでも・・・。」
「有名も何も、テラムソリスの伝説のじゃないか。どこからともなく現れて蒼炎を纏ったレギオンを扱い最高難易度の標的をたった一人で仕留めて帰ってくると言うハンター。単なる噂だと思っていたが実在していたとは・・・。」
アラトのこぶしに力が入るのが分かった。
「ソレイユさん、どうかグラースハイムのために力を貸してほしい!!ここで出会えたのはきっと運命だ!!」
「お断りします。」
ソレイユさんが即答する。
「私はシルビアさんの単なる付添でここへやって来ただけです。国同士のいざこざに干渉する気はございません。」
「そんな・・・。いや、無理強いはよくないな。とりあえず食事を楽しもう。話し合いはこれからさ!」
王子はパンを手に取り王族とは思えないくらい豪快にかぶりついた。
*
「君たちは考えたことがあるかい?民を守るために誰かを犠牲に差し出すなんてことを・・・。」
アラトは食事をしながらそう言った。
「考えたことは無いけど差し出されそうになったことはあるよ。」
私は思ったままを口にした。
「バザーハイムかな。彼らの不幸は時間がなかったことだ。より多くの民を守るには最善の選択だったのかもしれない。しかしそれは束の間の話だ、いずれ彼らは最前線で代理戦争を無理強いされるに決まっている。その時相手になるのはこのグラースハイムかもしれない。」
ふとまたフナの事が頭をよぎった。
彼は大丈夫だろうか・・・場合によっては彼と戦うことも有り得るのだろうか。
「バザーハイムにも知り合いがいるのかい?まぁ、国がいくら対立しても人は人だ、戦いたくない相手もいるだろう。しかし、我々はそれでも選択を迫られる。失いたくないものを斬り捨て、無くしたくないものを投げ出し前へ前へと進まなければならない時が必ず来る。シルビアさん、貴方になら分かるはずだ。」
「そうだね、でもアンタが相手にしようとしている相手はアンタが思っている以上に厄介な相手だよ。城を一つ一瞬で消し飛ばす力を持った男がいる。私の国はその男一人によって滅ぼされた。私はその男から逃げ出すので精一杯だった。分かる?私を味方につけただけでは奴に太刀打ち出来ないんだよ。」
「城を一瞬で・・・それも一人で・・・。」
「気持ちは嬉しいんだ。一緒に戦おうって言ってくれて救われた気がした。でも勝算もなく戦いに挑むのは単なる馬鹿だよ。」
「・・・確かに力押しでどうにかなる話ではなさそうだ。しかし、ならばこそ君たちの力が欲しい!奇襲攻撃を仕掛けるならば少数精鋭の部隊が必要になってくるからな。そこにレギオンの力が加われば心強い!」
「何度も言ったと思うけど、私はレギオンの力を使いこなせないの。使おうとすると倒れちゃうんだよ。」
「心配いらない。レギオンの力を引き出すには魔力が必要なのは分かっている。古文書によると古代人はその魔力を結晶にすることに成功したとある。その魔力の結晶を使えば君は一定時間レギオンの力を自在に引き出せるはず。制約はあるが戦場に立てる戦力になり得るはずだ。」
「そんなのがあるんだ・・・。」
「モーントハイムと明日にでも戦いを始めようと言うわけではない。君が力を得る時間は十分にある。シルビア姫・・・頼む!僕と一緒に戦ってくれ!!」
「いちいち気が早いんだよ。まずはその結晶を見せてよ。それからでしょ戦えるかどうかは?」
「結晶は今は無いんだ。」
「は?」
「だがあるとされている場所は知っている。だからしばらく僕も君たちの旅に同行しようと思っているんだ。」
「一緒に旅?あんた王子だろ?」
「君だってお姫様じゃないか。実は外の世界に憧れていてね、君と出会えたのも城から逃げ出していたおかげなんだ。」
私はアラトと自分を重ねていた。
「君の言うとおりだ。確かに君を死地に送るか悩むには早すぎる。まずは一緒に魔力の結晶を探しに行こう!」
アラトは手を差し出した。
「どうしよっかソレイユさん?」
