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第29話 死に急ぐ少年

「武器を捨てよ!!!!」



 しかし、霊体のような彼の体は、凛々しく動いた。



 そんな叱責の大声と共に、室内に吹き荒れる嵐。思わず顔を抑える。


 ……が、嵐は俺たちを優しく撫でるばかりで、乱しては来ない。どうやらこの嵐は、俺たちを中心に吹き荒れているみたいだ。


 顔を上げる。嵐の止んだ室内では、騎士たちが円状に倒れていた。


「……申し訳ない。私の意向も察せずに動くとは、私の統率力が弱っている証拠だな」

「い、いえ……」


 俺はそう返事をしつつ、オルカ陛下を見つめる。


 今のは魔法だ。無詠唱で、言葉の覇気だけで使って来た。

 ……病に伏せているとはいえ、それでも国では最強の魔法使い……ってことか。


「誤解をさせてしまっていたら、それを解かねばならない。私は君を弾圧しようとここへ呼んだのではない。むしろ、非礼を侘びようと思い、ここに呼んだのだ」

「……え?」


 てっきり叱られるものかと思っていた。自分で言うのはなんだが、結構好き勝手動いたし。


 俺のその反応に、オルカ陛下はクスクスと笑う。その様子は、近所に住んでいる気前のいいじいさんを彷彿とさせた。あのじいちゃん、今元気かな……。


「……全ては私がこのように長い間、病に伏せてしまっているのがいけないのだ。私に会ったこともないという若者も多い。私の言葉はもはや威厳を成していないのだ。……私は君たちに来てもらった時、きちんと全てを隠すことなく説明するよう、そう言ったはずなのだが……」

「オルカ陛下……」

「それを後から言ったところで、信じてもらえるかは分からないがね。だが、君たちは本来この国のことなどどうでも良いはずだと、私は考えている。尽くす義務もない。……生きることは、人間に許された権利だ。この国のためにその権利を放棄する必要は、絶対にないのだから」


 彼は終始、申し訳なさそうな顔をしていた。そこに嘘を吐いているような感じは、しない。国王として、国の対応を恥じてくれている。


「だからこそここで、私から全ての真実を話そう。その上で協力してくれるか……君たちが選んでほしい」





 そこから聞いた話は、俺が聞き込みで得た情報と、ほぼ一緒だった。


 隣国、ヘイヴィーシュラン王国のこと。手段は問わないので、最終的にはウェダイアンの怒りを鎮めるか、倒してほしいということ。あくまでもオルカ陛下は、この国の安全を第一に願っているということ……。


