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風のレギオン  作者: 七子二号
1/3

歪な自由



 幸せはいつかは何も感じなくなるものだから。

 感じた時の気持ちをいつまでも覚えていて欲しい。

 何も感じなくても、そこにあると分かるように。


 王都暦1933.4.3

 テラムソリスそこは数多くの国家が栄える大地。

 その内の一つ、王都ヴィントハイム、魔法と機械仕掛けの大きく栄えたこの国の姫として私は生まれた。

「シルビア、また夜抜け出したのか。」

 国王ヴィアヴェル、私の父親・・・。

「よく聞きなさいシルビア、お前は国王の娘である以前に一人の人間だ。外の世界でありのまま生きてみたい気持ちはよく分かる。だが、国王の娘である以上、お前に外の世界は危険すぎるのだ。不平を感じる者もいれば王都崩壊を目論む人間もいる。王家の人間は常に・・・。」

「・・・せーな・・・。」

「何?」

「うっせぇんだよクソジジイ!!毎回毎回同じ能書き垂れやがって!!私はもう16だ!!結婚してテメエの前からいつ消えてもおかしくねえ年齢なんだよ!!いつまでも子供扱いすんじゃねえよ!!」

「シルビア!!待ちなさい!!話はまだ終わってない!!」

 私は両手で中指を立ててから部屋に走って逃げた。

「もう、うんざりだ。何が姫だクソったれが!!」

 靴を壁にぶん投げてベッドにダイブした。

 この寝心地の良い柔らかな感触が嫌いだ。

 私はあのクソジジイの着せ替え人形なんかじゃない。

 一人の人間なんだ。

「こんな人生うんざりだ!!」

 布団に顔を埋めて叫んだところで何も変わらない。

 毎日がこんな感じだ。


 くぐもった溜息だけが部屋に響いていた。

 そんな僅かな音を掻き消すようにコンコンと誰かが扉をノックした。

「・・・何?」

「ベロです。大した事ではないのですが、敵対している隣国モーントハイムの者が一人王都に侵入したとの情報が入って来ました。すぐに対処しますので問題はないとは思いますが、念のため事が解決するまでは絶対に城から逃げ出さないようにお願いします。」

