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第32話 大ピンチ!!

 誰かに頭を小突かれている。それにより、俺の意識は段々と覚醒してきた。


 う、と小さく呻きつつ、目を開く。目の前には石畳。俺は床に倒れているみたいで、寝心地は当たり前だけど、良くないな。手首が縛られているが、足は自由だ。音が聞こえる。パチパチと、何かが弾けるような……これは、炎か。無理に体は起こさず、目線だけで辺りを見回す。……見える範囲の憶測に過ぎないが……等間隔に、円状に置かれている、小さな松明たいまつと思われるようなもの(どうやら眼鏡が奪われたらしく、はっきりとは見えない)。俺を中心に引かれた、白い線たち。……俺はどうやら、何やら魔法陣の上に寝かせられているらしい。


「ユメくん、目は覚めた?」


 聞き慣れた声がし、俺はそっちを見た。するとそこには、恐らく何か椅子のようなものに座った女の子。……視界がぼんやりしていても分かる。ライだ。


「……最悪の目覚めだけどな」

「やだ、ユメくん、そんな怖い顔しないで。カッコいい顔が台無しだよ」

「……そういう茶番はいいから。俺をここまで攫った理由はなんだ?」

「冗談の1つにも付き合えない男は、女の子に嫌われちゃうよ?」

「好かれなくていい」


 釣れないなぁ、とライは笑う。そして椅子から飛ぶように降りると……まだ倒れている俺の顔を覗き込むように、しゃがんだ。


「強気に見せてるけど、何にも知らないユメくんに教えてあげる。ここはミヴァリア王国の隣国の、ヘイヴィーシュラン王国だよ」

「ヘイヴィーシュラン……!? どうしてライが……!?」

「あ、やっぱり気になるよね。……なんと私は、ヘイヴィーシュラン王国からミヴァリア王国に送られてきた、スパイだったのです!! 珍しく、魔法の使える女の子だったからねー。女は非力っていう先入観があるから、疑われにくいんだよね。案の定、ミヴァリア王国には易々と潜入出来たよ! ミヴァリア王国の情報を、こっそりヘイヴィーシュラン王国に流してたんだけど……遂に私が直々に動くことが決定したんだよー、それがユメくんの捕獲」


 スパイ、か。本当にバチバチしてんだな、なんて思いつつ、俺は相槌を打つ。そう語るライの目線は真っ直ぐで、少しでも逸らせば何かをされそうだった。そんな緊張感を、ライは出していた。


「……俺を捕獲して、ヘイヴィーシュラン王国まで持ち帰る。それで? ()()()()()()()()()()

「あれ? ユメくんもしかして、自分が人質だと思ってない?」

「当たり前だろ。スパイをしていたお前なら、城の中のことを全て把握しているはずだ。俺の魔法は5歳児並みの実力で、城の中ではほとんどのやつから疎まれている。誰も俺に期待なんてしていない。……俺を誘拐したと宣告したところで、何になる? そのままあげます、ってなるのがオチだ」

「……ユメくん、それ、自分で言ってて悲しくならない?」


 その質問は無視する。いや、悲しいに決まってるだろ。普通に。


 ……まあ俺個人の感情はどうでもいいとして。オルカ陛下は心配してくれそうだし、取り返せと言ってくれるかもしれないけど、どう考えても騎士たちは言うことを聞かないだろう。オルカ陛下には悪いが、あの国は今、騎士たち男が仕切っている国だと言っても過言ではない。


「まあいいや。そうだよ。ユメくんがこちらの言うことを聞いてくれれば、解放してあげる」

「……条件は?」

「もう一方の勇者様の、説得」


 もう一方の勇者。聞くまでもなく、実幸のことだ。……まあそうなるよな。


「ユメくんはあの勇者様にとても心を許しているみたいだし、向こうもそうみたいだから。ユメくんの言うことなら、聞くと思うんだ。……勇者様にはこう言って。『ヘイヴィーシュラン王国側に付こう』って」

「……」


 このまま実幸にミヴァリア王国に居られると、いつの日かミヴァリア王国がこの世の覇権を握る。そうなる前に、ヘイヴィ()ーシュラ()ン王国()側に引き込んでしまおう……というわけか。


 実幸が魔法を使ったところを見でもしないと、そのような結論には至らないだろう。しかしライというスパイを前に、隠し通しは効かない。実幸の強さはとっくのとうに隣国にバレており、禁忌魔法は使っていないが、大方ジルファ先生の言う通りになっている。


