第52話 魔女の業
……温かい。
……体が、重い。
呼吸は楽だ。安定している。だが体が重い。まるで、起き上がることを拒否している……早朝のような感覚……。
だが俺は、光を求めて目を開いた。するとその隙間から、待っていました! と言わんばかりに光が侵入する。お陰で目が痛い。だが目はしっかり覚めた。
「……」
目だけで辺りを見回す。そこはどこか……部屋の中、だろうか。というかここ、実幸の部屋? 体の下にはふかふかのベッド、上に掛けられているのはふわふわの毛布。……ここに来てからこんなにいい環境で寝たの、初めてな気がする。これは二度寝に最適……。
……ん?
なんで俺、実幸の部屋で、実幸のベッドで、寝てるんだ?
そう思った俺は、ゆっくりと体を起こす。それで気が付いた。体のどこにも、痛みはない。着ていたシャツをめくり、腹を確認する。……いつも通り、別に瘦せすぎても太ってもひょろくもムキムキでもない、俺の腹だ。……もちろんそこに、傷もない。まるで、戦いにいったことが夢みたいな……。
「……夢?」
そこで横から声が掛かった。俺はそっちを見て……思わず大きく、肩を震わせる。何故なら、俺が見た方向……床の上で、実幸が丸まって眠っていたからだ。そしてその虚ろな瞳は……俺を写した瞬間、光を取り戻した。
「……夢っ!!!!」
「うわっ!?」
実幸はすぐさま体を起こすと、俺に飛びついてくる。俺はその勢いを殺しきれず、そのままベッドに倒れこんだ。
いくらふかふかのベッドだと言えど、倒れたら普通に痛い。文句を言おうと口を開いた。が……。
「うえっ……ひぐっ、良かっ、よがっだ、ゆめっ、うっ、夢ぇ~~~~、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん……!!」
耳元で響くその泣き声に、怒る気も失せてしまった。どうすっかな、と思い。
結局俺は、その背中をゆっくり叩くことしか、出来なかった。
実幸がこうして泣いているということは、どうやらウェダイアンと戦ったことは、全く夢でもなんでもないらしい。俺はあの通り、死にかけて。それでまあなんやかんやで、ここまで戻って来たのだろう。
だが俺がようやく泣き止んだ実幸から聞いたことは、俺の予想を遥かに上回ることだった。
「夢、死んじゃってたから、私が魔法で生き返らせたの」
「は??????????」
ここで気絶しなかったことを褒めてほしい。実幸は基本的に、嘘を吐かない。ついても嘘だって分かりやすい。だからこそ分かってしまった。……その言葉が、嘘ではないと。
「……しん、だ……」
「うん、心臓が止まっちゃってたし、止血しても傷を治しても、もう心臓が動かなかった。……だから、生き返らせちゃった☆」
「生き返らせちゃった☆ じゃ、ねぇよ!!!! え!? は!? 待って俺やっぱり死んだの!?」
「まああの大怪我で生きてる方がヤバいよね」
「お前がめっちゃ冷静なのムカつく!!!!!!!!!!」
俺はベッドに腰かけていたところから立ち上がり、椅子に腰かける実幸の肩を掴んだ。
「……お前、自分がどんなにヤバいことしたか、分かって言ってるのか」
「……」
静かに問いかける俺に、実幸は何も答えなかった。
ただ、ガラス玉のような瞳で、俺を見つめ返すだけ。
そんな瞳にたじろぐ。気圧されそうだった。が、なんとか気を取り直し、俺は再び口を開いた。
「ジルファ先生が言ってただろ。魔法で生き物を生き返らせたりしたらいけない。それは禁忌だって。しかも、その禁忌を犯すと、恐ろしいことが起きるって言われてるんだろ!? ……お前、この世の条理を捻じ曲げたんだぞ、分かってるのか!?」
「分かってるよ」
そこで、実幸の表情が動いた。……その瞳に、涙が溜まる。悲しそうで、でも……凛々しい表情だった。
「……分かってる。私は、してはいけないことをした。文字通り私は……〝何でもできる〟魔法少女になってしまった。そのせいで誰かが傷つくかもしれない。恐ろしいことが起きるかもしれない。……でも私は、その覚悟全部して、魔法を使ったよ」
「なんで……!!」
「夢に死んでほしくなかったからっ!!!!」
俺の言葉を遮るように、実幸が叫んだ。それは拍子抜けするほど、単純な回答だった。