 なんだそれ、どうせ親父が私を管理するためについた出鱈目だろ。

「分かった。今夜は部屋から出ないよ。」

「ありがとうございます。それでは失礼しました。」

 足音が扉から遠ざかる。

「”今夜”はね。」

 私は窓の外に飛び出し未だにバレずに使っているロープをつたって懲りずに城を脱出した。

「敵対している隣国の人間だぁ?一人で来るなんていい度胸してるじゃねえの、歓迎してやらないとな。」

 我ながら悪そうな笑顔を浮かべていたと思う。

 しかし、突然得体の知れない低い音が鳴り響き、妙な緊張が走り笑顔はすぐに消えた。

 音は空からだった。

「防御壁?」

ヴィントハイムは防御魔法で守られており、見えない防御壁が外敵の攻撃から王都を守っている。

 その防御壁が見えている。

 防御壁の光に併せて低い音が鳴り響いている。

「・・・攻撃?違う。」

 次の瞬間空が割れた。防御壁が崩れたのだ。

 破片は地上に落ちる前に霧散して被害こそ無かったが、今この瞬間ヴィントハイムは丸裸になったのだ。

 状況が呑み込めず空を見上げていると何処からともなく警報が鳴り響き、避難勧告の放送が響いた。

「誰かが防御壁を解いた?」

 となると敵は城の中にいることになる。

 私は城の玄関口まで走った。

 しかし玄関口が見えてきた所で景色が吹き飛んだ。

 いや吹き飛んだのは私だ。

 吹き飛ぶ刹那に城全体が爆炎に飲まれているのが見えた。



 意識が戻った時に感じたのはむせ返るような熱さだった。

 なんとか起き上がるものの背中を強く打ち付けたらしく酷く痛んだ。

 周囲は警報と悲鳴で、完全に混乱状態になっていた。

 城は完全に瓦礫と化しており、誰も生存していないのは明らかだった。

 王都陥落、それも一瞬で。

「どうなってんだよ・・・。」


「あれれ?これはこれはシルビア姫じゃありませんか。」

 声は城の炎の中から聞こえた。

 燃え盛る炎の中からフードを深々と被った男が姿を表し、気取ったようにお辞儀をした。

「お前かよ、お前がやったのか?」

「ええ、盛大な花火でしたでしょう?お父上と一緒に見れなくて残念でしたね。」

「・・・親父は・・・親父はどこだ?」

「ああ、彼なら貴方を探してましたよ・・・。」

 男が笑うのがハッキリと見えた。

「さっきまではね。」


うんざりするほど聞かされてきた言葉が頭をよぎった。

耳にタコが出来るくらい聞かされた説教なのに、今は涙が止まらなかった。


「おや?泣くんですか?聞くところによるとお姫様って肩書にうんざりしてたって聞きましたよ。願いが叶ったじゃありませんか。あっ、もしかして嬉し泣きですか?シルビア姫・・・いや、シルビア。」


「ふふっ・・・ははは・・・。」

 私は笑った。

 それを見て男の笑顔が怪訝な顔に変わるのが見えた。

「私はてっきり人間は全員同じなんだと思ってたよ。身分の差なんて誰かが決めたもの。みんな血の通った人間なんだって。お前みたいなゴミムシが世の中にいるなんて知らなかったよ。」


