第51話 ドリーマー
……懐かしい夢を見た。
忘れたことは、一度も無い。実幸が俺を助けてくれた。俺が実幸に救われた、あの運命的な日のことを。
……あの日から、俺の日常は明確に変わった。
例えばそれは、モノクロ映画がカラー映画に変化したかのような。
興味もないクラシック音楽が、好きなバンドの楽しくて賑やかな曲に変化したかのような。
ずっと家に引きこもっていたのが、外に出て日差しを浴びているような。
そんな日々に、変わったのだ。
……念のため言っておこう。モノクロ映画やクラシック音楽、家にいることを否定してるわけではない。
まあとにかく、劇的な変化だったのだ。俺の世界が、その日からがらりと変わったのだ。
毎日実幸と、泥だらけになるまで遊んで、怪我をしているのにも気づかなくて。実幸が後先考えないで行動するから、俺が必死に止めた結果、何故か俺が怪我をして、泣いて、そしたら実幸も泣いて。そうしたら当然、両親も深く関わるようになって、なんの偶然か、家が隣で。
小学生に上がっても、相変わらずだった。実幸の自由奔放な行動は更に増し、俺のため息も増えた。そして周りは自分たちも含め、思春期を迎え、付き合っているんだろとからかわれることが日常茶飯事になった。でも俺たちは否定しつつも、ずっと一緒にいた。お互い、離れようとは思わなかった。いつしかからかう方が折れた。
中学校に上がっても、相変わらずだった。俺は人助けのせいで怪我するし、平凡な日常とは程遠い日常を過ごし、恋をしては敗れ、実幸との仲はからかわれ、でも結局からかう側が折れ、俺たちはずっと一緒に居て。
俺だったら、もう少し上の高校にも行けた。でも俺は、実幸と同じ高校に入ることを選んだ。
いいの? と実幸は聞いた。いいよ、と俺は答えた。
お前がいないなら、どこにいたって、きっと全てがつまらないから。
お前と出会ってから、見える景色がとても綺麗だよ。横にお前がいなくても。それはやっぱり、お前がこの世界の良さを教えてくれたからだ。
でもやっぱり、お前が隣にいないと、その良さも半減する。
俺にとっては、実幸はまさしく……生きがいで、俺の唯一無二の、大切な人だ。
決して恋なんて言葉で表すものではないけれど。
……この愛は、誰にも負けない自信がある。
絶対、本人には言ってやらないけど。
実幸は必死に勉強した。その時ほど、実幸が勉強したことはなかっただろう。するとめきめき実幸の成績は伸びていって。俺に並ぶことはなかったが、それでも急成長だった。
全部実幸が、「なるべく夢の成績にあった学校に行きたい」と頑張った成果だ。まあ結局、ワンランク下くらいの高校だけれど。別にいいのだ。俺の成績なんて。俺より上のやつなんて星の数ほどいるし。
……というか、実幸が今の高校の勉強に付いて行けるのか……と、それだけが心配だった。だってあいつ、受験のために勉強したこと、入試終わった瞬間に忘れてたからな。
とにかく俺たちは、無事に高校生になって。
……あとは、皆さんもご存じの通り。
たぶん、ここまで死にかけたのは初めてだ。今までも危ない目に遭ったことは沢山あるけれど。明確に死にかけたことは初めてで。
いや……死にかけた、というか、俺……死んだのかな……。
俺は体を切り裂かれた。この世にこんなに苦しいことがあるのか、というくらい痛くて。辛くて、虚しくて、恐ろしくて。……胸を絞める孤独感というか、虚無感に、押し潰されそうだった。……。
そしてそれらを埋めるように、あいつへの憎しみと怒りが、襲ってきたのだ。
こうして話している今でも、胸の中を占めるのは、あいつへの恨みつらみの言葉たちだ。
──あいつさえいなければ。
──あいつのせいで俺がこんな目に遭っている。
──あいつとなんて、出会わなければ良かった。
……正直、気を抜くと、これらの言葉に飲み込まれそうになる。その方が、きっと楽なのだろう。全部あいつのせいにして、自分の死を正当化して、それで。
……でも。
それで、一体何になる?
──その依存は、いずれ君の身を滅ぼす。
オルカ陛下の声が、聞こえる。そうだな。結果的にこうして死んでるよ。
──……絶対、死んだら駄目だよ。
実幸の震えた声が、聞こえる。うるせぇな。誰のせいで死んだと思ってんだよ。
──この子は、本物のヒーローだ。
幼い俺の声が、聞こえる。違うよ。そいつはヒーローなんかじゃなかった。お前はそいつに殺される。
──『ともだちになろうよ!!』
……違う。
違う、違う。違う違う違うっ!!!!!!!!!!
