第54話 神をも驚かせる2人
『うぐっ……ひぐっ……』
……なんか、大号泣してる神がいた。
俺は思わず、は? なんて思ったし、隣にいる実幸を見ると、彼女も同じく、は? と言いたげな表情をしていた。
2人の人間に、は? と思われている神は、どこからか取り出したハンカチで鼻をかみながら告げた。
『す、すみませんっ……お恥ずかしながら私、そういう大きな脅威も恐れない愛の話というのが本当に大好ぶt……そういうのに弱くて……』
今大好物って言いかけたよなこの神。
すっかり緊張も解けた。というか、緊張していたのが馬鹿みたいだ。それは実幸も同じであるようで、手汗もすっかり引いていた。
「……で、どうするんですか。実幸のこと殺します?」
『そんな物騒なこと言わないでください!!』
「あんたが先に言ったんだろうがっ!!!!」
何なんだこの神。疲れる。
俺が強気にツッコむと、『だって殺すとか怖いじゃないですか~……だから抹消って言葉で誤魔化したのに~……』とぶつくさ言っている。抹消の方が怖いと思うのは俺だけか? 何なんだこの神(2回目)。
俺が大袈裟なくらいに盛大な咳払いをすると、神は大きく肩を震わせた。
『そ、そうですね。小波実幸の処遇を決めましょう……』
ちっぽけな神様だな、なんて思う。オルカ陛下の方がずっと威厳があるぞ。大丈夫か。
すると神は、何かを取り出した。それは……分厚い本。慌てたように、それを全力で捲っていく。そしてその内容を読んで……目を見張った。
『え、ええっ……何なんですか、貴女は……齢16だというのに、これほどまでの人を助けているのですか……!? こ、こんな稀有な人間が存在するとは……。これは……彼女がいなかったら消えていた尊い生命がいくつか……』
「……えーっと……?」
ぶつぶつ喋り出した神に、実幸が戸惑ったように聞き返している。まあ……初見のやつは絶対戸惑うよな。この実幸の、病的なまでのお人好しには。
何故か俺が得意げな気持ちになっていると、実幸が俺の手をぐいぐいと引っ張ってくる。そっちを見ると、彼女は不安そうに眉をひそめていた。だから俺は、大丈夫だよ、という意味を込めて微笑む。
実幸が、ええー、本当? とでも言いたげな表情を浮かべると同時、バッタン!! と盛大な音が響いた。なんてことはない。神が本を閉じたのである。
『えーっ……ちょっと待ってください……予想外です……色々予想外が重なって……』
神、完全に思考停止しているご様子。大丈夫か本当に。
俺たちは待てと言われたので、大人しく待つことにした。ただ待つのも暇なので、実幸の魔法でトランプを出し、ババ抜きを始めた。魔法の無駄使いだって? いいんだよそんなことは。
『よーし……よーし決めました! ……コホン。お待たせしました。人の子よ』
「あ、ちょっと待ってください。今最後の駆け引きを……」
「んー……んー……っ、こっちだぁぁぁぁ!!!! ……ああああああああああっ!!!!」
「うるせぇ普通に引け!!」
残念ながら実幸は正しい方のカードを引けなかったので、もう1ターンだ。
まあ次の俺の番で、俺があっさりハートの7とスペードの7を揃えてあがってしまったのだが。
「はい、終わりました。いいですよ」
『ほんっと舐め腐ってますね貴方たちは』
「そっちが全然威厳ないのが悪いと思いますけど……」
負けた実幸は泣きながら俺に縋りついて来た。うるせぇ。ていうか別に何か賭けてるわけでもないしいいだろ……負けず嫌いがすぎる。
んっ、んんっ!! と大きな咳払いをした神は、改めて口を開いた。
『……それでは、小波実幸。貴女の処分を致します』
「……はい」
実幸は半べそをかきつつ答える。処分が怖いんじゃなくて、ババ抜きで負けたことを悔しがってるだけなんだけどな。
緊張感もクソもない中、神は告げる。
『小波実幸。貴女は二度と、貴女が元よりいた世界に帰ることは出来ません。……異世界を何度も転移し続けること。それを処分と致します』
実幸の泣き声が、ピタリと止まった。
「……元の世界に、帰れない?」
『はい』
「二度と、ですか!?」
『二度と、です』