 私は男に向かって駆けだしていた。

 こいつだけは刺し違えてでも一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まない。

「ああああああああああああああああああああ!!!!」


「こんなのが王族じゃ、そりゃ滅んで当然だよね。」

 男はうるさい虫でも払うかのように私を殴り飛ばした。


「それじゃ俺帰るからさ。復讐に来るなら隣国のモーントハイムにおいでよ。待ってるよ。」


「行かせるかクソ野郎!!!!」

 再び殴りにかかるも男の間に爆発が起き吹き飛ばされた。

 男は見向きもしなかった。

 何も出来ずに全てを失った。

 全てを失い、あれほど渇望していた自由へと放り投げられた。

 私の心は滅茶苦茶だ。



 あれからどれだけ時間が経っただろう。空は暗黒に包まれているのに真っ赤な炎で燃える王都は明るかった。

 こんな景色は今まで見たことも無かった。

 これを一人の男が作り上げたと言うのが信じられない。

 行く宛てもなく歩く。

 そんな私の前に建物にぶつかり倒れているバイクが現れた。

 キーは刺さっており大きな損傷もない。

「私と来る?」

 バイクを起こして跨り

 エンジンスタートボタンを押し込む。

 エンジン音が勢いよく鳴り響く。

「良い子だね。なら行こう。」

 エンジンを吹かして走り出す。

 炎の中を駆け抜ける。

 ひと際大きく燃える城を背後に、王都に別れを告げ、走り抜ける。

 道中空を埋め尽くす程の数の飛空艇に出くわした。

 モーントハイムの本隊だろう。

 この子に出会っていなかったら私はあいつらに殺されていたに違いない。

 これから起きる惨劇を止める術は私にはない。

 一人では何も出来ない。

 関所に行けば王族の者がいる。

 彼らならば知恵も力も貸してくれる。

 そう信じて国境を目指していた。

 しかし現実は非情だった。

 関所は城と同じように跡形もなく吹き飛ばされていた。

 おまけにモーントハイムの兵士がうろついていた。


「私は、もう誰にも囚われたりしない。」


 エンジンを思い切り吹かす。

 慌てて私に対応しようとする兵士を横目に駆け抜ける。

 バラバラに砕け散った関所の瓦礫を抜け私は国境を抜けた。


 この借りは私がいつか必ず返す。


 決意を胸に私は歪な自由へと走り出した。


王都暦1933.4.5

 あれから飲まず食わず、そして寝ずに走り続けている。

 生きて国を脱出出来たのは良かったが、このままでは死にそうだ。

 そう思いながら走っていると、一軒のダイナーが目に留まった。

「交渉してみるか・・・。」



「いらっしゃい。ん?大丈夫かあんた?ボロボロじゃないか。」

 店主は私を見て心配しているようだ。

 これなら食事くらい恵んでくれるだろうか。

「ヴィントハイムから避難してきたんだ。もう二日間何も食べてなくて・・・でもお金も無くて困ってる。助けてくれないかな。」

「・・・うちも商売だからな。あんた一人を助ければ、全員助けないと筋が通らなくなる。水なら出してやるが、飯が食いたけりゃ相応の品を置いていきな。」

 そう言って店主はカウンターに水を置いた。

「・・・・・・。」

 私は服を漁ってみた。

 小銭の一つでも入っていれば良かったのだがポケットは全滅。

 しかし自分の首にペンダントがかけてあるのに気が付いた。

 いつもは人目につかないよう服の内側に入れておいた王家の証。

「ねえマスター、このペンダントと食事を交換しない?」

「アクセサリーか・・・宝石もなにもついてないな。でもどこかで見たような・・・。」

「頼むよ。」

「・・・・・・飯を食ってこれからどうするつもりだ。」

「さぁ、今は行く宛てなんてないよ。」

「じゃあこうしよう。お前はここで働く。お前が逃げないようにこのペンダントは俺が預かっておく。」

「つまり・・・食事もらっていいの?」

「ああ、もし行く宛てが出来たらその飯代払え。そしたらペンダントは返してやる。どうする?」

 私は出された水を飲み干した。

「やる。カレー頂戴。」

「ちょっと待ってろ。そうだお嬢ちゃん名前は?」

「シルビア。」

「俺の名前はフナよろしくな。」


 私は生きていける。今日も明日も・・・。


 王都暦1933.4.7

「ありがとうございました!またお越しください!」

 はじける営業スマイル。

 これが数日前全てを失った人間のすることだろうか。

「はぁ・・・何やってんだろう私は・・・。」

 隠れて弱音を吐露する私。

「辛いか・・・?」

 そんな私にフナが心配そうに声をかける。

「いえ、大丈夫です。」

「故郷があんなことになれば男の俺でも辛い。君はよくやっている。だから無理はするなよ。」

「・・・ふふっ。」

「ん?どうした?」

「余計なお世話だ、私を子供扱いするのはよしてよね。」

「ふん、可愛気のない奴だ。涙を拭いたら持ち場に戻れ。」

「・・・お前は私の親父かよ。」

 私はフナの言葉で親父を思い出していた。


「また稽古を抜け出していたようだな。」

「悪いかよクソ親父。」

「シルビア・・・すまない。確かにお前の言うように王家の人間でなければお前は望むように生きる道があったのかもしれない。」

「そうだよ!何でお前が親父なんだよ!」

「だが分かっておくれ、我々は民の思いを託された誇りある一族であるという事を。お前が頑張っていればそれだけで幸せになれる人がいるという事を。」

「私はどうなるんだよ!私の幸せはどうなるんだよ。」

「忘れないでくれ。私はいつでもお前の幸せを願っているからこそ頑張っていられるんだ。お前はよくやっている。無理はしなくてもいい。だからどうかこの王家に生まれたことを誇りに思ってくれ。」


