表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/61

第50話 ぼくのヒーロー

 ……。



 誰かが泣いている。

 誰かが叫んでいる。


 まだ、小さな子だ。ただ自分に向けられた悪意を、良く理解している。そしてそれを悲しんでいる。確かに傷ついている。どうしてこんな思いをしなければならないのか。この世の不条理を嘆いている。「不条理」なんて言葉も、意味も、理解していない。だが、その概念は体に、心に、よく刻まれてしまっていた。



 誰かが泣いている。

 誰かが叫んでいる。

 小さな声で。



 たすけてと、泣いている。





 ──



「おまえって、ほんとはオンナなんだろー!?」

「ほんとについてんのかー?」

「ぬいでみろよ!!」


 幼稚園生でも、例えどれだけ小さな子供と言えど、人間というのは残酷な生き物だ。

 いや、この場合……()()()()()()()、と言うべきか。


「ぼ、ぼくはおとこだよ……やめてよ……」


 詰め寄られ、取り囲まれ、泣いているのは……俺だ。友達もいなくて、内気で、周りと自分がどこか違うことを、なんとなくだが理解していて、だがそのどれも口には出せない、()()()()()大人しい子供。


 だが俺に詰め寄る園児たちは止まらない。むしろ、油を注がれた炎のごとく、ヒートアップしていく。


「おとこおんなー!!」

()()()()()はおんなのこ~」

「おままごとでもしてきなよ~」


 あはは、あはは。無邪気なまでの邪悪さに、俺の心はすり減ってくる。


 どうして、ぼくは、ふつうにしてるだけなのに。どうしてこんなにかなしくならないといけないの? ぼくはおとこだし、おままごとよりヒーローごっこのほうがすきだし、なのに、なんで……?


 じわりと滲む涙。それを見て、また面白がる園児たち。傷つく心は音を立てる。泣かないように、唇を強く噛み締めて。スモックの裾を強く握りしめる。痛い。指先が、唇が、瞳が。でもやっぱり何より痛いのは、心で──。


 我慢できず、一粒の涙が零れた。おとこのこは、ないちゃいけない。誰かが言っていた。だったら、ぼくはなに? おとこのこになれないぼくは、なに? 今、泣いてしまった。そんな、弱い自分は。



「こーーーーらーーーーっ!!!!!!!!!!」



 そこで上から、声が降って来た。



 俺も、俺を囲っていた園児たちも、驚いて顔を上げる。そこにあるのは、ジャングルジム。その上に……誰かが、立っていた。しかし逆光で、顔はよく見えない。


「いじめたらだめなんですよ!!!! わるいこは……〝せいばい〟だーーーーっ!!!!!!!!!!」


 そして。


 とうっ! と叫び、その声の主は()()()()()()()()()()()()()()


「「「「なっ……!?」」」」


 俺と園児たちの口から、思わずそんな驚愕の声があがる。しかし声の主はそんなことに構わない。意気揚々と飛び降りて、そのまま……園児の内の1人の頭の上に、着地した。


「ふふんっ!!」


 そして声の主は満足そうに笑うと、次にその着地した園児の左に居た園児に視線を向ける。彼は、ひっ、と息を呑んだ。

 だがやはりそんなことに構いはしない。声の主は、えいやー! なんて声をあげると、その園児に平手打ちをした。園児は抵抗せず、その場に倒れる。


 あと、1人が残った。しかしそいつはいち早く逃げていたらしく、もう姿はなかった。声の主がそれを確認している間に、残りの2人も大泣きしながら逃げて行った。


 ……その場には、俺と突如現れたそいつだけが残った。


 俺は目を見開きながら、それをただ茫然と眺めていた。そこに、怖さはなかった。心の中に芽生えたのは、ヒーロー番組を見た後のような……そんな、高揚感。


 ──ヒーローだ。


 俺は、そう確信した。


 だがそいつは、特殊なスーツなんて身に着けていなかったし、どう考えても同じ幼稚園に通っている園児だった。……声の主は左側頭部に付けている特大リボンを揺らし、こちらを振り返った。