「あの勇者様ほどの力があれば、この国は安泰だよ。きっと、戦争をすること自体も馬鹿馬鹿しくなる。……ねぇユメくん、言うことを聞かないならここに留めておく理由もないし、殺しちゃうけど、でもユメくんがちゃんと言うこと聞いてくれるなら、ヘイヴィーシュラン王国ではユメくんのこと、あんな風に冷遇しないって約束するから。あの勇者様含め、良い待遇にするよ。だから……ね」

「……」


 ライの甘い声が、頭の中に広がる。俺は俯き、考えた。


 冷遇されない、か。それはいいな。この世界に来て初日、俺は勝手に期待されて、勝手に見限られた。あっという間に実幸がヨイショされるようになった。俺は、自分で言うのもなんだけど、それはそれは努力を重ね、色んな人からの信用を勝ち取った。居場所は、自分で作った。それでも、それでもまだ、俺は冷たい視線を送られる日々だ。


 ……そんな目で見られるのは、嫌だ。奇異の目に晒されるのは、おかしいやつだと距離を取られるのは、人の輪から外れるのは、1人になるのは……嫌だ──……ッ。


 ……。


「……分かった」


 俺は声を絞り出す。そして顔を上げ、ライを見つめた。

 そして、満面の笑みを浮かべ。



「絶対に協力なんてしてやんねぇ」



 そう、言い放った。


「……え……?」


 俺の「分かった」という返事に笑顔を浮かべていたライは、一気に驚いたように目を見開いたまま、固まってしまう。俺の返答が信じられない、とでも言うようだ。


「もう一度言ってやろうか? 協力はしない。実幸の説得は、しない」

「どっ……どうして!! ユメくん分かってる!? 協力してくれないなら、殺すしかない!! ユメくんを冷遇する国のために、そこまで命を掛ける理由は何!?」

「国のためじゃない」


 国なんてどうでもいい。戦争? 勝手にやってろ。あそこも、ここも、どうなろうと、俺はどうでもいい。そんなものに命なんて掛けたくない。自分の命の方が大切だ。


 だけど、俺にはそれよりも大切なものがある。


「実幸が、ミヴァリア王国を救うって言ったんだ」


 俺は足に力を入れる。地面を削って、滑って、それでも、力を込めて。

 立ち上がる。


「俺は、ミヴァリア王国にも、ヘイヴィーシュラン王国にも付かない。……実幸が付くと決めた方が、俺のいるところだ」


 これはヘイヴィーシュラン王国にとっては、運に過ぎなかっただろう。

 もし俺たちを召喚したのがヘイヴィーシュラン王国で、実幸に助けを求めていたのがヘイヴィーシュラン王国だったら。実幸はきっとこの国を救うと決めていた。


 全ては運。たまたま。


 それでも実幸は今、ミヴァリア王国を救うと決め、行動している。


 ……ああ、でも、あいつだったら……ヘイヴィーシュラン王国まで救うとか言いかねないな。お人好しだし。


「実幸がいれば、戦争自体が馬鹿馬鹿しくなるって言ったよな。それは幻想だよ。現に今も、こうして両国は対立している。なんなら、実幸を取り合ってるじゃねぇか。……実幸を戦争の火種にさせたりしない。あの子の優しさが報われない結果は、俺が許さない。……だから協力はしない」

「ユメくん……」


 ライは気圧されたように、一歩後ろへ下がる。俺はそれ以上、何も言わなかった。


 やがてライは俯く。かと思えば、小さく笑い声をあげ始めた。


「……良かったね、ユメくん。この魔法陣、嘘を吐いた人間の首を刎ねるシステムなんだ。嘘でも協力するとか言って、拘束を解くのを要求してたら、ユメくん死んでたよ」


 ……セーーーーフ……。

 やっぱり、そういう類の魔法陣だったか。効力の正体が分からない以上、むやみやたらなブラフは控えておいた方がいいと考えたが……俺の判断は正しかったらしい。


「でもユメくん、ここからどうするの? ユメくん、杖持ってないみたいだし。そもそも手も使えないしね。なんか魔法とは違う、変な能力を持ってるみたいだけど、姿を消すくらいで何か出来るとは到底思えないし。私はユメくんを生きてこの部屋から出す気はもうない。……ユメくん、積んでるんだよ。さあ、どうするの?」


 ライが杖を構える。それを、俺に向ける。俺はその先を見つめて。


 ただ、ため息を吐いた。

 ……はあ、()()()()()()()()


「俺は何もしねぇよ」

「……は?」


 ライの聞き返す声と同時。





 どこかで、爆発するような音が響いた。

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