「余計なお世話だ、私を子供扱いするのはよしてよね。」


 そうだ、私はただただ、甘えていただけだったな。


 ごめん親父・・・。


「ありがとう。」



 この日も必死で働いた。

 今は生きる。

 例えこの先の道が血塗られていたとしても。

 今は生きていく。




 王都暦1933.4.12

 ヴィントハイムが崩落して隣国であるここバザーハイムも危うくなってきているというのに随分とのどかな景色が広がっていた。


「こんにちは、お元気ですかフナ様。」

「やぁ、ソレイユか。ああ、今は仕事も随分と楽になってね、元気が有り余っているよ。」

 どこか照れくさそうに答えるフナ。

 仕事が楽になったとはどういうことか気になったが、尋ねる前にその答えがキッチンから出てきた。

 作業着を着た黒い髪のショートボブの女の子。

 新しい店員であることは間違いないだろう。

「いらっしゃいませ!好きな席にどうぞ。」


「ありがとう。・・・へぇー・・・随分と若い子を雇ったのですね。」

「・・・悪いかよ。」

 フナが気まずそうに答える。

「私の故郷はヴィントハイムなんだ。それだけ言えば十分でしょ?」

「ヴィントハイム・・・まさか・・・。」

「そう、私はあの騒動の生き残り。シルビアって呼んで。」

「そうでしたの。まぁこの男が如何わしい理由で若い子を雇ったりはしないとは思ってましたけど・・・まさか慈善事業とはね。」

「店員は元々募集していた。たまたまだよ。」

「いいわ、コーヒーとアップルパイを貰えますか?」

「はい、かしこまりました。」

シルビアはキッチンに入っていった。


「良い子ね。しかしシルビアなんて大層な名前ですね。」

「そうか?ヴィントハイムではよくある名前じゃないのか?」

「たしか王族の姫君もシルビアだったはず。王家の証を隠し持ってたりしたら大事ね。」

「王家の証・・・。」

 フナは突然懐からペンダントを出した。

「これ・・・違うよな?」


 心臓が飛び出るかと思った。

 フナが持っているのは正真正銘ヴィントハイムの王家の証だ。

 王族が生きている、これが公になれば大変なことになるだろう。

「・・・・・・。」


「マジかよ・・・。」

 フナの気弱そうな言葉が事の重大さを物語っていた。



「お待たせしました。コーヒーとアップルパイになります。」


 亡国の王族が隣国のダイナーで人知れず働いているなんて面白い世の中だ。

「ありがとう。ねえシルビアさん。シルビアさんのフルネーム伺ってもいいかしら。」

「どうして?」

「お友達になりたいからですね。私はソレイユよろしくね。」

「だったらフルネームじゃなくて愛称じゃないの?シルビーでもいいよ。」

「フナさんに預けているペンダントを拝見しました。大丈夫。私は貴方の味方ですよ。」

「・・・あっそう、なら隠しても無駄か。シルビア・ヴィアヴェル・ヴィント。正真正銘ヴィントハイム国王の娘よ。バザーハイムの住人であれが王家の証だと分かるってことはあんたも王族なの?」

「いいえ、たまたま知っていただけです。シルビアさん、息災で何よりです。」

 私はアップルパイを頬張りながらシルビアさんにそう言った。

「・・・・・・。」

「不躾な質問で申し訳ないのですが、これからのご予定はありますか?」

「そんなこと、あんたが知ってもしょうがないだろ。」

「もう分っていると思いますが、ここに留まればフナさんにも危害が及ぶ可能性があります。」

「じゃあ、ここから出てって野垂れ死ねばいいのかよ。」

「確かにそれは辛いですね、では提案なのですが、私と一緒に旅をしませんか?」

「旅?」

「ええ、私ならあなたを安全な場所に連れて行って差し上げることが出来ると思います。行先は諸事情あって言えませんが悪いようにはしませんよ。」

「そんなの卑怯だよ、恩人に危害が及ぶなんて言われたら選択肢なんてないじゃん。私はもう誰にも囚われない、自分で居場所を選ぶって決めたんだ。いいよ、ここは出ていくよ。でも私はあんたにはついて行かない。」

「・・・・・・。」


「出ていく必要はない。」

 フナが新聞を読みながらそう言った。

「私はあなたのことも思って提案しているのだけど。」

「彼女が来てから売り上げは上がっている。うちも商売だからな。利益をかすめ取るような真似はやめてくれ。」

 フナのお人よしぶりを見て私は溜息をついた後コーヒーを飲み干した。

「わかった。シルビアさん。あなたの意見は尊重する。でも・・・。」

「でも・・・?」

「今後何度もこの店に来るから、気が変わったらいつでも言ってちょうだい。決して悪いようにはしないわ。」

「・・・・・・。」

「強気な性格だって聞いていたけど想像以上ね。お会計お願いできるかしら?」


 その後会計を済まして店を出た。

 善意の限りを尽くしたつもりだったのに何だか悪いことをしたような感じになってしまった。

「人間関係って難しいわね。」


 車に乗りエンジンをかける。

 ふと店の外にヴィントハイム製のバイクが目に留まった。

「バイク乗りか・・・一緒に旅は無理かしらね。」


 



