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第37話 2人の覚悟

「うん、行くよ」



 やはり実幸は、俺の予想通り、全く迷うことはなかった。



 あんなに震えていたというのに、自分が死ぬかもしれない可能性に、恐怖していたというのに。


 それでも実幸は、誰かのためにその命を燃やす。


 もっと自分を大事にしろよ、とも思うが、実幸を前にそんな言葉は意味を成さない。誰かのために生きることが、こいつの生きがいなのだから。

 そして、俺も。


「……怖いんだろ?」

「怖いよ。今までも人助けは、結構してきた。でもこれは、そのどのケースとも違う……明確な『死』のイメージが、隣にある。……でも、だからって、困ってる人を放ってはおけない。私が助けになるのなら、私が行かなくちゃ」


 そう語る彼女の瞳は、揺れていた。しかし、誰よりも真っ直ぐでもあった。


 もうその体は、震えていない。

 覚悟を、決めたらしい。


「……夢は?」

「……え?」

「夢は……どうする?」


 見つめていると、視線がぶつかった。揺れている瞳の中に、俺が映る。


 どうする、とは。シンプルに質問の意図が分からず、俺は答えあぐねていた。


 すると実幸は、そんな俺に痺れを切らしたのだろう。俺に顔をグッと近づけてきた。


「きっと怖いことがあるよ。死ぬかもしれないよ。忘れたくても忘れられないことを経験するかもよ。それでも夢は、行くの?」


 それは、言い方を変えた、俺の問いかけだった。

 同じことを今、されている。


 だから俺は、顔を少しだけ引いてから答える。



「行くよ」



 同じ、答えを。



 実幸は少しだけ、泣きそうな顔になった。


「怖くないの?」

「怖いよ。危険な目には、何度か遭ったことがある。でもずっと、死にたくないって思ってきた。それは今でも変わらない。……死にたくない。生きていたい。危険な目になんか、本当は遭いたくない」


 弱音を吐き出す。強いこいつの前で、自分がどれだけ弱い存在なのかを思い知らされる。本当は今すぐこの場から逃げたくて仕方がない。どうにかして家に帰って、寝て、それで、ああ、全部夢だったのかと笑いたい。


 でもそうはいかないから。


「でも、お前が1人で危険な目に遭ってる方が、俺には怖い」


 実幸が行くと決めたのなら。俺はどこまでだって付いて行く。

 例えどんな決断だとしても、決して1人にはしてやらない。


 正直、強敵と戦うなんて大層な覚悟、俺には出来ていないけれど、そっちの覚悟なら、とっくの昔に決めているんだ。


「一緒に背負わせてくれよ」


 この言葉、数日前にこいつに言われたことだな、なんて俺は呑気に考えた。


 実幸の瞳が、一層潤む。月光と反射して、綺麗だった。


「……今までとはわけが違うし、背負わなくたっていいんだよ……?」

「この前のお前と同じ理由で怒ってやろうか?」

「……私が途中で怖気づいて、夢を置いて逃げたりしたら、どうするの……?」

「全力で追いかけてとっ捕まえて一緒に逃げる」

「……一緒に?」

「一緒に」


 繰り返す。この前、1人で背負うなと怒ったのはお前なのに、今は立場が逆だ。


「一緒に行こう、実幸」

「……うん、夢」


 実幸は頷く。その拍子に、涙が一粒流れ落ちた。それはまるで、流れ星の様に美しかった。


 馬鹿みたいにじっくり眺めていると、実幸が抱き着いて来た。そして、声を押し殺して泣いている。困ったな、と思いながら、俺は実幸の背中をさすった。……泣いている人を前に、どうすればいいか分からない。ライの時も思ったな、なんて思いつつ。いや、あれは嘘泣きだったんだっけか、と思い直し。


