第40話 教会と女性
「やぁ、アンタたち!! その料理はどうだい? アタシたちの自信作なんだが」
教会のやつらを相手に、エルマさんはなんの前触れもなくそう告げた。彼らは振り返り、目を見開く。今彼女は、自分たちに話しかけたのか? と言わんばかりに。
俺は少し離れたところで、それを見守っていた。……ここで俺が介入してはいけない。その一心で。
……ここでは、男性と女性の仲は、とても悪い。しかし、その男性とは「騎士」を指す。教会の人々と仲が悪い……という様子は、見たことはない。恐らく、ここの間はお互い「無関心」だったのだろう。
それが今、交わっている。
女性たちにとっては、教会のやつらも同じ「男」だ。そのため、話したことはないけど嫌悪感を抱いている、という人も少なくないだろう。逆も然りだ。
……さて、どうなるか。
エルマさんの言葉に対し、誰も何も答えない。教会の者同士で顔を見合わせ、どうする? と悩んでいるようだ。一方エルマさんは、黙って答えを、辛抱強く待っている。……訪れているのは、静寂。
何か助け舟を出すべきだろうか、なんて思い悩んでいると。
「──ええ。とても美味しいです。皆、その美味に目を見開いております。……きっと、料理人の方々の腕が良いのですね」
そんな聞き慣れた声が聞こえた。顔を上げると……そこにいたのは、ジルファ先生。
彼と目が合うと、彼は小さく微笑んだ。まるで、任せろ、とでも言うように。……思わずドキッとしてしまったのは、内緒で。
ジルファ先生はエルマさんに視線を戻し、再び柔らかく微笑んだ。するとエルマさんは、まあ! なんて声を上げる。
「アンタ、いい男だねぇ。名前は?」
「ジルファ・コーニー。教会の方で、司祭を務めております。そちらは?」
「あらっ、随分としたお偉いさんじゃないか。アタシは、エルマ・ロデリアさ。王国直属料理人の代表を務めている」
「では、貴女が指揮をとられているのですね」
あはは、うふふ、と2人は穏やかに会話を重ねている。……いい感じ……ってことで良いんだよな? これは。
そして気づけば、俺の背中に女性たちの視線が刺さっているのが分かった。いや、正確に言うと、俺の背中越しに見えるジルファ先生とエルマさんの会話を、か。
そして前方にいる教会のやつらも皆、2人の会話を見ている。
……そうか、エルマさんもジルファ先生も、それぞれのところで高い地位にいる。そんな2人がこのまま穏やかな雰囲気だったら、他のやつらも安心して打ち解け合える……ってことか?
エルマさんが率先して前に出てくれたのも、ジルファ先生が応対してくれたのも、それが理由……。
まあ、俺の推察が正しければ、って話だけどな。
「半分くらいは、ユメがレシピを出してくれてねぇ。アタシたちはいつも驚かされてばかりだよ」
「ああ、夢さんですか。確かに彼は、いつも私たちに美味しいものを教えてくださいます」
「流石は、他の世界から来ただけはあるよねぇ」
……何故か俺の話になっている。まあ2人の共通の話題と言ったら、俺の話になる……のか……。なんか恥ずかしい。
「美味しいものは、人の心を豊かにするよ。アンタも、そうは思わないかい?」
「思います。全くもってその通りであるかと」
「分かってるじゃあないか」
ジルファ先生の全肯定に、エルマさんはにぃ、と笑う。……だがすぐにその表情は引き締まった。
「……アタシたちは、女性だからという理由で、厨房に押し込められた。でもアタシたちはアタシたちなりにこの仕事を気に入っているし、誇りも持っている。……アンタらはアタシらのことを、どう思っている?」
「……」
切り込んだ質問だった。彼女の頬は赤く染まっているのに、その声色は全く酔ってなどいない。
真面目に、今後の行く先を見極めようとしている。
誰もが回答を待つ中、ジルファ先生はゆっくり口を開いた。
「……料理は女性のするもの。私たちはそれを受け取るのみ。……そこに何の疑問も、感情も、生じていませんでした。……しかし、夢さんと出会い、それは間違いだと分かりました」
また俺の話かーい。
「夢さんは、とても楽しそうに料理をされていました。そこには様々な工程があり、何をしてるのか、私にはまるで見当もつかなく……。今までの価値観が、壊されるような感覚がしました。今まで私の頂いていた料理は、こんなにも時間と手間をかけていたのだと。そして男性でも、料理をしても何もおかしなことはないのだと。……今まで知らなかった自分を恥じました。貴女たちは素晴らしい。そんな風に、私は感じます」
