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第49話 一世一代の作戦

 俺はウェダイアンに向け、真っ直ぐ走っていく。迫りくるかぎ爪を、危機一髪で避けながら。


 ……これも、実幸に掛けてもらった身体強化魔法がなければ、避けられてないな。本当に実幸はすげぇよ……。


 と、そんなことを思っている暇などない。俺は飛んだり、身を屈めたりして、攻撃を見切り避け、前へ進み続けた。するとウェダイアンも埒が明かないと思ったんだろう。大きく口を開け、何かパワーを溜め込む。それを正面に俺は冷や汗を流し……思わず笑った。この恐怖に、笑うしかないというか。


 ウェダイアンの溜めていたもの。それは冷気だった。あっという間に口の中でそれらは塊になっていく。とても鋭利な、氷の粒に。それが何個もあった。


「……ッ!!」


 そしてそれらが降ってくる。物騒な氷の雨だ。霰でさえ結構痛いというのに。これに当たったら、痛いなんて言う暇もないな。潰れて刺されて普通に死ぬ。


 俺はそれをなんとか避けた。わざと当たる、というのはここでも良かったのだが、もう少し。もう少し近づいておきたい。


 走って、飛んで、転がって、時には魔法を使って防いで。……どうにか近づくことが出来ている。あとどれくらい近づけば丁度いい? 考えろ、思考は冷静に。あと3メートル……2……1……!!


「……ここだっ」


 氷の攻撃が途切れたタイミングで、俺も止まる。丁度いい位置だ。ウェダイアンから近すぎず、遠すぎない。……ここで、受ける。


 止まった俺にウェダイアンは不審がっていたみたいだけれど、止まっているのが好都合と言わんばかりに、口を大きく開けた。そしてそこに渦巻く炎。あれに当たれば、間違いなく焼き殺される。別にすぐ近くにいるわけでもないのに、暑い。全身を流れ落ちる汗は、それもあるし、緊張や恐怖の冷や汗も混じっている。


 ……本当にジルファ先生は、俺に身を守る魔法を掛けたのだろうか。不安になる。あくまで俺の予測なのだから。あの時きちんと聞いておけば良かった。でも彼が言わなかったということは、彼は俺になら説明しなくても分かると思ったのだろう。初めて会ったときから比べて、信頼関係が生まれたのだから。


 ……きっと、大丈夫。


 すぅ、と深呼吸をする。視線をウェダイアンから外す。……実幸と、目が合った。彼女はいつの間にか空を飛べるようになったらしく、箒の上に座っている。上から攻撃するつもりらしい。その顔には、心配だとはっきり書いてあって。


「……大丈夫だ。絶対」


 声は聞こえていないだろう。しかし、きっと伝わっている。微笑んで頷くと、実幸も……心配そうなのは相変わらずだが、頷き返してくれた。


 ……実幸も、俺のことを信じてくれている。


 視線を前に戻す。ウェダイアンの口から灼熱の炎が飛び出してくるのは……まさに、その瞬間だった。





 ──正直に言うと、逃げたくてたまらなかった。

 この期に及んでまだ言うのか、と思われるかもしれないが、じゃあお前がここ立てよ、という話で。言っておくけどめっちゃ怖いからな。文字通り、死と隣り合わせなんだし。


 ……でも俺は、逃げなかった。俺に託してくれた実幸と、教え導いてくれたジルファ先生と、今ここにいる、俺自身を、強く──信じて。


 結果的に、俺は無事だった。先程と同様、パキンッ!!!! と何かが割れた音が響いた。さっきよりも、ずっと近くで聞こえた。


 反射的に閉じてしまっていた目を開くと……目の前には、粉々に割れたバリアのようなものが。……やっぱり、守ってくれた。安堵から零れそうになる涙をグッと堪えて。俺は視線を上に向ける。

 それと、備えていた実幸がウェダイアンの所へ飛び降りるのは、同時だった。


「──」


 ウェダイアンも同様に視線を上げ、実幸に対処しようとするが……そこはやはり、俺の予測通り。次の攻撃まで、時間は目一杯ある。

 その時間は、実幸にとってはもはや永遠だ。


 魔法のステッキを振り上げる実幸は、高らかに。



「〝ウェダイアンさん、そこでねんねの体勢になーーーーれ〟っ!!!!」



 ……ねんね……。

 緊張感のない言葉に思わずツッコみつつも、もちろん魔法は正常に発動する。実幸の持つ魔法のステッキが、今までで1番、輝いた。太陽も驚いて逃げ出すくらいの光だ。そこまで来ると目が眩むはずなのに、見える。その光景から、目が離せない。


 その光はウェダイアンに衝突し……その巨体を、横倒しにした。その拍子に強風が吹き……体が、浮き上がる。え、と思った時にはもう遅くて、俺はそのまま吹っ飛ばされた。

 しまった、完全に油断してたー!!


 しかしそこで、落下途中だったはずの実幸が、魔法のステッキの輝きと共に消えた。と同時、俺の目の前に現れ、抱き着かれたかと思えば、今度は目の前の景色が変わる。すぐ下に地面があって、そこに着地した。

 瞬間移動を、2回連続で使ってくれたらしい。


「ありがとう……実幸」

「ううん、無事で良かった。……でも今ので、魔力がほとんど無くなっちゃったみたい……」


 そう言うと同時、実幸が地面に座り込む。俺もそれを見て……全身から力が抜けるのが分かった。するとその抜けたところに、疲労感が侵入する。一気に眠気も襲ってきた。ああ、今ベッドに倒れこんだら、秒で寝れる自信がある。


 ……けど、まだ倒れるわけにはいかないからな。


 俺はなんとか立ち続けて、そのまま、座り込んだ実幸に手を差し出す。


「……ひとまず、お疲れ」

「……うん、夢もね!」


 実幸は笑って、俺の手を掴む……。



 ──グル……。



 そこで、背後から鳴き声が響いた。



 それと同時、実幸の顔が引きつるのが見える。まさか、あれでも駄目だったのか!? 実幸の渾身の魔法だったはずなのに……!!

