5 杞憂
「おや、どうしたのかね?」
前触れもなく社長室を訪ねてきたようだ。
落ち着いた素振りで社長が声をかけた。
社長ですら内心は冷や冷やしているようだ。
少年は躊躇なく発言した。
「あ、やっぱりこちらにいらしたのですね?」
少年の視線の矛先は女子職員だった。
女子職員は固まりながら恐る恐る聞き返した。
それはもう脂汗をかくほどに心の中では焦りまくっていた。
「え? どういう意味……」
少年は入室するなり「どうしたのか」と問いかけた社長に挨拶もせずに。
女子職員の姿をみつけてそう言ったのだ。
「さっきは突然、あんなことを聞かせてしまいましたが。それは心に抱えている苦しみからでした。でも驚かせてしまっただろうと反省したもので、迷いながらですが相談をしにこちらへ来たのです」
少年の今の言葉を聞き、社長は彼女を見て。
ほら、ごらん君の取り越し苦労だったじゃないかと。
そんな顔を見せて、軽く微笑んだ。
社長は少年のことを見つめながら。
これはやはり女子職員の取り越し苦労だ。彼にだってちゃんと良心はある。
思いやりがあるんだよ。
「それで、わざわざ相談をしに私を訪ねてくれたんだね」
少年は社長のほうを向き、姿勢を正し「はい」といって頷いた。
その表情はツンと澄ましていて、女子職員の目にはどこか無機質に感じられた。
社長は少年に心配せずに持ち場へ戻るようにと促した。
「案ずることはない。もう持ち場にもどりなさい」
「はい社長! ありがとうございます!」
少年は一礼をして退室した。
相談を受けた社長は彼女に釘を刺すように言った。
「このことはもう蒸し返してはいけないよ。彼にだって思いやりがちゃんとある。そのことはこれでわかっただろう?」
「は、はい……申し訳ありません」
「彼も精一杯に社に馴染もうと努力しているんだ。もう少しあたたかく見守る姿勢でいてくれたまえ。それにしても、まさか鉢合わせをするとはな……」
『私も、それについては非常に驚いている。入室して私を見つけるや否や、動じることなくあの話を切り出した。
やっぱりこちらにいらした、と彼は確かにいったのよ。
ほんとうに社長のおっしゃるように私の杞憂なのかしら』