いや、俺の料理はマジで全力手抜きなので、エルマさんたちはもっと手間をかけてると思いますー……と、口を挟む暇はもちろんあるわけがなく。
「……なるほどねぇ」
エルマさんは目を閉じ、何度か頷く。……さてこの回答が、エルマさんの眼鏡に叶ったかどうか……。
「……まっ、アンタはイイ男だし、それで及第点ってことにしておいてやるよ」
するとエルマさんは、そう言って笑った。人懐っこい笑みである。とりあえずは……まあ……警戒は解かれた、って感じだろうか……。理由はよく分からないけど……。
「……ありがとうございます?」
そして「イイ男」と言われたジルファ先生は、頭上に沢山のクエスチョンマークを浮かべている。素直に喜んでいいのか、分かっていなそうだ。たぶんいいと思う。
「さて! そうとなりゃ、アタシたちばかり話すのもおかしいし、他のやつらとも交流といこうじゃないか! ……あ、うちには男と話すのが怖い子もいるんだ。少しばかり距離を取って話して、嫌そうだったら引いてくれると助かるよ」
「し、承知しました。……では、楽しいパーティを続けましょうか」
エルマさんにすっかりペースを崩されていたジルファ先生だったが、実幸の奇想天外さに鍛えられたのかもしれない。すぐに気を取り直すと、そう言って笑った。
エルマさん、そしてジルファ先生の鶴の一声で、教会のやつらと女性たちの距離が近くなる。実際もそうだし、何より、心の距離が。俺にはよく分かった。蚊帳の外だったからこそ、だ。
これは、小さな一歩かもしれない。でも、確実に進んだ一歩だ。
俺は思わず微笑む。そこでジルファ先生が俺に近づいて来た。その顔は……何というか、「疲れてます」という感じの顔だった。
「夢さん……」
「どうしました? ジルファ先生」
「……緊張しました」
「はは、お疲れ様です」
俺は苦笑いを浮かべる。あれだけ飄々とした態度でいたというのに、腹の中ではとても緊張していたらしい。そんな中頑張ってくださったことに、俺は尊敬の意を抱く。
確かにあの場は、俺だったら逃げるな。
「……ですが、まあ、貴方のためでしたからね」
「……えっ」
その言葉に驚き、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。俺のため? それって一体……。
「私は、貴方たちのことを気に入っていますから。……それに教師というものは、生徒の意を尊重するものでしょう?」
「そう……ですね」
ジルファ先生は、なんとも綺麗なウインクを決める。結局、俺1人というより俺と実幸2人ってことじゃねぇか。紛らわしい……ちょっとがっかりなんてしてない。うん。
「ところで夢さん、実幸様の方は大丈夫なのですか?」
「あ。……まあ、何だかんだ上手くやってるとは思いますけど……」
彼に言われ、俺はある方向に視線を送る。騎士たちの方、実幸がいると思われる方だ。
身長の高い男たちに囲まれているのだろう。身長の低い実幸の姿は見えない。上手くやってる、と思いたいが……。実幸が上手くやっていても、周りのやつらはどうだろう。実幸に害を加えるようなことをするやつがいないとも限らないし……。
「……そう言われると、心配になってきました」
「私も、とても心配です。……実幸様はともかく、騎士たちは下劣で野蛮な方が多いので……」
「……一応、騎士たちとも仲良くなってほしくてこの会なんですけども……」
「仲良く出来るとお思いで?」
「俺だって、騎士たちにはいいイメージはないですけど。……価値観が違うだけなんです。それを互いに受け入れられれば。……少なくとも、険悪ではなくなるんじゃないですかね」
もちろん、そう簡単にはいかない。それは少数派の俺は、身に染みるほど実感しているけど。
……何もせずにそれを悲観してばかりでは、停滞したままだ。
「とにかく、ちょっと様子を見てきます」
「……お供しましょう」
「いいんですか?」
「ええ、部下たちは部下たちで上手くやるでしょうし。……彼らに少し歩み寄ってみようかと、思い直しましたので」
「……そうですか」
綺麗事を並べたスピーチに過ぎなかったが、ジルファ先生には何か思うことがあったらしい。
というわけで俺たちは、騎士たちが集まっているところに向かって行った。