「死んでほしくなかったの……生きていてほしかったの!! 夢は私を庇って死んだ。そんなの嫌だった!! 夢も私も、いつか死ぬって分かってる。でも、今じゃないの!! こんなに早すぎるなんて、そんなのないよ……。それは、私のエゴかもしれない……でも、夢が生きてない世界なんて、そんなの絶対に嫌!!!!」
「実幸……」
俺は驚いて、その名を呼ぶしか出来なかった。実幸の瞳からはポロポロと涙が零れ、そして……その場に、崩れ落ちる。そして、呟いていた。ごめんなさい、ごめんなさい、と。
「でも、嫌だったの……!!」
実幸は、周りのことよりも、自分のことよりも、その全てよりも、俺を選んだ。
その謝罪はきっと、エゴを優先したことに対してだろう。しかし……きっとこいつは、後悔なんて1つもしちゃいない。そして俺もそれを、責められない。
……分かってるんだ。俺だって逆の立場ならそうするって。痛いほど。
「……分かった。その話は、一旦置いておこう」
俺はその場にしゃがむ。俺の声に顔を上げた実幸と、視線を合わせて。
……その小さな体を、抱きしめた。
ああ、俺は……こんな小さな体に、とんでもない業を負わせてしまったみたいだ。
「だから今は、とりあえず」
でも本人は、それ相応の覚悟を決め、自分から背負ったのだ。
だからこそ、俺も。
「……生きていてくれて、ありがとう。もう一度お前に会わせてくれて……ありがとう」
俺のその言葉に、実幸が息を呑むのが分かる。
……そして、大きく息を吸って、再び泣き始めた。泣き叫んではいない。震えるように控えめに、泣いていた。俺はその背中を、優しく撫でて。
……お前がそれを背負うのなら。
俺も、覚悟を決めないとな。
疲れていたのか、実幸はそのまま眠ってしまった。俺はそれをゆっくりベッドに寝かせ、部屋を出た。
城の中は、なんだか閑散としていた。……いや、人の気配はあるのだ。だが、誰とも会わない。……どうやら、避けられているらしい。
たぶん、知っているのだ。俺が生き返ったのだと。
だが根気強く城の中を歩いていると、ジルファ先生が現れてくれた。俺が目覚めたと聞いて、職務を放り出して来てくれたと。それは仕事してくれ。
「すみません、ジルファ先生。……生きては帰ってきましたけど、俺、1回死んじゃったみたいです」
自嘲気味に笑うと、彼が悲しそうに眉をひそめるから、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。……本当、俺が死んだら、こんなに悲しんでくれる人がいるんだな。
そしてジルファ先生には、俺の意識が目覚めていなかった時の話を聞かせてくれた。
実幸は俺が死んでしまい、とりあえず、ウェダイアンをどうにかして服従させたらしい。その後俺に……生き返る魔法を掛けて、心臓が動いたのを確認したら、ウェダイアンに俺を乗せてもらい、洞窟から出る。
ジルファ先生率いる教会の魔法使いたちや、エスール率いる騎士たちと合流。実幸はただ淡々と、俺が死んだこと、そして自分が生き返らせたことを伝えたらしい。皆が戦慄するのに構わず、実幸は城へと帰った。
その後、実幸は俺を自分の部屋へと連れ帰った。もっと別の所へ置かないかと提案されたらしいが、実幸はそれを拒否。更に実幸が一睡もすることなく俺を見守るものだから、休憩しないかと声を掛けたが、それも拒否。だがどう見ても青ざめているし、疲労も蓄積していそうだったため、粘った説得が続いた。……だが実幸は、やはり拒否した。なんと魔法を使って、説得に来た人全てを追い返したらしい。
俺から一瞬たりとも目を離さず、誰も近づけようとしなかった。それは信頼されているはずのジルファ先生ですらも。……その様子は、まるで紛れもない、〝魔女〟だったとか。
そして俺は数日間目を覚まさず……今日遂に、目を覚ましたと。
「すみませんマジで俺のアホ幼馴染がとんだご迷惑を……」
「い、いいえ、気にすることはありません。実幸様も、それだけ必死だったということでしょうし……」
ジルファ先生が優しすぎて俺が泣きそう。だが泣いている暇などない。俺は気を取り直し、口を開いた。
「……質問があるんです。いいですか?」
「はい、もちろん」
「実幸は、禁忌とも言える魔法を使った……あいつは、どうなるんですか?」
俺のその質問に、彼は閉口する。どう答えるべきか、迷っているようだ。
……そしてやがて、ゆっくり口を開き。




