第41話 交わらない平行線
女性たちと教会の人たちの間から抜け出し、俺とジルファ先生は、騎士たちの集まる方向へ向かっていた。
……少し移動するだけで、俺たちには視線が集まる。いや、正確に言うと俺に、だけど。やはり俺は、目立つ。嫌な意味で。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫です……慣れてますから」
隣にいるジルファ先生が気遣ってくれる。それで十分だ。
俺は全身を突き刺す視線を振り払うように歩く。やがて、より騎士たちが集まる場所へ辿り着き。
「勇者様が50連勝だーーーー!!!!」
「さぁさぁ、次は誰が出てくるんですかーーーー!?!?」
「夢さん、彼女は一体何をされているのですか?」
「すみません、俺にも分かりません」
なんか、実幸がしてた。
というのも実幸は、騎士たちに取り囲まれていた。しかしそれは嫌な意味ではなく、なんか、まるでリーダー探しのリーダー探す側みたいな距離感……。
実幸に対して、騎士たちは恐れ慄いているような感じがした。そして中心で高笑いを発している実幸。
何してるんだ。マジで何してるんだ。
「フォンさん……フォンさん! 何してんだこれ!?」
俺は騎士たちの中から見知った顔を見つけた。毎度のごとく、実幸の護衛騎士です。もっと別の紹介の仕方を考えてあげたかったけど、生憎なかった。残念。
まあそれはともかく、俺がその肩を揺さぶると彼は、ああ……と、気の抜けたような返事をした。
「……なんかあの方が、じゃんけん大会? ですー、とか言い始めて……」
「サラリーマンの年末の忘年会!? 忘年会なのか!?」
俺は思わずツッコミを入れてしまう。護衛騎士は「ボウネン……?」と言っていたが、教えてやる余裕はない。
何がどうなったらじゃんけん大会を開催されることになるんだよ。というかここ、じゃんけんっていう概念があるのか? いや、なさそうだな、今さっき護衛騎士が、「じゃんけん大会?」と言っていたし。
つまり実幸がわざわざルールを説明してまで、じゃんけん大会を……? いや、じゃんけんって、パーはグーに強くて、グーはチョキに強くて、チョキはパーに強くて、同じの出したらもう1回、ってだけだけど……。
「勝った人は、あの方に何でも1つ言うことを聞いてもらうことが出来るとか……」
「マジで何してるんだあいつ」
次いで情報をくれた護衛騎士。俺は思わず額を抑えた。……勝ったやつが? 実幸に? 何でも1つ言うことを? ……何言うつもりなんだよ騎士たちは~っ……。
すると中心に1人の男がやってくる。その頬は、赤く染まっていて。
「勇者様……もし俺が勝ったら、貴女様を俺の妻として迎え入れたい!!」
「……はーい負けませんよ~」
実幸は笑顔を崩さず、それだけ答える。そして、最初はグー、じゃんけんポン!!
……実幸がパー、騎士はグーだった。
歓声が上がる。再び実幸の連勝記録が伸びたらしい。
……違うそうじゃない!! 妻!? 妻ってなんだよ!!!! 頭の中桃色まみれじゃねぇか!!!!
キレそうになるが、それを止める手立てもない。というか、実幸は負けない……そんな確信があるので、そこは心配ないのだが……。
というのも、実幸はこういう運ゲーでは絶対負けないのだ。それに今の実幸には魔法もある。まず負けないだろう。
「……フォンさん、もしかして、ああやって実幸に詰め寄るやつが多かったのか……?」
「ああ……沢山いた」
アホばっかだなこの騎士団……。
いや、百歩譲って。百歩譲って、実幸は確かに可愛いと思う。幼馴染の目から見ても、だ。天真爛漫で、優しくて、ちょっと抜けているところがあって、まあ可愛いだろう。
でもその馬鹿さ、天然さ、自由奔放で奇想天外のところを身をもって知れば、大半の人間は離れていく。顔や上辺の性格だけを見て、後から苦労するのはお前たちだぞ、騎士たち……。
……それに実幸は、元の世界に、ずっと片思いしてる相手がいるからな……振り向かないだろう。確実に。
その後も実幸は、ただ淡々と騎士たちをじゃんけんで負かしていっていた。ここが忘年会か……(現実逃避)。
そろそろ連勝数3桁いくか? なんてところで、あえなく散った騎士たちの屍(笑)を乗り越え、実幸に歩み寄る1人の影が。
「……あ、騎士団長さん」
「……」
それは王国直属騎士団の騎士団長、エスール・ファシティアだった。
……ザックラバスの一件以来、顔も合わせていなかったが……。
俺は実幸のことが心配だった。実幸は恐らく、別に怒ってはいないと思う。彼の立場も、現実も、あいつはきちんと理解しているし。でも、彼女には感情があるから。……複雑な心境だろう。
実幸の顔から、笑顔が消える。愛想笑いが。一転して、真顔になって。
「……騎士団長さんも、じゃんけんしますか?」
「いや、私は遠慮しておこう」
