第30話 劣等感を捨てるため
「……え……」
嘘ばっかり。
実幸の告げたその言葉が、俺の中で激しく反芻している。彼女の口からそんな言葉が出てきたことが、少し信じられない。
少し先を歩いたところで振り返って、実幸の方を見る。……彼女は、俺を睨みつけていた。
「……嘘、って……」
「……私は、馬鹿だけど、それくらい分かるよ。今の夢は、嘘を吐いてる。……それだけじゃない。夢が何かを調べてるってことも、私は知ってた。でも、夢は私に何も教えてくれない。いつも……いつもそう。夢はいつだって、私に何も肝心なことを教えてくれないっ!!」
実幸の凛とした声が、その場に響く。俺はそれに気圧された。情けない話だと思うが、俺はこの時点でもう負けていた。足が竦み、喉はカラカラに乾燥して、上手く息が吸えない。
「私が役立たずなのは分かるよっ。夢と違って異能力も持ってない! 馬鹿だし、魔法の習得だって遅いっ。皆は私に期待してくれるし、すごい魔力を持ってるって言ってくれるけど、使いこなせてないなら宝の持ち腐れだよっ。……私は夢に劣ってる。ずっと分かってる。でも、だからって、そういう大事なことを何も共有してくれないのは、酷いと思うっ!!」
「……違う」
「何も違わないでしょ!?」
なんとか絞り出した声は、すぐに怒鳴り返され、消えた。違うんだ、違う、弁解させてくれ。俺は確かに、大事なことはあまり喋らないかもしれない。でもそれは、お前が馬鹿だからとか劣ってるからとかじゃなくて……。
「み、実幸様、落ち着いて……」
実幸の護衛騎士、フォンさんも動揺しているようである。彼女の興奮を抑えようとなだめる声も小さく、実幸には届かない。
睨みつける実幸に、何も言えない俺。しばらく黙って見つめ合っていたが、先にその視線をそらしたのは実幸だった。
「……もう、いい。夢にとって私は、その程度だったんだね」
その程度、という言葉が何を指すのかは分からないが、やはり俺は何も返せなかった。
実幸は再び俺を見た、が、何も言わない俺に痺れを切らしたのだろう。1人で走り去ってしまった。
俺はやはり何も言えないままそれを見送り、ふと、視界の端で護衛騎士がオロオロしていうのが見えた。実幸の走り去った方と、立ち尽くす俺の方とを、挙動不審に交互に見やっている。
「……あいつのことを追いかけてくれ」
「……大丈夫、なのか?」
「大丈夫」
その心配をしたような声色に、思わず俺は笑いながら答えてしまう。護衛騎士はそれでも悩んでいたみたいだが、結局は実幸を追って走り出した。そして現場に残される、俺。
はあ、と、ため息を吐く。そのまま、片手で顔を覆って。
「……違うんだって」
ああもう、どうしてこう、上手くいかないんだ。
「そりゃアンタが悪いねぇ」
「……」
すっかり俺の平穏な憩いの場となっている厨房に帰り、テンションが低い俺が事情を話す(※話させられた)と、開口一番にエルマさんにそう告げられた。
「……えーっと……」
「うん、それはユメくんが悪い!」
「女の敵!」
「乙女心を何一つ理解してない!」
総叩きだった。
気圧される俺を見て、エルマさんは豪快に口を開いて笑う。その目じりに涙まで貯めてしまって……。
「はははっ!! 悪いねぇ。でも、ここは女の園だよ。女の味方になるのは当り前さ」
「……は、はは……」
思わず乾いた笑みを返す。リアル四面楚歌でどうしよう。泣いちゃおうかな。
「要するにその勇者様は、アンタに頼ってほしかったんだろう?」
「……頼ってますよ」
「それが分からないから、こういったことになってるんじゃないのかい?」
言葉に詰まる。それはまあ……確かに……。
「分かる~、私も彼が仕事で疲れてるみたいだから少しは愚痴とか話してほしいのに、いつも大丈夫、って言って話してくれなくて……その割に、自分の愚痴は聞いてくれないのに私の愚痴が多くて疲れるって他の人に愚痴ってたんだよ!? 有り得なくない!?」
「あるある。私もこの前、全部払うからって言われたからお財布しまったのに、後になってから半分出さなかったことをグチグチ言われて……」
……なんでだろう。彼女たちの過去の男の最低暴露大会が始まってしまった。
ていうか異世界に来てまでそういう事情はあるものなのか。
男の俺は肩身が狭くなるばかりだった。心なしか俺が責められている気がする。被害妄想か?