 そこにいたのは、可憐な少女だった。


「……ねぇ、あなた、だいじょうぶですか?」

「えっ、あ、だ、だいじょうぶ……」


 だが俺にとっては、その少女が間違いなくヒーローに見えた。弱きを助け、悪を挫く。その時の俺にはその意味なんて分かりやしないが、彼女はその精神を持っているのだと確信したのだ。


 ヒーローが、俺を、助けに来てくれたのだ。


 また泣いてしまいそうだった。いや、もう泣いていた。その涙は止まらなかった。すると彼女はギョッとしたように目を見開く。


「ど、どうしたんですか? おけがしてるの? いたいの?」

「ちがっ……う、うわぁぁぁぁんっ……」


 その時の気持ちを上手く伝えることは、叶わなかった。ただ泣きじゃくって、彼女を困らせるばかりで。


 彼女はその小さな頭で必死に考えて、そして、スモックを犠牲にすることを選んだ。思いっきりたくし上げて、下着が見えることもお構いなしに、俺の涙を強引に拭った。それがめっちゃ痛くて、余計に泣いた。


 普段全然喋らない俺の、珍しいまでの大声での大号泣に、先生たちも飛んできた。

 そして色々誤解されて、彼女がこっぴどく叱られてしまった。



 だが俺と彼女の必死の弁明で、彼女の冤罪は晴れた。だが、まあ2人ほどぶん殴っているので、結局叱られていた。先程よりは控えめだったが。


「……ごめんね、ぼくのせいで、おこられて……」

「いいんですよ! わたし、まちがってないですから! もっとなぐってやればよかった!!」

「それは……やめておいたほうがいいとおもうよ……」


 えー、と不満そうに口を尖らす彼女に、俺は思わず笑った。すると彼女はすぐに気を取り直し、満面の笑みになる。そして俺の両手を握った。


「ねぇ! あなたのおなまえはなぁに!? ともだちになろうよ!!」

「……え……」


 名前を聞かれ、俺は躊躇した。だって、俺はまずその名前のせいでいじめられていたのだから。……こんな女みたいな名前を聞いたら、彼女も離れて行ってしまうのではないか。そんなことを本気で思った。


 ……だが一方で、賭けたくもなったのだ。


 もしここで名前を言って、この子が笑わないのなら、この子は本物のヒーローなのだと。自分は必ず……この子とずっと、友達でいようと。

 何があっても、この恩を返そうと。


「……わらわない?」

「? うん!! わらわないよ!!」

「……じゃあ……えっとね……ぼくのなまえは……」


 みみかして、と、俺は持ち掛ける。彼女は素直に耳を差し出した。そして俺は、小声で告げる。自分の、コンプレックスである名前を。


 春松夢、と。


 顔を離し、俺は目をそらした。どんな反応が返ってくるのか、不安で仕方なかったのだ。それを受け止められる自信が……なかった。


「……どうしてわらうの?」


 すると彼女は、そう告げる。


 俺が顔を上げると……彼女は、笑っていた。


 嘲笑わらっていない。笑っていたのだ。


「ゆめくん! とってもすてきなおなまえ! あのね、ママがいってたよ! ゆめをもつのはすてきなことなんだって! だからそれをもってるゆめくんは、すっごくすてき!!」

「……!!」


 その母親が言っている意味と、俺の名前とは、きっと……いや、絶対に無関係だ。だが俺には……それが唯一無二の救いに思えて、ならなかった。


 そして確信した。この子は、本当にヒーローなんだって。

 自分は、この子に会うために生まれてきたんだ、と。


「……ねぇ、きみの、なまえは……?」


 俺は、おそるおそる尋ねる。


「ぼくも、きみと……ともだちに、なりたい……っ」


 勇気を振り絞る。きっと顔が熱い。こんなことを言うなんて、恥ずかしくて。でもここでこう言わなければ、自分は一生後悔する。その一心で。

 すると彼女は笑った。そして俺の手を、再び強く握り。


「わたしのなまえはね……みゆき!! こなみ、みゆき!!」


 ともだちになろうよ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