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第48話 あの時の魔法

「──……!!!!」


 俺は、声にならない悲鳴をあげた。実幸が、炎に飲まれた。あんなの、絶対に助からない。どうする、いや、実幸が。そんなの嫌だ。あいつがいなくなったら、俺は。


 ウェダイアンの瞳が、俺の方を向くのが分かった。威圧感に押しつぶされそうになったからだ。頬を汗が伝って、顎に辿り着き、重力に任せて落ちる。……しかし、俺の思考はそんなことより、実幸だった。


 実幸。1人で行かせるんじゃなかった。そうすれば俺が庇えたはず。どうして俺じゃなくて、実幸が、死──。


「……」


 そこでウェダイアンが、微かに唸った。彼の視線が、俺から外れる。彼の瞳は……先程実幸が立っていた、今は煙幕の上がる所に、注がれていた。

 ……そして。



 ──パキンッ!!!!



 そんな、何かが割れたような音が響いた。それと同時、煙幕が一気に晴れる……ウェダイアンよりもっと強い風が、一気に吹いたのだ。


 しかしそれは、俺には吹いてこない。それはただ1体……ウェダイアンのみを襲った。その強風は彼を一歩後退させただけだったが、一瞬ひるませるだけになら十分だった。


 そしてその風の発生源には……実幸が確かに、立っていた。


 今度こそ俺は迷わない。全力で駆け出し、実幸に飛びつく。……そのまま地面にスライディングするのと、ウェダイアンがすぐに仕切り直し、再び炎を吐くのは同時だった。

 ……一瞬遅れたら、今度こそ焼き殺されるところだった。


「ゆ、夢……」

「っ、大丈夫か!?」

「う、うん、なんか、バリアみたいなのが出て……」


 まだ状況に頭が追い付いていないらしい実幸は、たどたどしくそう教えてくれる。バリア……。



 ──魔法はまだ、貴方たちにかかったまま残っています。……それが役立つと信じて。


 ──……〝ガナリア・メフィストガレ・ウェヤストヴァート〟!!


 ──まあ、安全装置、といったところでしょうか。……この魔法が()()()()ことを、私は願っています。



 頭の中で、パズルのピースが急速にはまっていくような、そんな感覚がした。


「……ジルファ先生だ!」

「えっ、先生がどうかし……ッ!!」


 思わず興奮する俺とは対照的に、実幸の表情が一気に引き締まる。すると飛ぶように立ち上がり、魔法のステッキを構えて……。



「〝身を守る盾よ〟!!!!」



 端的に、そう叫んだ。

 するといつの間にか迫っていたウェダイアンの爪が……実幸が瞬時に張った盾と、交差する。


 火花が散り、その勢いに実幸が少しばかり呻く。必死に地面に足を付いて踏ん張り、足元の土が抉れる。しかし……きちんと、防ぎ切った!!


「……実幸!!」

「夢!! 次、来るよっ!!!!」


 実幸の叫び声に合わせ、俺も杖を取り出す。


 ──一旦説得は諦める。とりあえずウェダイアンの体力を削って、弱らせて……次に説得をするのは、その時だ。

 もちろん、殺しはしない。


 俺たちは一瞬だけアイコンタクトをし……頷いた。



 俺たちは一気に駆け出す。バラバラの方向に。……実幸はウェダイアンの視線から外れるように。俺は、きちんと視界に入るように。

 しかしただの自殺行為ではない。俺は杖を振りかざし。



「……〝光よ、眩く輝いて、全てを覆い隠すようになーれ〟っ!!!!」



 腹の底に力を込め、俺は叫ぶ。すると杖が大きく震えた。それと同時、体内を巡る魔力が……多く吸われる感覚。眩暈がするが、両足に力を入れて耐えた。

 杖の先が、光る。その光は一瞬にして巨大化し……次に、発射。ウェダイアンの目元を、覆う。


 彼は大きな悲鳴をあげた。そりゃ、あんな光を目の前に受けたら痛いだろう。俺だって見てしまったから痛いし、目も馬鹿になった。ついでにウェダイアンの悲鳴も耳に残って、キーーーーン……と鳴っている。……お陰で現状が分からないが、俺は叫んだ。