 ……いや、でも、実幸は泥仕合のせいで疲れていた。そしてウェダイアンは、様々な魔物を統べる超上級の魔物……それがあって、いい感じに均衡が取れてしまったのか!?


 振り返ると、目の前には微かに体を起こしたウェダイアンがいた。体は怠そうだけれど、でも、その瞳は……怒りが、闘志で、燃えている。


 そしてその大きなかぎ爪を、俺たちに向けて振り下ろし……その光景が、やけにスローモーションで見えた。アニメのコマ送りでも見ているような。避けられる、気がした。魔法での対処は、無理だ。俺にそこまでの魔力はない。でも俺が避けたら、後ろにいる実幸が当たる。実幸は座り込んでいるんだ。すぐに動くことは不可能。そして魔力切れで魔法も使えない。


 ……。


 俺は、笑った。もう、これしかない。



『……絶対、死んだら駄目だよ』



 ごめん、実幸。それ、守れないかも。



 俺は、動かない。そのまま、両腕を大きく広げて。



「や──!!!!」



 後ろにいる実幸が、何かを言った気がした。

 景色が動き出す。元のスピードで。

 けど不思議と心は落ち着いていて。怖くはなかった。







 目を閉じると同時、俺は体を切り裂かれた。






 ──







 最初に思ったことは、「あ、痛いな」という、なんとも端的な感想だった。

 立っていられるはずもなく、俺はその場に仰向けに倒れる。洞窟の天井が、はっきり見えたと思えばぼやけて、また戻ったと思えば、やはりぼんやりする。


 そして、少し遠くで何か大きなものが倒れるような、地鳴りにも似た音が響いた。ウェダイアンが倒れたのだろう。俺に繰り出したあの攻撃は、きっと最後の抵抗だったのだ。


「夢!!」


 俺を呼ぶ声が聞こえる。聞き慣れた声。下手したら、親の声より聞いているかもしれない。それほど耳に馴染んでいる。


 声の方に視線を向けると、彼女が俺の顔を覗き込み、必死に俺の名前を叫んでいた。それは、絶叫に近かった。顔に何か、温かなものが落ちる。正体を確かめようと、ゆっくり、何度も、瞬きを繰り返す。何十回もそうやってようやく見えたのは、実幸の大きな瞳から零れる涙だった。たぶん、俺の返り血なのだろう。頬を流れた拍子に、少し赤く濁っていた。


 ……でも、ああ、そうか。ここまで叫べてるってことは、実幸に怪我はないのか……。

 ……それなら、良か……。


 俺の体から力が抜けるのと、同時に。



 ──グォァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!



 ウェダイアンが、咆哮した。


「きゃっ!」


 実幸が軽く悲鳴を上げ、俺も失いかけていた意識を再び取り戻す。


 それは、決死の叫び声だった。体を、心を揺らす、魂の咆哮。それが痛いほど、伝わってくる。そのせいかは分からないが、俺の体も痛みを取り戻してきた。


 痛い、痛い。なんで、なんで俺がこんな目に。こんな思い、したくなかった。


 思考が巡る。痛い。それしか考えられないのに、()()()()()()()()。俺の思考を塗り替える。



「夢!! 夢……!? 大丈夫!? 夢!! 夢ってば!!!!」



 ()()()()()


 ()()()()()



 それと同時、全てが遠のいていく。そんな言葉が正しかった。景色も、音も、意識も。ああ、いや、1つだけ、痛みと、誰かの喋る声と、塗り替える思考は、残っている。1つじゃないな、なんてツッコんでくれる人もいない。


 誰かが喋る。

 俺に似た、俺じゃない、誰かが喋る。





 ……。


 …………。


 ………………。


 あの女に出会ってしまったことが、俺の人生最大の過ちだったのだ。


 大きく開いた傷口だけが熱を持っている。呼吸が荒い。痛い、痛い、痛い──。どうにか生きないと、とは思うが、全身の穴という穴から生きる力が抜けていく。そんな感じがする。

 ああ、これが、「死」なんだ。俺は直感的に確信した。


「──……っ!! ……ぇ!!」


 耳元であの女が叫んでいる。元はと言えばお前のせいだろ……。ああ、うるさいな。黙れよ。


 こいつのせいだ。

 全部全部、こいつのせいだ。


 全部こいつがいたから、俺はこうして死にかけている。いや、今だけじゃない。あの時もお前が全部の元凶なのに何故か俺だけが怒られて。暴言を浴びさせられたり、殴られて、痛い思いをして、悲しくて、でも耐えるしか無くて。なんでだよ、俺は何も悪くない。俺は何もしてない。全部全部こいつが悪いのに。なんで俺ばっかりこんな目に。俺のせいじゃない。俺が死にかけているのも全部こいつのせい。死にたくない。こいつのせいで。全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部──!!!!



 この女さえいなければ。


 この女が憎い。


 出会いたくなんて、なかった。



 心の中に沸き上がる怒りで、憎しみで、暴れ狂ってしまいそうだった。しかしそれに反し、体は冷たくなっていく。まずは手から、足先から、徐々に、段々、体を蝕んでいく。

 でも、その感情だけは、消しても消えなそうだった。





 俺は目を閉じる。静寂だけが、俺のことを抱きしめていた。

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