第34話 一緒に居る理由
「「あの」」
意を決して隣に視線を送ると、実幸も同じように、俺に視線を送っていた。
自然と立ち止まり、正面から向き合う形になっている。声が重なったことと、動作までシンクロしたこと。俺たちは少しだけ固まると……やはり同時に、吹き出した。
「はっ……はははっ」
「あはははっ!」
1本の道しかない草原に、俺たちの笑い声だけが響く。何も障害物がないから、それはそれはよく響いた。
「……私の真似しないでよ」
「あ? それはこっちの台詞だ」
かと思えば一転、睨み合っていがみ合う。しばらくそうして目を合わせていたが、ふんっ、とこれまた同時に、目を逸らして。
……うん、いつも通りだ。
そのことにどこか安堵を覚えつつ、俺は組んだ腕を指先で小さく叩いた。迷いというか、気恥ずかしさを押し留めてからそれを止め……ゆっくり口を開く。
「……俺から、話してもいいか?」
「……うん、いいよ」
視線を戻す。目が合って、自然と道を逸れた、ちょっとした草原の上で話すことが決まった。別に話し合ってはいない。ただそういう雰囲気になっただけだ。
2人、草原の上に体育座り。草木を撫でる柔らかな風が吹いて。分かりやすく、これ見よがしに、仲直りの場がセッティングされていた。まあ、ありがたいです。
「まずは……えっと、ごめん」
「……それは、何に対してのごめん?」
謝ると、早速問い詰められた。質問が早い。俺から話すって言っただろ。
「……お前の言う通り、俺はお前に大事なことは、全然喋ってこなかったと思う。……それに対しての、謝罪」
「……うん」
実幸は頷いてくれた。……ひとまずは第一関門突破……ってとこか?
あの時と違い、とりあえずは落ち着いて話を聞いてくれそうである。俺も、落ち着いて話せそうだ。……だから俺は深呼吸し、話を続けた。
「でも、あの時お前が言ったこと。ちゃんと訂正させてくれ。……俺はお前が劣ってるとか、そういう風に思ったことは一度も無い。……馬鹿だとは思ってるけど」
「一言余計!!!!」
実幸は叫ぶが、その表情は笑顔だ。俺も笑顔で話し続ける。
「……思ってるけど、だから俺はお前に大事なことを話さないんじゃない。……お前が、実幸が大事だから。大事にしたいと思うから……話せないんだ。危険なことは、俺が全部……1人でやればいいって、そう思うから……」
「……うん」
「その程度、っていうのがどの程度か、俺には分からないけど……絶対に言えることがある。その程度なんかじゃない。違うんだ。……大事過ぎるから、言えないんだ」
こうしていると、告白でもしているみたいでなんだか恥ずかしい。いや、告白よりずっと恥ずかしい。だが目を逸らすわけにはいかない。
「……俺は……弱いんだよ。お前が思ってるより、ずっと。俺は確かに、お前より頭が良いかもしれない。センスもいいかもしれない。でも、俺にはそれだけなんだ。昔から……お前に助けてもらった日からずっと、お前みたいになりたくて、でも、なれなくて。お前はずっと、俺より先にいるから……焦って。それで今、こうして空回ってる。……すげぇ弱いんだよ、俺」
はは、と自嘲気味に笑う。……でも実幸は、笑ってくれなかった。ただ真剣な眼差しで、ただ1人、俺だけを見つめていた。……彼女の瞳に、俺が映っている。今度こそ見ていられなくて、俺は目を逸らした。
「……結局、大事なことを話さないっていうのは……お前を大事にしたいとか言いながら、結局、俺のエゴで。俺は、お前に追いつきたかった……お前の隣に立つのに、ふさわしい人間になりたかった。だから、ごめん。俺のために、俺は……お前を傷つけた……」
「いいよ」
支離滅裂な言葉になっていたに違いない。何が言いたいか伝わらなかったかもしれない。そんな俺の心配を一気に飛び越えて、実幸はそう言ってきた。手に温もりが重なる。顔を上げると、至近距離に実幸の顔がある。ぼやけていた輪郭が今、ぴったりと合う。
「いいよ。私こそ、ごめんね。夢の気持ちも聞かないで、一方的に怒鳴っちゃった。……お互い、相手のこと、見失っちゃってたみたいだね」
「いや……お前が謝る必要なんて……俺が……全部……」
「だから、そういうとこ」
