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第36話 異常な現状

 俺の特製ガトーショコラにがっついている実幸を横目に、俺は苦笑いを浮かべる。そうしつつジルファ先生に視線を送ると、彼も苦笑いを浮かべた。始めていいですよ、という意味を込めて頷くと、彼も頷き返してくれる。


「……えー、コホン、それでは……初級、中級より更に上のランクの魔物……上級と、超上級魔物への対抗の仕方についての説明を始めましょうか」

「ふぁーい」

「実幸、口に大量のガトーショコラを詰め込みながら返事をするな」


 俺の言葉を受け、むぐ、と、実幸はそれらを飲み込む。すると今度は行儀よく返事をした。


「それで……わざわざ説明をしてくれるってことは、何か必勝法! みたいなものがあるんですか?」


 珍しく、実幸から質問が飛ぶ。あ、いや、これはあれか。必勝法的なものに釣られてるのか。こいつ、「絶対に90点キープできるテスト必勝法」とかいう感じの自己啓発本、いっぱい持ってるもんな……1回読んだら、少女漫画の下に埋められるけど。

 というかお前、「魔物を傷つけない!」っていう信念はどこに行った。


「まあ、上級と超上級にラベリングされている魔物は少ないですから。人間の記憶力で全て暗記できる程度のものだと思いますよ。……生き残るために研究もしてきましたから、ある程度の弱点も知っています。……必勝、と言えるかは分かりませんが……」


 ちぇっ、と実幸。楽な道はないって再三言ってるのにこいつは……。


 コホン、とジルファ先生は再び咳払いをする。何度も話を区切りさせられて、可哀想に。


「……上級の魔物は、大概がとても大きいです。人間の身長の……大体3倍から4倍、と言ったところでしょうか。殴られれば軽傷では済みませんし、踏まれてしまえば一巻の終わりです」

「……3倍から4倍ってどのくらい?」

「……お前の身長から考えると、4mから6m。でもこの場合は騎士の身長を考慮してるだろうから、成人男性の平均身長から考えると、5mから7m」

「ひぇぇぇぇ……」


 小声で聞かれたので、小声で答える。ちなみに実幸の身長は155cm。成人男性の平均身長は171cmとして計算しています。

 え、俺? 俺の身長は……小さいので、言いたくない。


「ですが、上級の魔物はそれほど知能指数が高くないとされています。目の前にある不審なものを片っ端から攻撃しますが、逆を言えば、見えなければ攻撃はしてきません。上級の魔物の討伐が命じられた際、大概の者が魔物の足元に忍び寄り、攻撃を繰り出します」

「大きいから、その分足元は見えない……ってことか」

「ええ、その通りです」


 俺たちに置き換えると、足元に小さな虫が群がるようなものなのだろう。忍び寄られたら、まず気づかない。それが触れてきたり登ってきたりしたら、流石に気づくだろうけど。

 ……なんか、虫が嫌いな人からしたらゾッとするような例を出してしまった。申し訳ない。


「……つまり超上級になると……えっと、頭が良くなるってことですか?」


 小さく震えつつ、実幸が手を挙げて質問をする。良い質問ですね、とジルファ先生は笑った。実幸にしてはいい質問だった。


「その通りです。超上級クラスともなると、一筋縄にはいきません。……まず近づこうとした時点でバレます。彼らは常に警戒を怠りません。どんな小さな生物が来ようと、必ず気づく……それほどの警戒心と、敏感性があります。そして気づかれてしまえば最後、圧倒的な力を振りかざされ、灰にされるでしょう」

「ひぇぇぇぇ……」


 実幸は大きく震える。……そんなレベルの魔物と、俺たちは対峙しなければいけないのだ。そうなるのも無理はない。俺は特に何も言っていないけど、足は少しだけ震えている。だってそうだろう。痛い思いはしたくないし、死にたくもない。

 そんな俺たちを見て、ジルファ先生は苦笑いを浮かべた。


「まあ、そうなるのも無理はありません……この世界に日常的にいる者ですら、超上級の魔物の討伐に向かいたいと志願する者はいません。それはもはや、『死』と同義ですから。騎士や魔法使いが合わせて1万を超えたあたりで、ようやく平等に渡り合えるかどうか……というくらいです。……この世界の者ではない貴方様方、しかもたった2人に、こんなことを頼むのも酷だということも分かっていますが……」


 ジルファ先生はそう言って眉をひそめる。俺たちの境遇に、心を痛めてくれているらしい。


「……ですが、貴方様方、特に実幸様は、超上級クラスの魔物にも引けを取らない、いえ、下手をすれば圧倒的に上回ることが出来るほどのポテンシャルを抱えていらっしゃっています。……まず大丈夫かと」