「実幸!! 頼む!!」


 きちんとそれが言葉を成していたかすら分からない。だが彼女には……きちんと届いたはずだ。


 何度か瞬きをして、いち早く視界を戻そうとして……次に、ぼんやりではあるものの見えた景色は、何本もの光線をウェダイアンにぶつけている、実幸だった。


 突風が巻き起こり、俺はよろめく。倒れる、と思ったところ、背中に手が添えられた。……振り返るより早く、優しい声が鼓膜を揺らす。



「……〝傷を癒し、彼が再び立ち上がる力を持てるようになーれ〟」



 すると体が一気に軽くなる。目も耳も、痛くない。体内には元と同じ量の魔力が循環するのが分かる。

 再び立ち上がると、実幸が横で微笑んでいた。


「……ありがとう。助かった」

「ううん、気にしないで。……」


 そう言うと実幸は、視線を前に向ける。俺もそちらを見つめた。……実幸の徹底光線を浴びたウェダイアンは、地に伏して苦しそうにしていた。


 再び横を見る。……ウェダイアンを見つめる実幸のその表情は、とても悲しそうだった。


 しかしウェダイアンはそんなことを知らない。体を起こし、こちらを睨みつける。……相変わらず恐ろしくて、足が震えた。


「……まだ、駄目、か……」

「やっぱり、そう簡単にはいかないみたいだね……」


 実幸の声も、悲しそうだった。そして一度目を伏せ……次に開いた時には、その瞳には決意が燃えていた。


 先程、殺されかけたのだ。それでも、諦めることはない。何度も決意を結び直して、そうして立ち上がる。

 全てを、救うために。


 俺も深呼吸をした。恐怖を飲み込む。やはり完全には無理だけど。

 ここから逃げないという意思だけは、しっかり持ち直すことが出来た。


「次……!! 行こう!!」

「……ああ……!!」


 再び俺たちは、地面を蹴った。





 そこからはもう何と言うか、泥仕合だった。


 俺たちは魔法による攻撃を何度も繰り出し、ウェダイアンはその巨体故そこまで避けることが出来ず、きちんと当たってくれる。

 しかしそこからの反撃が凄まじい。俺たちは何度も壁に叩きつけられ、岩の尖った部分で肌を抉り、地面を転がった。同時に2人とも倒れないように、とだけは気を付けた。


 そして傷ついては魔法で回復、傷つく、回復、傷つく回復と、何度もそのサイクルを繰り返し、もう何度それをやったか、数えるのも嫌になった。


 更に言えば、実幸ほどの魔力の持ち主でも魔力は無限ではないし、何より連続で使いすぎると倒れてしまう。……そろそろそれも心配になってきた。


「……は、ぁ、はぁっ……」

「……はっ、……っ」


 息が上がる間隔も早くなってくる。頬を伝う汗を拭った。


 ……ウェダイアンの体力は、一応順調に削れているはずだ。最初と比べれば、彼の動きも鈍くなってきた。……あくまで最初と比べれば、だが。それでも彼がピンピンしているように見えるのは、変わらないのだ。


 どうする、どうする。そんな言葉が頭の中をぐるぐる回る。このままだと俺たちが負けるのは明白だ。打開策を考えなければ。でも一体どうすれば? こんな怪物相手に、俺たちが出来ることなんて万策尽きている。もう諦めて逃げてしまう方が賢い。でも──……。


「夢」


 名前を呼ばれた。顔を上げると……そこには実幸の、笑顔が。


「大丈夫!! 落ち着いて」


 その笑顔で、その声で、その言葉で。……何でだろう。やっぱり、安堵出来るのだ。ああそうか、大丈夫なのか、って。

 焦って固まった心が、一気に溶けていくのが分かる。頭も冷えて。


「……実幸」

「ん?」

「……ありがとう。1個、思いついた作戦があるんだ」

「何?」


 ウェダイアンは動かない。こちらの出方を窺っているようだ。……舐められているのか、体力の温存か。出来れば後者だとプライドが保たれて助かるのだが。そしてのんびり作戦会議も出来るので。


「さっきよりリスク高めの囮に、俺がなる」


 俺のその言葉に……実幸は、元々大きな瞳を、さらに大きく見開いた。


「え……何、それ、そんなの絶対……!!」

「大丈夫だ。1回なら助かる」

「1回、って……」


 動揺する実幸に、俺は冷静に続ける。


「さっきの実幸の意思とは関係なく出たバリア……あれは、ジルファ先生のものだ」

「ジルファ先生の……?」

「そう。森に修行に出た時のことを覚えてるか? ……あの時、魔法を掛けてもらったけど……」

「……あ!!」


 実幸もようやく、思い至ったらしい。


 そう、あの時の長くて発音も難しそうで高等そうな魔法……あれは恐らく、「魔物に致死に至るような攻撃をされた際、一度だけ守ってくれる魔法」だったのだろう。……ウェダイアンの攻撃も凌ぐくらいだし、すごい魔法なのだと思う。

 そして彼は、それを俺と実幸に使ってくれた。……そして俺にかけられた分は、まだ発動していない。


 先程までの攻撃で発動していないのを見るに、本当に一撃必殺だけを防ぐもの……。だったらその攻撃を、一度だけならワザと受けることが出来る。


 今、ウェダイアンは弱り始めている。そんな一撃必殺になるような攻撃を放ったら、次の攻撃までに隙が生じるはずだ。


 その時に、実幸も一撃必殺を……いや、殺さないけど。まあ動けなくなる程度の全力な魔法を使ってもらえば……。

 ……もう一度話し合いを持ちかけることが出来るかもしれない。


 正直、あやふやなところが多いから、上手くいくかは分からないが……。


「実幸……最初で最後になるが、行けるか?」

「……大丈夫だと思う。夢がその気なら、私も……私の持つ魔力全部使って、やる」

「いや、若干は残しておけよ……もしもがあるし……」

「それくらいの気持ちでやるってこと!! ……ねぇ、夢」

「……何だよ」

「……絶対、死んだら駄目だよ」


 泣きそうな実幸の瞳。俺は思わず笑って、その頭に手を乗せた。


「当たり前だろ」


 そして視線を前に戻す。

 合図はなかった。


 俺たちは同時に、地面を蹴る。

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