 ……結局、掛ける言葉は見当たらず、こいつも俺に気の利いた言葉など求めていないだろうと思い直し、背中をポンポンと叩くことだけに留めた。


 ……念のため言っておいてやろうか? 俺たちは幼馴染であり、恋愛感情はその間に一切ない。これっぽっちもだ。





 すっかり泣き止んだ実幸は、林檎カップケーキを貪っていた。泣いたら体力を使い、お腹が減ったらしい。目元を赤くしながら一定のペースで食べ続ける実幸に、俺は太るぞ、と声を掛けた。いつも動いてるからいいもーん、と実幸は聞く耳を持たない。


 まあいいか、と思い直し、俺も林檎のカップケーキを食べ始める。俺は太りやすいから嫌なんだがな。でも今日は特別、ということにしておこう。


「夢って本当に美味しいもの作るよね」

「まあな」

「流れるような自賛」

「お前が褒めたからだろ」

「あ、私さ、今度またアップルパイ食べたい!」

「あー、いいよ。でもお前だって自分で作れるだろ」

「人が作るから美味しいんじゃん!」

「それは……確かに、分かる」

「でしょ!?」

「……じゃあお前も今度、俺にアップルパイ作れよ。久しぶりにお前の作ったやつが食べたい」

「お安い御用!!」

「ところでこの世界ではリンゴのこと、『アストラバの実』っていうらしいぞ。知ってたか」

「え、知らない。何それ」


 そんなしょうもない会話を重ねつつ、俺らはカップケーキを食べ進める。少しすると、結構作っていたはずのそれらは、全部無くなってしまっていた。


 う、マズい。これは確実に太るし、朝ご飯が入らなくなるやつ……。


 青ざめつつも、まあ食べてしまったもんは仕方ないな、と開き直ることにした。とりあえず、これからめっちゃ運動する時間を設けることにしよう。


「……ところで、さ」

「ん?」


 明日の自分に全部丸投げをした今日の俺に、実幸は絞り出すような声を出した。


「確か、ウェダイアンのところに行くのって、自分のタイミングでいいっていう……話だったよね?」

「ああ。向こうはこっちに合わせてくれるみたいだし、特に『いつまでに対処してくれなきゃ困る』っていうのもないみたいだしな」


 実幸の質問に対し、俺は簡潔に答える。実幸は手提げ袋に手を突っ込み、そこに何もないことを思い出したらしく、あからさまに手持無沙汰になりながらも言った。


「夢さえ良ければ、近いうち……1週間以内には行こうと思ってるの」

「……急だな」

「自分で言うのもあれだけど、もう私は魔法を使いこなせているように思うの。同時に、自分の中の魔力を持て余していることも……ジルファ先生も言ってたと思うけど、私なら、ウェダイアンと対等に渡り合える……それが分かる。危険は、早く回避しないと。早ければ早いほど、良いと思うから。……嫌?」

「いや、大丈夫」


 いつになく真面目な声色で、実幸はそう話す。まさに今、お菓子がなくて手持無沙汰になっているやつから出たとは思えない発言だ。まあそれはともかく。


 やはりこういうことになると、実幸の頭は良く回るな、と思いつつ、俺は頷いた。今すぐ行くことになったとしても、俺は問題はない。いや、嘘だ。睡眠は取らせてほしいけど。そうじゃなくて、そういう心持でいるという話だ。


「じゃあ、近いうちに行こうか」

「……うん」

「……いよいよなんだな」

「……そうだね」


 ここに来てから、どれくらい経っただろう。正確には数えていないが、まあ2ヵ月くらいなのではないだろうか。現実世界に換算すると、今は5月くらいか。体育祭とかは、確実に終わっているんだろうな。


 ……長かったと思うし、短かったとも思う。

 でもやはり、何事にも終わりは来るのだ。それが自然の摂理なのだ。


「……でもね、私、まだやり残したことがあって」

「え? そうなのか?」

「うん」


 実幸は頷く。俺は驚いていた。というのも、心当たりがなかったからだ。一体、何をやり残したというのだろう。

 それは何だ、と聞く前に、実幸はこちらを向く。そして、満面の笑みで。


「夢、協力してくれる?」

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