 王都暦1933.7.8

「おはようマスター。」

「ああ、おはようシルビア。」

 あれから私が王族の生き残りという事がバレてもフナは同じように接してくれている。

 ソレイユさんはあれから何度も店に来店したが旅に誘うようなことはしなかった。

 時間は順調に過ぎている。


「シルビア、ちょっといいか。」

「何?」

「いつも店に入り浸りなのもどうかと思うんだ。たまには買い出しに行ってみないか?」

「買い出しか・・・大丈夫かな。」

「何てことはないさ、小さなマーケットで顔見知りの連中ばかりだし、ここからそう遠くはない。変な連中に絡まれることもないだろう。羽を伸ばすつもりでどうだい?」

「分かった。何を仕入れてこればいい?」

「コリアンダーとガラムマサラ、ガーリック・・・まぁ後でメモを渡す。それからほら、ヘルメットを用意しておいたから今日は被っていくと良い。」

「フナ、色々とありがとうね。」

「らしくないな。今更取り繕ってもお前のおてんばな本性は知ってんだからな。」


 フナはどこか照れくさそうに笑って去っていった。




 見上げると気持ちのいいくらいに晴れ渡る空。

 少し日差しが強すぎるけどこれくらいなら良い気持ちで走れるだろう。

 あの子と普通に走るのはこれがはじめて。

 記念すべき日には丁度いいと私は思った。




 が、現実は割と残酷だった。


「へっへっへ・・・知ってるぜ、お前がダイナーの仕入れ人ってことはよぉ!」

 さっそく道中盗賊に絡まれた。


「命が惜しければ有り金全部置いていきな。」

 多勢に無勢、いつの間にか背後にも盗賊がいる。

 どこまでもついてないな私。

「おい、聞いてんのかよ!」

 明らかに脳筋な男が寄ってきた。

 どうやらこいつがリーダーらしい。

「聞こえねえならこんなメット外せよ!!」

「うぐっ・・・ああっ!」

 ヘルメットを強引に外されて私の素顔が晒された。

「いってえな!何するんだよ!」

 精一杯強がってみたが、よく見ると脳筋リーダーは驚きの表情で固まっていた。

「え?・・・何?」


「ボス、どうしました?」

 配下と思しき盗賊が脳筋に問う。

「はっ・・・いや、何でもない。お嬢ちゃん、俺も鬼じゃねえ、お嬢ちゃんが俺様と食事に行くなら見逃してやってもいいぜ。」


「ボス!俺たちにそんな金があったらこんなことしてませんよ!」

「はっ・・・!くそぅ・・・!なら仕方ねえ、お嬢ちゃんには悪いが、お嬢ちゃんごと俺様が頂くとするぜ!!」


 最悪だ・・・!!


 そう思った矢先にクラクションの音が響いた。

 振り返るとソレイユさんの車があった。

「なんだ?今取り込み中だコラッ!」

 脳筋が威嚇するも車から笑顔で降りるソレイユさん。

「心配で様子を見に来て良かったです。大丈夫ですか?シルビアさん。」

「シルビア?」

 脳筋がまたしても驚きで固まった。

「どいてくださらないようなら・・・少し痛い目にあいますよ?」

そう言った直後ソレイユさんさんの背後から青白い炎を纏った騎士が2体現れた。

「ボス!こいつレギオンを扱えるみたいです!!逃げましょう!!!!」

「シルビア・・・シルビア姫・・・?」


「え?」


 脳筋が私を姫と呼んだことに驚いたその刹那

 ソレイユが放った騎士が脳筋に鉄拳をお見舞いして吹っ飛んだ。

「やべえ!全員づらかれ!!」


 脳筋が仲間に抱えられて去ってゆく。


「危ない所でしたね。」

「・・・・・・。ソレイユさん、あなた何者なんですか?」


「ただの旅人ですよ。女性一人の旅は危険ですからね。従者を引き連れるのは当然のことです。」

 そう言うと2体の騎士は炎が燃え上がるように霧散した。


「どうでしょう?シルビアさん。貴方もこの力使いたくないですか?」

「え?」

「旅は人を強くします。私と一緒に過ごせばきっとあなたも扱えるようになると思いますよ。」

「・・・助けてくれてありがとう。でも、私の意思は変わらない。」

「そうですか、でも私も貴方の恩人になったこと忘れないでくださいね。」


「・・・・・・恩着せがましいな。」


 ソレイユに聞こえるように言ったがソレイユは笑顔を崩すことなく車に戻りその場を立ち去った。


「あの力があれば・・・復讐できるのかな・・・。」


 復讐・・・穏やかじゃない言葉を呟いた自分はあの日から呪いにかかっているのかもしれない。

 もう平和な世界で生きることが出来ない呪い。

 そう思うと妙な胸騒ぎがした。

 