「ええ……そう……なんですかね……」


 実幸はそう言って、自分の手を見つめる。自分にそれほどの力が本当にあるのかと、疑っているらしかった。


 まあ確かに、俺も信じられない。いつも実幸の中にある大きな魔力は感じているが、それだけだ。使う魔法は威力が違うだけで、俺とはそこまで変わらないし。そんな怪物と渡り合うほどの力があるだなんて。


 しかも、いつもは1万なのに、こちらはわずか2人。それに俺はそこまで魔法としては戦力にならないから、実質1人だ。1人で、そんな怪物と戦うことが出来ると言うのか? ……現実感がなさすぎる。


 改めてというか、現状の異常性が分かる。


「それに、私たちも全力でサポート致します。魔法強化はもちろん、防御力も上げますし、このミヴァリア王国の総力を増援として控えさせると、国王より仰せつかまつっております。我が国は小規模ゆえ、1万には届きませんが……それでも総力を上げ、サポートに徹します。……まず貴方様方を死なせることはありません。ご安心を」

「それは……ありがとうございます」


 実幸はお礼を述べる。だが、その表情から不安が取り除かれる様子はない。

 あくまで国側がしてくれるのはサポートであり、メインで動くのは、自分。その事実は変わらないのだから。


「……それでは、説明に戻りましょうか。ここからは対ウェダイアンに特化した説明を……」


 そしてジルファ先生もそれには気づいているようだが、特にそれ以上のカバーはなかった。恐らく、どう言っても実幸の表情は晴れないのだと、分かっていたのだろう。

 彼に出来るのは、ただ生き残る術を教えることのみだった。





 夜。


 月明かりが廊下を照らす中、俺はそこを静かに歩み進んでいた。

 手にはちょっとしたお菓子を持っている。まあ、お土産みたいなものだ。


 目的地に辿り着き、俺はノックを数回。緊張はしない。慣れたものだからだ。

 しばらくしてから、ゆっくり扉が開かれる。そこから出てきたのは……眠そうに目を擦る、実幸だった。


「ふぁ……こんな時間に……誰、ですかぁ~……?」

「実幸……俺だ」

「あ……夢、どうしたの……?」


 実幸は俺の声を聞き、数回瞬きし、そこまでしてようやく、俺のことに気が付いたらしい。寝起きに弱いのは、どこに行っても変わらないみたいだ。

 思わず俺は苦笑いを浮かべながら、告げる。


「まあ、立ち話もなんだから、入れてくれないか?」

「……夜這い?」

「はっ倒してシャーマンスープレックスかけるぞ」


 出来ないけどな。

 そんな冗談もそこそこに、俺たちは実幸の部屋に入った。



 中に入ると、実幸はベッドに腰かける。放っておくとそのまま寝そうな気がしたため、俺はそのすぐ横に腰かけた。


「それで……夢、どうしたの~……?」

「……まあ、とりあえずはこれでも食べて、ある程度目を覚ましてくれ」


 そう言って俺は、手提げ袋からあるものを取り出す。お土産みたいなものだと言ったやつである。……それは、林檎を使ったカップケーキ。


 自分で作っておいてなんだが、とても良い仕上がりになったと思う。簡単に出来るし、美味しいしで、最高だな……。横からライに取られそうになったから、慌てて死守したけど……。


 ……って、そんな話はどうでもいいんだよ。


 俺はそんなことを思いつつ、実幸の口に林檎のカップケーキを突っ込んだ。

 実幸は突っ込まれるまま、それをゆっくり咀嚼する。……すると段々、その瞳は大きく開いていった。


「ん~……!! 美味しい……!! 夢、天才!!」

「なら良かった……が、声はもう少し抑えろ」


 念のため外に気配を探すが、特に誰もいなそうだ。来そうな様子もない。俺はホッと息を吐いた。

 実幸も慌てたように口を塞ぐ。……しっかり目が覚めたらしい、ということを確認すると、俺は改めて口を開いた。


「……昼間に聞いた話について、ちょっとお前と話しておきたくて。……2人っきりで」

「……ウェダイアンのこと?」

「そうだ」


 無理矢理起こしたとはいえ、寝起きにしては理解が早い。……やはりそれほど気にしていた、ということだろう。


「……お前の覚悟は、何度も聞いて来た。絶対ミヴァリア王国の人を助けるって。それだけじゃない。魔物たちのことも。人間との共生の道があるはずだって。何度も聞いた。……でも、改めて聞きに来た。上手くいく確証なんてない。死ぬかもしれないし、何か大きな、一生モノの傷を負うかもしれない。待ち受けているものが、俺たちには想像できないほどの苦しみかもしれない」


 すぅ、と息を吸って。



「それでもお前は、行くか?」

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