第53話 神前の主張
あの後部屋に戻ると、実幸がまた大号泣していた。俺が勝手にいなくなったかららしい。メンヘラ彼女か。そうは思ったが、連日の疲れと不安で若干おかしくなっているのだろう。それは紛れもなく俺のせいだし、それをとやかくは言わなかった。ただ抱きしめて、再び彼女が眠るまで、そうしていた。眠ったら眠ったで、そこから離れるようなことはしなかった。
とりあえずとにかく実幸を寝かせる日々を続けた。……すっかり立場が逆になっている。だが俺は馬鹿じゃないので、ちゃんと眠っているし。休憩も取ってる。実幸は本当……後先考えずに暴走しすぎなんだよな。
1週間もそんな生活を続けさせれば、そこは10代の若さのお陰というか。すっかり実幸は血色のいい顔色となった。自分の連日の行動の異常性も理解しているようで、城中の人に土下座しに行っていた。まああの調子ならもう大丈夫だろ。うん。俺は止めねぇぞ、めんどくさいから。
オルカ陛下のところにも顔を出し、まあ色々あったが無事に任務を終えた、ということを伝えた。彼は泣いて俺たちに感謝をしてくれた。……実幸と話し合って、俺が一度死んで、魔法で生き返らせた……ということは、伝えなかった。驚いて死なせそうな気がしたからである。
こんな調子で、城は……ミヴァリア王国は、日常を取り戻した。今までと違うことと言ったら、中庭でウェダイアンを飼っている、ということくらいか。俺もだいぶビビったし、最初は切り裂かれたことを思い出して震えが止まらなかったが、数日も触れ合えば慣れた。いや、実幸が服従させたことを知ってても怖いけど。
実幸が「ごめんなさいしましょうねー」と言うと、ウェダイアンは俺に向け、その首を垂れた。……超上級ランクの魔物は頭が良い。本当のようだ。
「ダイヤちゃーん、行きますよー」
実幸はそう言って、魔法のステッキを一気に上に振り上げた。するとそのステッキの先から光の弾が発射される。ウェダイアンは思いっきり翼をはためかせると……それを追って、飛び立った。お陰で台風並みの風が巻き起こる。俺と実幸の髪も服も、あっという間にぼっさぼさだ。ちなみに城は魔法でバリアを張り、守っている。でないと城がいくつあっても足りない。この風だけで崩壊するだろうしな。
実幸はウェダイアンを服従させたという話だったが、なんかペット的な扱いをしているらしい。「ダイヤ」なんて名前も付けてるし(ウェ〝ダイア〟ン、ということだ)。主従というより、友達みたいだ。超上級ランクの魔物相手に、実幸らしいというか……。
考えている間に、ウェダイアンが遥か上空から戻ってくる。ぐきゅ、と鳴いて、実幸に光の弾を咥えている様子を見せた。それを見て実幸は、偉いです~!! 賢いです~!! と言ってその鼻先を撫でた。露骨に嬉しそうなウェダイアン。うん、犬かな。
そんな風に遊んでいると、バリアを潜り抜け、ジルファ先生が中庭に足を踏み入れた。俺たちが振り返ると、ジルファ先生は少しだけ肩を震わせる。まあいつまで経っても怖いよな、超上級の魔物は。
「ジルファ先生、こんにちは~」
実幸が朗らかに挨拶をすると、ジルファ先生は慌てたように笑顔を浮かべ、こんにちは、と返す。そして真面目な表情になり……。
「……実幸様、神が貴方をお呼びになっております」
「……神……」
「……ペーパー?」
「たぶん違うと思うぞ」
「……ヘアー?」
「違うと思う」
「……bite?」
「お前がそんな単語知ってることが驚きだし謎に発音いいのムカつく」
ちなみに噛む、っていう単語です。まあ「カミ」と近いので言ったんだと思う。
「どう考えてもGodの神だろ」
「ご、ごっど……存じ上げませんねぇ……」
「知らないなら尻込みする必要もないだろ。ほら、行くぞ」
「や、やだ!! 絶対怒られるじゃん!!」
「説教なんてお前いつもされてるだろ問題児!! ……こういうのは先延ばしにしない方が怒られる時間少なくなるぞ」
「やーーーーだーーーーー」
「……ウェダイアン、こいつの体持ち上げてくれ」
俺がお願いすると、彼は「ぐっ」、と小さく鳴いた。するとその顔を実幸の尻に当て、そのまま鼻の上に軽く持ち上げる。丁度俺の真ん前に。マジで賢い。俺はその体を俵のように抱えた。
「だ、ダイアちゃん!? 裏切者ーーーーっ!!」
「こいつはお前と違って賢いだけだろ。とっとと行くぞ。腹括れ」
「いーーーーやーーーーーっ!!!!!!!!!!」
中庭に実幸の悲鳴が響き渡る。だが俺は無視をし、歩みを進めた。
ジルファ先生に案内されたのは、初めてここに来た時……騎士適性と魔法適性があるか、調べたところだった。懐かしい……あの後から俺の不遇生活が始まったんだよなぁ……と、思わず遠い目をした。いや、まあ別に、自分でどうにかしたからいいんだけど。気にしてないし。