「そうですか。では、何の用でしょうか?」
静寂が訪れ、遠くの喧騒がやけに耳に響く。……さっきと一緒だ。
誰もが見守る中……エスールは、静かに口を開いた。
「……貴女様にお尋ねしたい。あの時貴女様が告げたことは、まだ変わっていないのか。……魔物を、殺さないと。あの綺麗事は、まだ鮮度を持って生きているのかと」
「はい」
質問に対し、実幸の回答はあっさりとしたものだった。そんなこと、愚問だ──……実幸の真っ直ぐな瞳が、そう語っている。
「確かに、人間の暮らしを守ることは大切です。生きるために、人間以外の生き物の命をいただくこともあるでしょう。……ですが、それ以外のために、『危険かもしれない』という理由だけで、必要以上に狩るのは……認めません。絶対」
「……前回より、酷くなっている気がするが」
「そうさせたのは貴方です」
実幸はあくまで、凛々しくそこに立っている。凛とした瞳は、エスールを逃がさない。それと同じく、エスールも実幸のことをしっかりと見つめていた。
確かに、実幸がそう決断したのは、ザックラバスのことがあってのことだ。
お互いに絶対的な信条を持ち、そして、決して譲らない2人。
交わらない価値観。それは永遠に平行線のままなのだろう。
……どちらかが、折れでもしない限り。
「……貴女様方が対峙する予定であるウェダイアンが相手でも、そんなことをほざくつもりか」
「ええ。何回でも唱えてあげますよ」
「貴女の命が脅かされ、人々の尊き命が失われるとしてもか」
「そもそも彼が怒っているのは、人々のせいでしょう? ……いえ、だから死んでもいい、と言っているわけではありませんが」
討論が続く。お互い一歩も譲らず、力というか、気迫は均衡していて……。
「その時は私の魔法でどうにかします。私には、その力がある」
「……」
エスールは、黙った。実幸も俺も、ジルファ先生も騎士たちも、一様に眉をひそめる。
どうしたのだろう。諦めたのか。いや、彼に限ってそんなことは……。
そんなことを考えていると、エスールの手が動いた。そして。
剣を、抜いた。
「「「「!?」」」」
その場に衝撃が走る。剣を、抜いた。つまりそれは……戦意がある、ということだ。
「何を……?」
実幸はその剣先を睨みつけ、冷や汗を流しながらそう問いかける。少なくとも実幸には、戦意はない。
ないが、その真意を測ろうとしている。
「……先日の一件で、そして今の会話で分かった。私と貴女様は、根本的に意見が合わない。そして互いに我が強いため、曲げようとも思わない。……本来私たちは、交わるはずがなかった運命。だがこうして交わり、同じ戦地を踏もうとしている。……このように意見が一致しないままでは、私たちの関係こそが足を引っ張ることになるだろう。……ここで終わりにしようではないか」
「……負けた方が、相手の意見を飲む、ということですか?」
「その通りだ」
……俺の意見と同じだ。関係の悪さは、戦地においては生死に関わる。だからこそ俺たちは今回、こうして親睦会というか、そういったものを開いたのだ。……上手くいってるかっていうのは置いておいて。
エスールは、終わらせようとしている。実幸との意見の齟齬を。
実幸の瞳が、俺を見た。沢山の人がいる中で、迷わずに俺を見つけ、そして見つめた。……その顔には、どうしよう、と書いてある。……俺は、肩をすくめた。そして、頷く。
……お前の、したいようにやれ。
実幸の表情が引き締まる。俺の言いたいことは、きっと伝わっただろう。……実幸はエスールの方に、視線を戻した。
「……分かりました。その話、お受けいたします」
「……そうか」
「ですが、貴方が勝ったらやってほしいことを、もう1つ追加してもいいですか?」
「……構わない」
エスールが頷くと、実幸は大きな声で言い放った。
「この国に住む、全国民の平等。それを要求します」
どよめきが上がる。平等、まさか、そのワードを知らないわけではないだろう。
「……それを私に言っても、仕方ないのではないか?」
「オルカさんが言っていました。自分はもう統率力を持たないと。そして知りました。男尊女卑で、女性よりも男性が、男性の中でも騎士の強いこのミヴァリア王国。この国では実質、騎士団長である貴方がトップだと。……ですから、貴方でないと駄目です」
「……なるほど」
エスールは微かに微笑む。面白い、とでも言うような笑みだった。
「すぐでなくても構いません。ただ、初めの一歩を踏み出してください。ゆっくり、変わっていくよう……貴方に騎士の方々を、導いてほしいんです」
「……その申し出、受け入れた」
エスールは剣を横に構えつつ、そう返事をする。……剣に誓ったらしい。破ったらその剣で自決する心持なんだと、気づいた。
「それでは、決闘といこうか」
緊張感の走る中、実幸はゆっくり……頷いた。