 大きな川沿いを走り抜けると涼しく気持ちのいい風が吹き抜けた。

 この風が私の体にこべりついた嫌な気持ちも吹き飛ばしてくれればどれだけ心地よいことだろう。

 しばらく走り、目的地である小さな市場に辿り着いた。

 駐車場にバイクを停めて市場を歩く。

「えっと・・・スパイス屋は・・・。」

「お嬢ちゃん!こっちこっち。」

 青年が私を呼ぶ。

「へぇー思ったより若いね。シルビアちゃん。フナさんから君の事聞いてるよ。俺はスパイス屋のコウ。無事に来てくれて良かった。」

「いや、道中盗賊に襲われてさ。無事って言うほど無事でもなかったんだ。」

「えっ・・・盗賊?そんな話今日までまるで聞かなかったのに。」

「だよね。そんな話が出回ってたらマスターが私を行かせたりしないし。」

「あっ・・・でも君の故郷の生き残りが難民になってしまっているって話は聞いたな。もしかすると切羽詰まったのが窃盗を働くようになったのかも。」

「そっか・・・。」

「あっ、ごめん、君の故郷のことを悪く言うつもりは無いんだ。出来るだけ知り得る情報は共有しておこうと思っただけで・・・。」

「分かってる。このメモの通りに品を貰えるかな。」

「ああ、お嬢ちゃんとは長い付き合いにしたいからさ、安くしといてあげるよ。お嬢ちゃんが来たらこの値段だってマスターに言っといてよ。」

「そんな調子いい事言って大丈夫なの?」

「言うリスクよりメリットの方が大きい。俺はそう思うよ。ほら、商品。」

「ありがとう。」

「あと食材とかはあの門の向こうに野菜から肉まで色々揃ってるから。ゆっくり見ていきなよ。じゃ、今後ともごひいきに。」

「うん、また来るよコウ。」


 その後コウの言う門の向こうに広がっている市場で買い物を済ませ、荷物をバイクのサイドバックに入れた。

「食い物もあの騎士みたいに呼び出せればいいのにね。」


 この世界には魔法と呼ばれる不思議な力がある。


 あの騎士も魔法の一種なんだと思う。


 もし彼女と旅に出れば魔法が使えるようになるのだろうか?


 私に必要な魔法とはどんなものだろう。


 

     復讐



 その二文字が呪いのように頭から離れない。



 それを誤魔化すようにエンジンを吹かし逃げるように走り出す。



 王都暦1933.8.1

「いらっしゃいま・・・。」

 いつものように客を迎えるつもりが、現れたのは以前ソレイユさんにぶっ飛ばされていた盗賊だった。

「よう、お嬢ちゃん。」

 またしても脳筋が話しかけてくる。

「なんだよ。男のくせに女の子相手にしか強気になれねえのかよ。」

「へっへっへ・・・可愛い女の子の前で強気になれねえ男は男じゃねえぜお嬢ちゃん。」

「何しに来たんだよ。」

「お嬢ちゃん、いや、あんたヴィントハイムのシルビア姫なんだろう?」

「さあね、もしそうならどうすんだよ。」

 私がそう言うと盗賊たちはその場にひざまずいた。

「よくぞ・・・よくぞご無事で・・・!」

 脳筋が泣いている。

「どうしたシルビア・・・なんだこれ。」

 盗賊がひざまずく様子を見て私を見るフナだったが、私も さあ? と言った具合にジェスチャーで返した。




「俺の名前はロクスタ。俺たちは元々ヴィントハイムの警備隊でよ、でもあの日空が割れて城が爆発するのを見て、俺たちは何もできないままお役御免になっちまったんだ。空から降ってくるモーントハイムの軍勢から命からがら逃げてなんとか助かったが、ヴィントハイムが滅んで俺たちは一文無し。今日を生きるために何でもした。盗賊に身を落とした時は胸が痛んだもんさ。」

 