ただ前回と違うのは、頭上にうっすらと女の人の影が浮かんでいることだ。たぶんあれが神なのだろう。なんか神っぽい服着てるし。なんか金色のオーラ纏ってるし。
俺は実幸を地面に捨てた。ふべっ、と実幸は悲鳴をあげる。
「もっと優しく捨てて!!」
「捨てるのはいいのかよ」
「捨てるな!!!!」
実幸は赤くなった鼻先を手で抑えつつ、ゆっくりと立ち上がる。……そして俺と同じように、神っぽいやつを見上げ。
「……こんにちは~……」
おそるおそる、という調子で挨拶をした。流石に怖いらしい。
『……ええ、こんにちは、別世界の人の子よ』
「うわ喋った」
すると神の口が動いたので、思わず俺はそう言ってしまった。口を手で抑え、目を逸らしたが、神にはばっちり聞こえていたらしい。その瞳がこちらを向くのが分かった。
『……口があるのですから、喋るに決まっているでしょう』
「あー……てっきりテレパシー的なものを使うのかとー……スミマセン」
俺は言い訳じみたことを並べ、それより、と話を逸らすことにした。
「……まあなんとなく察してますけど、俺たちを呼んだわけは?」
『……ツッコんだ方がいいですか? 春松夢、貴方は呼んでいません』
「俺の名前をご存じで……って、あれ、そうだっけ」
俺は記憶を辿る。……そういえばジルファ先生、呼びに来た時、実幸の名前しか呼んでなかったな……。
「……まあいっか。で、呼んだ理由は何ですか?」
『何で貴方そんなにフランクなんですか? 私、神ですよ?』
「いや、すみません。もう……1回死ぬと肝も据わるというか……」
あとウェダイアンの方が怖い。この神怖くなさそう。
俺が答えると、まあいいでしょう、と神はため息を吐いた。
『……まさにそのことです。小波実幸。貴女はそこの少年……春松夢の命を、よみがえらせた。そうですね?』
「え、えーっと……アハハぁ……はい……」
実幸は誤魔化し笑いを浮かべてから、しょぼんとしつつ返事をする。ようやく腹を括ったようだ。
神は満足そうに頷くと、感情の灯らない瞳で実幸のことを見つめた。
『……自分が神々の領域に足を踏み入れたということ、分かっていますか?』
「……はい。分かってます」
『自分がどれほどの重罪を犯したか、ということも?』
「……はい」
尋問とも言える質問に、実幸は淡々と答えていく。緊張しているのだろう。その頬に、冷や汗が伝った。
『……では何故、禁忌の魔法を使ったのですか? 回答によっては……私は、貴女の存在を……ここで、抹消致します』
「……!!」
俺は思わず息を呑む。分かっていた。そうなる可能性もあると。実幸はどうなるかと聞いた時、ジルファ先生も死の回避はほぼ不可能だろうと、そう言っていたし。でも……。
俺は条件反射というか、彼女の前に立ち塞がった。そして神を睨みつける。……しばらく、無言の見つめ合いが続いた。しかし神が口を開いた瞬間……後ろから、肩を掴まれる。振り返ると、実幸が微笑んでいた。
「ありがとう、夢。大丈夫だよ」
「……でも……」
「前じゃなくて、隣にいて」
実幸はそう言うと、俺の隣に並んだ。そして……手を握られる。その手には、じんわりと汗がにじんでいた。
隣で実幸が、大きく息を吸う。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……私は、この人のことが……本当に、大切なんです。たぶん、この世の誰より愛しています。あ、恋とかじゃないんですけど。……とにかく、本当に大切で大切で……それこそ、私の全部を投げうってでも、助けたいんです。彼には死んでほしくなくて……リスクも全て分かっていました。でも思ったんです。私は、私がどうにかなるより……彼のいない世界で生きる方が、嫌だって」
……隣でそれを聞かされる俺は、何の羞恥プレイなのだろうか。
「夢以外には、恐らく私は、この魔法は使いません。夢だから使ったんです。……反省は、しています。自分はとんでもないことをしてしまったのだと。でも後悔はしていません。……やり直したとしても、私はきっと同じことをしますから」
実幸は俺の手を、強く握る。
まるで、離れたくないと言われているようだった。
「どんな罰でも、受け入れます。これが、私の言い分です!!」
……正直今、不利すぎる主張をしていた気がするが……。
……でも実幸にそこまで言ってもらえるのは嬉しいし……嫌な気はしない。
俺も彼女の手を握り返した。絶対離してやるものか。
さて、今の言い分に対し、神はどんな反応を示すか……俺がそう思いつつ、顔を上げると……。