言いかけると、実幸が苦笑い交じりで言った。
どういうところだろう、と思っていると、実幸は優しく俺の手を撫でながら、口を開いた。
「全部、1人で背負おうとしないでよ。夢が私のこと、大事にしてくれてるのは分かった。……でも私も、夢のことが大事なんだよ。すっごく大事。だからね、夢が1人で背負ってるのは、隣で見てて、すごくもどかしいの。私が隣にいるのに、その苦しみは、私には分からないんだ、って……」
……それでいいんだ。お前は何も知らなくていい。
でも、分かってくる。きっとそれは、「そういうところだよ」、と、また笑われる。
「夢、私ね、寂しいの。夢が私のこと頼ってくれないと、すごく寂しい。……出来るかは別の話として、覚悟はあるから。夢と一緒なら、苦しいことだって抱える覚悟、あるよ。一緒に背負おうよ。一緒に苦しませて。一緒に悩ませて。私、夢にとって、大事にされるだけじゃなくて……それが出来ると思ってもらえる……そんな存在になりたい。守られるだけじゃ、嫌なの」
「……実幸……」
やっぱり実幸は、強い。
いつまでも悩んでいる俺とは、違う。こいつの中ではもう、明確な答えが決まっていて。それを迷いなく信じ続ける。それが出来る強さがある。
……一緒に苦しんで、一緒に悩む。一緒に背負う……その覚悟、か。
実幸はずっと、それを決めていたのか。気づかなかった。こんなに近くに、隣にいたのに。
「……すぐには、出来ないかもしれない」
「知ってる。夢って、ガンコだもん」
「……俺は弱いから、一旦決めても、また迷うかもしれない」
「無理矢理話聞き出して、私も一緒に迷ってあげる! なんなら説得する!」
「……俺は、お前になれない」
「私だって、夢になれないよ」
だから、一緒にいるんでしょ?
真っ直ぐな瞳で、実幸は言い放つ。俺にとっては、優しすぎて残酷な、そんな結論を。
分かっていたことだ。どう足掻いたって、俺は実幸にはなれないのだ。普通にはなれない。実幸のような根っからの善人にも、なれない。いつだって人助けをするときには、利益を考えてしまう。損が多そうだったら、手を貸すのを渋ってしまう。頭が固いから、柔軟な考えも出来ない。
でも、それは実幸だって同じだ。どう足掻いたって、実幸は俺にはなれない。困っている人がいたら、ただ突っ走るしか能がない。堅実的な考えが出来ない。勉強は下から数えた方が早いし、人には騙されやすいし。
……そんな俺たちだから、一緒に居るのだ。
そうだ、こんな簡単なことだった。忘れていたんだ。ずっと。
手を握り返す。それと同時、涙が流れ落ちた。
実幸が小さく笑う。気づけばその手には魔法のステッキが握られており、2人で握る形となっていた。驚く間もなく、実幸が唱えた。
「……〝世界を明確にする道具よ、再び夢の元へ舞い戻れ〟」
するとステッキは光り、俺のことを優しく包み込む。何をしたんだ、と考える前に、俺の見える世界が輪郭を取り戻していくのが分かった。比較的久しぶりの感覚に、頭がくらくらする。
そういえば眼鏡、取られてたんだっけ。実幸が戻してくれたのか。
顔を上げる。目の前には実幸の笑顔があった。どこか泣きそうな、そんな笑顔が。
ああ、ぼやけるな。眼鏡をかけるのは久しぶりだから、まだ目が慣れない。そうだ。涙のせいなんかじゃない。だから何度か瞬きして、ピントを合わせる。
「……夢、泣かないでよ」
「……お前も泣きそうじゃねぇか」
「だって……うっ……」
すると実幸の笑顔がくしゃりと崩れる。仰天すると同時、びぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、と目の前から泣き声が上がった。ちょっ、うるさっ。
「夢˝と˝喧˝嘩˝す˝る˝の˝、本˝当˝は˝辛˝か˝っ˝た˝よ˝~~~~ッ!!!!」
「あーはいはい分かったごめんごめん……」
すっかりドン引きし、涙も引っ込んでしまった俺は、ポケットからティッシュを取り出す。そして実幸の鼻をかませてから……。
「……ははっ」
そのあまりにも酷い顔に、俺は笑ってしまうのだった。
何笑ってるの、と怒られたが、全然怖くない。
まあ……あれだ。俺たちはどうやら、この先も一緒にいることになるらしい。