「大変だったね。」


「ああ、辛く険しい道のりだった。でも姫、あんたが生きていてくれて全てが報われた!姫、俺はあんたに改めて忠誠を誓うぜ!」


「忠誠・・・あのなぁおっさん。私はもう姫じゃないんだ。自由気ままに生きる一人の女なんだよ。私に忠誠を誓ってくれても私はあんたを救えないよ。」

「一人の・・・女・・・。じゃ、じゃあよ!俺と・・・その・・・友達になってくれよ!」

「ああ・・・まぁいいけど。」

 ロクスタは、またしても驚きの表情で固まった。

「ボス・・・そろそろ・・・。」

 手下の一人がロクスタに声をかける。

「はっ・・・そうだった忘れる所だった!」

「何?」

「ハンバーグセット12人前!!!!」

 ロクスタがそう叫ぶと手下は やっとか・・・! と言わんばかりにうなだれた。


「あはは、いらっしゃいませ!!」


 バラバラに砕け散った私の帰る場所。

 大袈裟な表現かもしれないが、まさか私が彼らの帰る場所になるとは思ってもいなかった。



 王都暦1933.11.18

 夏も過ぎ去り肌寒い季節になってきた。

 店じまいにとりかかっている最中、ふと空を見上げると綺麗な星空と美しい月が見えた。


 この店で働き始めて半年以上が経った。

 このまま全てを忘れて一人の店員として生涯を終えるのも悪くないようにも思える。

 だが、ヴィントハイムが滅んでモーントハイムの国境はここバザーハイムにまで及んでいる。

 いつ、バザーハイムがあの時と同じように滅ぼされてもおかしくはない。

 ここで全てを忘れて暮らすという事は、それらを黙って見ているという事だ。


「貴方もこの力使いたくないですか?」


 頭にソレイユさんの言葉がよぎる。


「我々は民に思いを託された誇りある一族だ。」


 親父・・・。

 

「どうした?」

 気が付くとフナが心配そうに見ていた。

「マスター・・・ちょっと相談があるんだけどいいかな。」

「ああ、もちろんだ。」

「私、やっぱりソレイユさんと旅に出ようと思うんだ。」

「・・・・・・。」

「この店で働くのは大変だけど楽しい。でも毎日思うんだ。私はここでただモーントハイムを黙って見ているべきじゃないって。だって、私はヴィントハイムの一族だから。」


「シルビア・・・人を呪わば穴二つと言う理不尽な言葉がある。復讐に手を染めるなら、例え一矢報いてもその身を滅ぼすことになるぞ。」

「私は・・・!私は復讐はしない。でも私は民に思いを託された誇りある一族の末裔だから、せめて強くならなきゃいけないんだ。この手で人を救えるようになりたい。だからごめんマスター・・・。」

「・・・・・・ダメだ。」

「どうして?」

「冬は寒い。旅に出るには時期が悪い。旅立つならせめて冬が明けてからだ。ソレイユには私から話しておこう。」

「マスター・・・ありがとう。」

 私はマスターの胸を借りて少しだけ泣いた。


 王都暦1934.3.14


「それじゃ行ってくるよマスター。」

「ああ、そうだ、これを。」

 フナは私に王家の証を返してくれた。

「ああ、じゃあカレーの代金払わないとね。」

「いや、いい。」

「そんな勿体ぶる値段じゃないよ。」

「うちも商売だからな。俺に借りがあるうちは死ぬな。いいな。」

「あはは、じゃあ一生死ねないね。」

 そう言った直後に突然青白い光が駐車場を覆った。

 光の方を見るとソレイユがバイクに手をあてており、バイクが発光しているようだった。

「え?何してるの?」

 そう尋ねた刹那バイクがあの時の騎士のように炎が燃え上がるように霧散した。

「あー!私のバイクが!!」

「心配しないで。少しの間私が預かるだけです。それでは行きましょうか。どの道私の車で旅する予定でしたでしょう?」

「・・・・・・。」

 なんだか腑に落ちない感じがしたが私は車に乗った。


 フナは手を少し振ってから店の中に入っていった。

「見送りするまで我慢できませんでしたか・・・。では行きましょうか。」

「マスター!!今生の別れじゃねえからな!!!!」


 車が走り出す。

 涙するにはまだ早い。

 私の旅はまだまだ始まったばかりだ。

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