そんな……と、実幸は項垂れる。俺はその様子を、黙って見つめていた。そりゃ、まあ、そうなるよな……。親も友達も好きな人も、皆向こうにいる。その人たちに、二度と会えないのだ。……落ち込まないわけがない。
しかし神は無情だった。そんな実幸を見ても、発言を翻す様子はない。なんか緊張感のない神のくせに(悪口)。
俺もそのまま黙り続け、実幸を見ていたが……彼女は急に、ガバッと顔を上げた。その顔には……笑顔が。
「……まっ、死ぬよりはマシでしょう!! 正直死ぬと思ってたし!! 生きてれば丸儲け~♪」
呑気だな……と、思わず俺は呟く。歌ってる時点ですごい呑気だ。
『貴女には行く先々で、人々のことを助けていただきます。……貴女には、恐ろしいほどの強運と、それを人に分け与える力がある……それを求める人の所へ赴き、人々を幸せにしてください』
「本当ですか!? 私にそんな力が……!? 光栄です!! 頑張りますよー!!」
『……あの、何なんですか、彼女のこのポジティブは……』
「頭の中がお花畑なだけです」
小声で聞かれたので、普通の声量で返した。もちろん隣にいる実幸には聞こえているため、お花畑じゃない!! と返された。いや一面の花畑だろ。
「……まあ、大丈夫だろ。お前なら出来るよ。どんな世界だって怖くない」
「うん!! 夢と私の2人なら、どこでだって大丈夫!!」
「そうだな、俺たちは無敵なんだから」
『え????』
「「え????」」
なんか神に聞き返されたので、俺たちも聞き返した。そちらを見ると、神は目を見開いている。まるで変なことでも聞いたみたいだ。……なんか今の会話、おかしいところあったか?
『は、春松夢……貴方は、元の世界に帰ってもいいんですよ?』
「は? なんで?」
『いやこっちがなんでですよ!! 貴方はあくまで魔法を掛けられた側であり、彼女の禁忌とは一切関係がありません!! ……それだというのに何故、彼女に付いて行く気満々なのですか!?』
この神、こんなに叫んで疲れないのだろうか。
慌てる神とは対照的に、俺は冷静に返した。
「……神なら分かるだろ。実幸がいない世界にいても、俺生きてる意味ないし」
『主体性皆無!! 生きる意味を他者に預けてる!! もっと自分本位に生きてくださいよ人間なんですから!!』
「なんで説教されてるの俺」
しかも「人間は自分主体に生きるもの」っていう価値観が露見してる。
……というかそれを言ったら、俺こそ自分主体に生きてるだろ。実幸といるのは、俺の意思だし。
『彼女に助けてもらった経験があるからですか? 言っておきますけど、貴方は彼女にとって、沢山の中の1人ですよ?』
「痛いところ突くな。……いや、でも、それだけじゃないだろ」
俺は隣に目をやる。実幸は深く頷いていた。
「さっきも言いましたけど、夢は私の特別です! だから今日まで、一緒に居るんですから!!」
「……そういうこと」
俺は笑う。やはり俺たちの絆は、どうしたって切れない、強固に結ばれているものらしい。
うぐぅ、と神は呻いた。果たしてそれは言い返す言葉を失ったのか、今の発言も「大好物」に含まれるからなのか。
『~~~~ッ、分かりました!! 分かりましたよ……貴方たちが人間の中でも、愚かの中の愚かだということがよく分かりました』
「喧嘩なら買いますよ?」
「魔法のステッキを出すな」
お前だとガチで喧嘩出来かねない、と慌ててそれを諌める。こっちの身にもなってくれ。
『……でしたら、勝手になさってください。言っておきますけど、私がそう判断したんじゃないですから……私に逆恨みして悪いフィードバックしないでくださいね……上に怒られますから……』
「……貴方も大変なんですね……」
思わず同情してしまう。フィードバックに上、か……神様事情、これはいかに。
『……それでは、儀式を始めましょう。次の世界へ、転移させます』
「えっ、そんな急に!?」
「待ってくださいよ!! せめて、お世話になった人たちに一言言いたいです!!」
『えー……』
えー、じゃない。
『……分かりました。では準備が出来ましたら、再びこちらをお訪ねください』
もう俺たちの相手をするのが面倒になったのだろう。明らかに応対が適当になっていた。ごめんって。
神が目を閉じたのを見て、俺たちは顔を見合わせる。そして踵を返して、2人並んで歩き始めた。