「はいはい、話がズレてきてるよあんたら。というか、さっさと作業に戻る! 今日も大忙しなんだからね!」
「え~、エルマさんが始めた話じゃん~」
「細かいことはいいんだよっ!」
きゃ~、怖い~、なんて、全く怖がっていなそうな声色が響く。朗らかな雰囲気で、過去の男のことを愚痴っていた女性たちは、持ち場に戻っていった。
……切り替え早……。
「要はその勇者様は、アンタに頼ってほしいってことだ」
「……それ、さっきも聞きました」
「分かってないと思ってね、再三言わせてもらったよ」
ふぅやれやれ、といった調子で、彼女は肩をすくめる。恐らくワザとなのだろうが、それは俺を少しイラつかせた。良い感じに鼻に付く動きである。
「その勇者様はね、アンタが自分に黙って色々なことを進めていたことが面白くないんだろうよ。露骨にはぐらかされたり隠されたりしたら、なおさらさ」
「……でもそれは、あいつのためで……」
「彼女のため? 彼女が一度でも、そうしてくれと言ったことがあるのかい?」
「……いや……」
「ヒーロー気取ってんじゃないよ。まあ、そうされることを望むやつもいるかもしれないが、勇者様はそうは望まない、ってことだろう。……彼女はきっと、強いんだ。アンタが思うより、ずっと」
「分かってます」
食い気味で答えると、エルマさんは少しばかり驚いたように目を見開いていた。それに対しては何も言わず、俺は先の言葉を紡ぐ。
「……分かってるんです。あいつが強いんだってことくらい。俺はいつまで経っても、あいつに敵わなくて。……追いつけなくて……」
走っても、走っても、気づけばあいつは、俺よりずっと先にいる。先で俺のことを待っている。
いつだって最初の一歩を踏み出すのも、実幸だ。
俺は彼女に手を引かれて、一瞬遅れて一歩を踏み出す。
でもそれじゃ、駄目なんだ。
「……あいつの隣に立つのに、ふさわしい自分になりたい」
まだ足りない。こんなもんじゃ全然。
俺は弱いから。
初めて実幸に会って、そして、助けてもらった日から……俺は、何も変わっていない。
「……なるほどねぇ。そりゃつまり、一周回って自分のための行動だった、ってことかい」
「……そう、ですね。きっとこれは、俺の自己満足です」
「それこそ、だが……勇者様が言ったのかい? 『お前は私の隣にふさわしくない』って」
「……」
言うわけがない。あいつはそんなこと微塵も思っていないだろう。
恋じゃないけど、愛はある。あいつは望んで、俺の隣にいてくれている。どれだけ周りから、からかわれようと。どれだけ周りから、変な目で見られたとしても。
結局、俺のことを1番認められないのは、俺だ。
心のどこかでは、強い劣等感を抱えている。男しか好きになれない自分。どこかがおかしいんじゃないか。生物として劣っているんじゃないか。隣にいる、光が溢れんばかりの幼馴染。俺はこいつのようになれない。こんな立派な人間には、絶対に追いつけない。
そんな俺が、あいつの隣にいてもいい権利がほしかった。
「……それを言うのは、いつだってもう1人の俺です」
「じゃあ、勝たないといけないね」
エルマさんの手が、俺の頭に乗せられる。そしてそのままワシャワシャッ!! と撫でられた。軽く悲鳴をあげ、慌ててその手から逃げる。もともとストレートではない髪だが、余計に酷くなったことだろう。
「アンタの自己満足のために大事な彼女を傷つけていちゃ、世話ないだろ? 大事なら、彼女の話を聞いたうえに尊重してやるんだね」
「……はい」
手櫛で髪を整えるが、どうやら完全修復は不可能なようだ。やってくれたな、なんて思いつつ、俺は立ち上がる。
「……伝えてきます。それでちゃんと、話してきます」
「ああ、行っておいで。美味しい料理を作りながら、良い報告を待ってるよ」
「……はいっ」
俺は元気よく返事をし、厨房の女性たちに見送られながら、その場を後にした。
──俺の跡をつける影には、気づかないまま。
ところでこれは余談だが。
「……彼女というの、否定されなかったねぇ……」
やっぱり、と言いつつ、俺の走り去った方を見るエルマさん。
「彼女」って、あの状況だと代名詞だと誰でも思うだろ。