 騎士たちに聞いた話よりは、ずっと聡明で綺麗な話だった。思惑など一切絡んでいない。ただこの人は、この国の平和を望んでいる。

 ……そうでない人の方が、きっとこの国には多いというのに。


「分かりました。行きます」


 そして全てを聞いた実幸の返答は、俺の予想通りだった。


「……いいのかい?」

「はい! もう私は、この国の人たちと深く関わってしまいました。そんな人たちが困っているんです。何もせずに立ち去るなんて、私には出来ません」

「……そうか……」


 オルカ陛下の瞳がこちらを向く。何も言わず、俺も、という意味を込めて頷いた。どうせ行くことになるのは、分かっていた。


「ありがとう、心優しき勇者2人よ」


 そう言って彼は、一粒の涙を流した。





 話が終わったということで、俺たちは部屋を出ようと踵を返す。しかしそこでオルカ陛下が「少し待ってくれ」、と言った。


「ユメ、君だけ少し、こちらに来てくれないか」

「……俺?」


 首を傾げる。実幸と目を合わせ、彼女が頷いたのを合図に、俺はオルカ陛下の方へ近づいた。


「……何でしょうか」

「いや、何、難しい話ではない」


 オルカ陛下の瞳を見据える。よく見ようとすると、背後の景色の方に焦点があってしまった。彼をしっかり見たいというのに、なんともやりづらい。


「……私は一目見た時、あの少女には君がいないと駄目なのだと思っていた」

「……」

「しかし、それは逆だったようだ」


 彼の瞳が、部屋の入り口で俺を待っている彼女の方へ向く。


「君の方が、彼女がいないと駄目なのだな」


 はっきりとした、迷いのない言葉に、俺は思わず微笑んだ。


「ええ。そうなんです」


 だから俺は絶対に、あいつを失いたくない。

 そのためならなんだってする。汚れ仕事だろうと、それがあいつのためになるのだら、喜んで引き受けよう。


 オルカ陛下は小さく笑う。楽しそうでありながら、どこか悲しそうでもあった。


「君は必ず彼女を守ろうとする。今回の調査の件も、彼女を守るためであったのだろう? ……若いというのに、立派なことだ」

「……どうも」

「だがその依存は、いずれ君の身を滅ぼす」


 そこでオルカ陛下の声色が変わる。そんな気配を感じ取った。


 ああ、どこか悲しげだったのは、このせいか。


「守りたいものがあるというのは、大いに結構だ。それだけ人間は強くなるものだから。……だが、それだけ死に急ぐということにもなる。特に君は、彼女に降りかかる困難も全て請け負いかねない勢いだ。……未来のある若者よ、あまりそう死に急ぐものじゃない」

「……」


 俺は黙る。黙って微笑む。


「……分かるでしょう。オルカ陛下」


 今まで、俺は、怪我を負うことも少なくなかった。実幸と共に人助けをするため、危険な場所にも大胆不敵に飛び込んで。……そしていつも怪我をするのは、何故か俺ばかりで。


 でもいいのだ。それで。

 あいつが無事なら。笑っていてくれるのなら。


「あいつがいるから、俺のこの命があるんです」


 だからこそ俺は、この命を全て、あいつのために使うのだ。


 胸に手を当て、目を閉じ、ゆっくり息を吐く。


 ……分かってはいるのだ。俺が実幸に向ける矢印は、きっととても歪んでいる。あいつは真っ直ぐにこちらに投げてくるから、俺は真っ直ぐのフリを演じることしかできない。


 恋ではない。けど、愛は感じている。俺は、最終的に自分がどうなろうと構わない。あいつが俺を捨て、他の誰かを選ぶまで、それまでは庇い守る。「選んでほしい」なんて願わない時点で、これは恋ではない。歪んだ愛情ではあるかもしれないが。

 俺はどこかおかしい。知ってる。


「……ご忠告、感謝します。少なくともこの国を救うのを見届けるまでは、死ぬ気はありませんよ。ですから、ご安心を」


 もちろん、そんな気で彼が俺にこう言ったわけではないということは、分かっている。でもわざととぼけて、俺は笑う。


 俺は今度こそ踵を返し、実幸と合流した後、部屋を出た。





 思ったより長く話しすぎたようで、なんとなく疲労感が俺の身に蓄積していた。……いや、今話したことだけじゃないな。ほぼ休みなしで情報収集していたから……。


 でも今回本当の話──オルカ陛下の話は、信用できると思えた──を聞けて、良かった。今後は調査の手も、多少は緩められる。オルカ陛下の意見が総体の意見だとは言い切れないため、もちろん今後も調査はさせてもらおうかと思うが。


「……ねぇ、夢」

「……ん、なんだ?」

「さっきオルカさんと、何話してたの?」


 国王を「さん」呼びと来た。まあ十中八九、「陛下」という言葉の意味を理解していないのだと思うが。

 いや、それはともかく。何て返そう。まさか、俺が実幸がいないと駄目だ、なんてことを馬鹿正直に言いたくはないし。


「……実幸のことを頼むって言われたんだよ。お前は俺より、期待をかけられてるからな」


 1秒で答えをでっち上げ、俺はそう返す。いつも通りのポーカーフェイスで答えて……。



「嘘ばっかり」


 だから俺は、足を止めてそう言い放った実幸に、驚いてしまったのだ。

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