実幸は、俺の救いなんだ! 初めから分かってたはずだ、彼女と一緒に居たら、必然的にトラブルに巻き込まれることも多くなるって、分かってた! そしてそれを分かったうえで、一緒に居たいと願ったのは、俺だ!! 必ず、何があっても、実幸の傍を離れたりしないって決めたのは、他でもない俺なんだ!! 他の誰にも邪魔させない、奪わせない、その立場を選んだんだ!!
「……ふさげるなよ」
熱を持っている。死んだはずの体に、確かな熱が宿る。口から、顔、首、体、手、脚、心、どこまでもその熱が、伝わっていく。
熱すぎて、苦しいくらいだ。だが逆に、今の俺には全く足りていない。
「ふざけてんじゃねぇぞ、何があいつのせいだ。結局全部、自業自得だ!! 俺が弱くて死んだのを、あいつのせいにするんじゃねぇ!! 劣等感しかない16年だったけど、そんな恥ずかしい考えはしないようにしてきた!! しかも、自分を助けてくれた相手を逆恨みなんて、そんな馬鹿な話あるか!! ……俺はあいつに、生き方を教えてもらったんだ。あいつがいなかったら、出会わなかったら、もう16年も待たずにきっと死んでた!! ……俺が今こうして叫べているのも、全部……全部全部、あいつのお陰なんだ!! はき違えてんじゃねぇぞ!!!!」
叫んで、振り払う。
自分の中を満たそうとしてくる、憎しみの言葉を。見当違いの恨みつらみを。他でもない〝俺自身の意志〟で。
最期の言葉を、実幸への恨みごとになんてしたくない。
実幸を守って死ねたのなら、笑って死ぬべきだろ。
……。
……いや。
『夢!! 夢……!? 大丈夫!? 夢!! 夢ってば!!!!』
……あいつにあんな顔、させたくなかったな。
あいつの笑顔には、人を笑顔にさせる力があるんだ。それを曇らせた。笑っていてほしいのに。あんな顔にさせた。
笑って、くれよ。俺がいなくても、幸せに
……最期に見るのが、あんな顔でいいのか?
「……嫌だ」
ぽつりと呟く。その言葉が、どんどん俺の思いに輪郭を付けていく。
どうせなら笑っていてほしい。実幸だって、命が有限だということは理解している。だから、俺がきちんと生きた上で死ぬのなら、実幸だって笑ってくれるだろう。いや、泣いてもいそうだけど。
それでも彼女がただ泣いただけだったのは、俺がそう出来なかったから。
……まだ死ねない。
まだ俺に、笑ってくれていない。
……ああ、違うな。また実幸に全部押し付けるなよ。大事なのは、俺がどうしたいか、だ。
簡単な話だ。
「……まだ、幸せに生き切ったなんて、思ってない。もっと勉強したかったし、恋だってしたいし、出会ってない人にも出会いたいし、これからも実幸に恩を返したいし……これからもずっと、あいつの隣にいたい」
すぅ、と、思いっきり、息を吸う。
「俺はまだ……生きたいんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
人生でこれほど叫んだことがあっただろうか、というくらい叫ぶ。
息が苦しくなって、息を吸って、まだ自分が生きていることを、生に執着していることを、自覚する。
……いじめられて、あれほど苦しいと思った。この世界できっと自分は上手く生きていけないんだと思った。だったらこの世界を去ってしまうのが1番いいのではないか。そう思ったことも、ないわけじゃない。
それでも俺は、生きていたい。
その先に待つ道が、どんなものだとしても。
隣に、実幸がいてくれて、実幸も、俺の隣を選んでくれるなら。
……死の縁からだって、這い上がってやるよ。
「……さて、じゃあここからどう抜けるか……考えないとな」
というか俺って、マジで死んだのかな。生きたいって分かったばっかなのに。それは、困るなぁ……。
そう思うと同時。
──パァッ!!
突如として俺の頭上を、眩い光が照らした。
「……え、何?」
この唐突性、なんとなくだが……覚えがある。
あいつはいつだって、何事にも唐突なのだ。
いや……確証は持てないが……俺の直感がそうだと告げていて……でもやっぱり、この温かくて、安心させてくれる光は……。
呑気に考えていると、その光から降ってくるのは……1本のリボン。それに絡め取られ、体が浮いた。備えていなかったため、思わず空中でワタワタしてしまう。バランスを崩してひっくり返る俺にはお構いなしに、そのリボンに引っ張られ、俺は上へ上へと昇らせられていった。
……俺は思わず、半ギレになりながら。
「だからお前……いつも、行動する前に一声かけろって、言ってるだろーーーーっ!!!!!!!!!!」
その怒号を最後に、俺は光に吸い込まれ……そして、消えた。