私はソレイユさんの方を見ていった。
ソレイユさんはお任せしますと言った具合に手のひらを私に見せて微笑んだ。
「わかった。しばらくは私とアンタは仲間だ。」
私はそう言ってアラトの手を握った。
最近は手を握ることが多いな。
*
私たちは城内を歩きながらアラトと会話をしていた。
「しかし一緒に来るって本当に大丈夫なのか?色々問題あるだろ?王子なんだからさ?」
「心配いらない。優秀な配下を行かせるくらいなら僕が直々に出向いた方がこの国のためになる。」
「なんだそれ?いかにも自分は無能って言っているようなものじゃないか?」
「無能だよ。指示を出すだけで実際誰かを守っているのは民の方さ。民が優秀であれば君主は必要ない。いずれ時代が変われば人々もそれを理解するさ。」
「そうだったとしても無責任すぎるだろう。」
「無責任な人間に責任を押し付けるほど民は馬鹿じゃないさ。王は健在だし、実質僕は必要のない人間だよ。」
「思ったより卑屈だなあんた。」
「そうさ、僕は卑屈で卑怯者だ。しかし民が僕を王子と呼ぶなら僕は王子として振る舞うだけだ。そして君たちに同行することは国を守ることに直結する。全て理にかなっていることだよ。」
「ああそう。まぁ勝手にすればいいけど、荷物は少なめに頼むよ。」
「心配いらない。僕はレギオンは使えないが召喚魔法は使える。」
「いいなぁ・・・召喚魔法。でも具体的にどうやって物を召喚するかは分かっていないんでしょう?」
「そうだ。物心ついた時には扱えるようになっていたから伝授させることはできない魔法だ。」
「私が召喚出来るのはウィリディスだけか・・・。」
「出来る事ならば力を交換したいくらい羨ましいがな。」
「あんたがこのナイフの主になろうとかは思わないの?」
「レギオンは血の盟約を交わした相手としか呼応しない。君が扱えるのはご先祖様が盟約を交わしているからだ。僕では扱うことは出来ない。さあ、着いた。ここが君の寝室だ。隣がソレイユさんの寝室。気に入ってもらえればいいが。」
どこか懐かしい感じがした。
この部屋は私が嫌いだった自分の部屋によく似ている。
「素敵な部屋ですね。それでは私はさっそく休むとします。アラト王子明日からよろしくお願いしますね。」
ソレイユさんはそう言い、アラトが笑顔で頷くのを見届けた後部屋に消えた。
「さぁ、君も今日はゆっくり休むと良い。」
「ああ、そうするよ。」
そう言って私は部屋の戸を閉めた。
足音が遠ざかっていくのを確認してから私はやたらと大きなベッドに倒れ込んだ。
横になると大嫌いな感触が蘇った。
あの王子も私と同じなのかな・・・。
そんなことを思いながら私は眠りに落ちた。
王都暦1934.3.26
朝、グラースハイムの門前でアラト王子を待っていた。
「門の前で待っていてくれって言われたけど、遅いなあいつ。」
「やはり王子が出ていくとなると、やることも多いのでしょうね。」
ソレイユさんがそう答える。
「ん?誰か来る・・・。」
「おーい!待たせてすまない!」
アラト王子だった。王族とは思えない、いかにも旅人のような服装だったので誰だか分からなかった。
「随分と印象が変わるな。」
「ああ、束の間だが、今からは旅人だ。よろしくお頼みますお二方。」
「おっと・・・俺を忘れてもらっちゃ困るぜ。」
「ロクスタ、いつの間に?」
「知り合いか?シルビア姫。」
「ああ、まぁ友達だよ。」
「そう言うことだ。あんまりシルビア姫になれなれしくすんじゃねえぞ。」
「お前が一番なれなれしいんだよ。」
私はロクスタを軽く小突いた。
「皆さん、さっさと行きますよ。」
気が付くとソレイユさんは車に向かって歩いていた。
「待ってソレイユさん!」
アラト王子が仲間に加わり新たな力を得るための旅にでる。
私の旅は賑やかになってきた。
しかし同時に暗雲が近づいてきていることを肌で感じていた。




