第44話 勝負の行方
俺は手を軽く振る。それはもちろん……異能力を、使うため。
それと同時、実幸が動いた。きっと周りには……何人もの実幸が登場し、一斉にエスールに襲い掛かっているように見えていることだろう。
エスールは剣を構えた。しかしその動きは鈍い。当たり前だ……この大人数の内、本物はただ1人。しかしどれが本物か分からない以上、むやみな手出しは出来ない。偽物かと思い、剣を振るって、もしそれが本物だったら……殺さないというルールを破ることになるし、何より、慕われている実幸を殺すなど、エスールの信頼が地に落ちるからだ。
それを分かっているのだろう。エスールは必死に目を細め、本物がどれか見極めようとしていた。だが……それも無駄なこと。俺の異能力は、そんな簡単に見破れるものじゃない。
……いや、知り合いに1人、「空気抵抗を見て読んだ」とかいう化け物クラスの人居たけど……。
まあエスールもその化け物クラスじゃない限り、大丈夫だろう。それにここの人たちは異能力はほぼ初見……少なくとも、しばらくは慣れないはずだ。
そしてその慣れないうちに……2人で、叩く!!
「「「「……ッ!!!!」」」」
何人もの実幸は、息を呑む。そして呪文を唱え……魔法石に向かって、放った。
するとその魔法は魔法石に吸い込まれ、すぐにヒビが入り……爆ぜる。
動くことが出来ず、至近距離で爆風を浴びることしか出来ないエスールは、声にならない悲鳴を上げた。
実幸は一旦エスールから離れ、魔法のステッキを1回振る。それと同時、俺は異能力の使用をやめた。……実幸の姿が、1人に戻る。
「さて、騎士団長さん……どうですか? 降参する気にはなりましたか~?」
実幸は相変わらず朗らかに笑っている。本当に、末恐ろしい女だ。先程まで徹底攻撃をしていたとは思えない表情である。
攻撃の手を緩められ、何とか体制を立て直すエスール。すると彼の瞳は……俺の方を向いた。
「貴様、血迷ったか……!! 勝負に水は差さぬようと、言ったはずであろう!? ……これはルール違反だ!!」
「そのことですけど」
エスールに睨まれ、俺は少しだけすくみ上ってしまったものの……努めて冷静に口を開いてから、実幸に視線を送る。その視線を受け取った実幸は、腰に両手を当て、ぐんっ、と胸を張った。
「道具の使用は可能なんですよね? でしたら私も、夢を道具にするまでです!!」
「俺の異能力を……な」
念のため言い直しておく。なんか語弊を招きそうな予感がしたので。
エスールは驚いたように目を見開き、そして実幸を睨みつけた。
「それこそ……っ、血迷ったか、大魔法使い様!! 人間を、ましてや恋人を道具のように扱うなど、貴女のような人格者の良心は痛まないのか!!」
「実幸は恋人じゃねぇぶっ飛ばすぞ!!!!」
「夢は恋人じゃありません寒気がします訂正してください!!!!」
お約束である。
まあ話の腰を折っても仕方がない。実幸はうおっほん! とちょっと古い咳払いをしてから、改めて口を開く。
「痛まないことはありません。ですが、私たちの間には、それ以上の〝絆〟があるんです。……私たちは、こんなことで壊れるような関係ではありません!! それほどの信頼が、お互いにあります!!」
実幸は俺に視線を投げる。俺はそれを受け取り、大きく頷き返した。
何年一緒に居たと思っている。さっきはテレパシーなんて使ったが、そんなもの使わなくとも、相手が何を考えているのかはなんとなく分かる。それほどの関係だ。……テレパシーはまあ、正確性を優先しただけ、ということで。
とにかく、実幸の言葉を借りるなら、俺たちには揺るぎない〝絆〟がある!!
「今の俺は、まさに実幸の傀儡だ。俺の意思はない。実幸の意思で動く。だから勝負に水を差すこともないさ、安心しろ。……さあエスール、仕切り直そうぜ」
俺は堂々と告げる。
エスールは歯ぎしりをしつつ冷や汗を流し、実幸も冷や汗を流しながら、そーだそーだ!! と言った。
……お前……傀儡の意味、分かってないだろ……。
というわけで仕切り直し。エスールは立ち上がり、実幸を睨みつける。実幸は口元に笑みを携えながら、それを見つめ返した。
そして観客の方にいるものの、異能力を使う準備をした俺。
三者、一様に心構えを済ます。
そして、合図はなかった。誰かが息を呑む音を布石に……エスールと実幸は、同時に動き出す。
エスールが切りかかり、実幸がそれを避ける。連続斬りに、実幸は全く恐れるような様子はない。避けて、避けて、実幸も魔法のステッキを剣のように扱う。交差し、数秒間つばぜり合いをし……お互いがお互いを弾いて、離れる。
実幸は空中で一回転しながら、素早く呪文を紡いだ。それを見てエスールも、魔法石を準備する。
「……〝貫け〟っ!!!!」
そして着地と同時、実幸が叫んだ。すかさず迸る雷光。光の速度でエスールに向かうが、それはやはり魔法石に吸い込まれ……。
エスールが素早く魔法石を手放すのと爆発するのは、同時だった。
「ぐっ!!」
立ち昇る煙幕が、呻いたエスールの姿を覆い隠す。恐らく雷光に目をやられたのだろう。しばらく使い物にならないに違いない。
そしてその好機を実幸が見逃すわけもなく。実幸は駆け出し、煙幕の中に身を投じた。──だがその驚異的なスピードに、煙幕は振り払われる。魔法で身体強化をした賜物だ。
「〝万物に通ずる法則の、更に上を超え〟──」
実幸は走りつつ、呪文を刻む。そこに全く息切れをしている様子はない。その声は不思議と俺たちの耳に残り、その瞳の強さが、残像として焼き付く。
エスールは微かに目を開く。そして再び魔法石を準備した。
彼の目の前に、実幸の姿が躍り出る。
「──〝その身に余る引力を〟っ!!!!」
実幸が魔法のステッキを彼に突きつけ、エスールがその延長線上に魔法石を構え……。
──彼の目の前に立っていたはずの実幸の姿が、掻き消えた。
「なっ……!?」
「……おいおい」
そして俺は、ほくそ笑む。
「俺の存在を忘れて2人だけで楽しんでもらったら……困るんだが?」
ついでエスールの背後に現れるのは、既に詠唱を完了させている実幸……!!
「……っ!!」
しかしそこで、万事休すか、と思われたエスールが、そこで勢い良く半身を捻った。そして……しっかり防ぐことは不可能だと判断したのだろう。実幸に向け、魔法石を投げつける。これで実幸のこの魔法は封じられ……。
「──やはり、この程度だと対応されますよね~」
そんなのんびりとした声が、エスールの背後から響いた。
そう、先程目の前に現れたものがフェイク……そう思わせ、次に後ろに姿を現す。しかし、そちらが本当のフェイクだったのだ。本物は……変わらず、彼の目の前にいた。
俺は、本物の姿を一時的に隠し、背後にフェイクを出した。そして良いタイミングで再び本物の姿を出す……それだけ。
「……!?」
今度こそエスールは、対応できなかった。当たり前だ。今さっき、無理矢理体制を変えたばかりなのだから。……そこからすぐに立て直すことは、不可能。
しかしエスールは諦めてはいなかった。その声の方へ、体を向けようとするが……。
──もうそんな隙は、与えない。
「えいっ」
そんなお気楽な声と共に、実幸がステッキを振り下ろす。
エスールは実幸の魔法を防ぐことが出来ず……通常の何倍もの(しかし死なない程度の)重力に、押し潰された。
そういえば蚊帳の外にされていたジルファ先生が、審判の役割を果たすために倒れたエスールに駆け寄る。
その顔を覗き込むと……彼は、気絶していた。
「この勝負……勇者様の勝利!!」
ジルファ先生は高らかな声で告げる。
それを聞き、固唾を飲んで見守っていた観客たちは……一気に、大歓声を上げた。
俺は特に反応せず、ただ実幸を見つめる。
すると実幸は俺を見つめ返し……ニッ!! と笑った。そのまま彼女は俺に駆け寄る。そして俺たちは、どちらからともなく手を挙げ……。
パチンッ!!
景気よく、ハイタッチを交わす。
俺たちの〝絆〟の、勝利だな。
俺がそんなクサいことを言うより早く……実幸の体が、ぐらっと傾いた。驚くと同時、実幸が俺の腕の中に倒れこむ。俺は慌てて、その体を揺すった。
「……えへへ、安心したら、力抜けちゃった」
「お前なぁ……」
俺は悪態を吐こうとしたが、思い直す。今くらいは、素直に労わってもいいだろう。
「……お疲れ、実幸」
俺が微笑みつつそう言うと、実幸は満面の笑みを浮かべ、サムズアップを決めてきた。




