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第27話 買収して情報収集

 ──森での修業から、1週間。



 中庭から音がする。実幸が魔法修行に励んでいるのだろう。あの日から実幸は、俺がいなくても()()()まともに魔法を使えるようになっていた。

 比較的だ。比較的。前と比べればマシ、くらいだ。


 じゃあ俺がまだ付いていた方がいいのでは、というのは至極真っ当な意見だろう。俺もそう思うが……俺は、やらなければいけないことがあった。


「買収されろ」

「第一声がそれか」


 実幸の護衛騎士、フォンに対しそう言った。すると彼は分かりやすく眉をひそめる。俺がトチ狂ったか、血迷ったかとでも思っているかもしれない。残念ながら、そのどちらでもないのだが。


 俺は持っていたカゴバッグから、とあるものを取り出す。


「これ、食べろ」

「……?」


 護衛騎士は訝しげな表情を浮かべつつ、俺の差し出したそれを受け取った。そして丁寧に360°眺め、匂いも嗅ぐ。鼻をくすぐるのは芳醇な香り。護衛騎士の喉が動くのが分かった。


 ……だが、そのポーカーフェイスは崩さない。あくまでも「差し出されたから食べるだけだ」とでも言わんばかりに、一口でそれを食べる。口を動かして、よく噛んで……。


「……!?」


 護衛騎士の瞳が輝く。美味しい、とその表情が言っていた。……思わず俺は、ドヤ顔をしてしまった。


「な、なんだ、この食べ物は……サクサクとしていて……」

「それは典型的なバタークッキー……シンプルでいながら、長年色々な人に愛されている代物だ……」


 ……エルマさんから聞いていた。騎士たちは普段、肉や魚などのたんぱく質が良く摂れるものしか食わない。朝昼晩、きちんと食べているのは結構なことだ。この国を守る騎士だというなら、なおさら。


 だがこういったお菓子は女性が作り、食べるもの……そういった価値感が、なんとなくあるらしい。つまり完全な男社会である騎士たちの間で、こういったお菓子は食べない。


 つまり騎士の買収には、めちゃくちゃ美味しいお菓子が最適解!!!!


 一度その味を知ってしまえば、再びほしいと願うこと間違いなしだ。

 先程も言った通り、とりあえずはシンプルで作るのも簡単な、バタークッキーを作った。対価を上げたくなったら、もっとクオリティの高い他のお菓子を作ればいい。……我ながらナイスアイディアだ。


 ……昔から実幸と一緒にお菓子作りをしてきたのが、こんなところで役立つとはな……。実幸がワガママ言って始めて、結局ハマったのは俺だけで、実幸はすぐに飽きてしまっていたが。


 まあそれはともかく。俺の作戦がきちんと機能しているらしい。護衛騎士はバタークッキーの虜になっている様子だった。


「こ、これだけなのか? 他には……」

「おっと、これ以上ほしければ、俺の質問に答えてもらおうか……」

「質問……だとっ……?」


 ……なんかお互い変なスイッチが入ってる気がする。コホン、と咳払いをし、気を取り直してから。


「……この近くで最近、ある国の者がトップクラスの魔物の怒りを買ったそうだな。どこの国だ」

「!? 何故貴様がそのことを……」


 そこまで言って、慌てたように護衛騎士は口を抑えた。その反応を見て、俺は確信する。

 ……やはりこの国は、俺たちに、まだ言っていないことがある。


「……質問に答えろ」

「……私は何も知らない」

「答えてくれたら、さっきのクッキー更にやるけど」

「…………………………」


 これ見よがしにカゴバッグの中身を見せてやる。中には大量のバタークッキーが。作るの簡単だし、一度に一気に量産出来るからな。


 護衛騎士はその中身をジッと眺めていた。めっちゃ食べたそうで面白い。


 しかし護衛騎士はそっぽを向いた。惜しい。惜しいところまで行ったのに。


「……対価として釣り合わん」

「……じゃあ、トッピングも付ける。もっと甘くするから辛くするまで、自分の好きな味が発見できる」

「……もう一押し」

「~~~~ッ、これを定期的に提供する!!」

「……いいだろう」


 護衛騎士は満足そうに鼻で笑った。なんか、一応目的は達成できそうで良かったけど、負けた気がする……試合に勝って勝負に負けた、的な……。


「……魔物の怒りを買ってしまっていたのは、隣国のヘイヴィーシュラン王国。我々ミヴァリア王国と長年、対立状態にある王国だ」

「ヘイヴィーシュラン王国……」


 嫌に長い名前だな……。


「彼らが危害を加えてしまったのは、超上級クラス……危険度はSSS(トリプルエス)の、ウェダイアン。大きな翼を持ち、4足歩行で、口からは炎や氷などを吐き、様々な攻撃を仕掛けてくる。全ての魔物を統率すると言われているな。普通のやつなら、睨まれただけで失神は禁じ得ない。あれに出くわしてしまったら、生きては帰れないと思え」

「……つまりはドラゴンか……」

「ヘイヴィーシュラン王国の連中は、そのウェダイアンの鱗を求め、彼の住み家を荒らしたらしい。……その者たちは、全員死んだそうだ。その後ウェダイアンは全ての魔物に呼びかけ、人間を襲っているみたいだ」

「全滅……それに、全ての魔物のボス……」

「そして貴様たちが最終的に対峙することになるであろう魔物だ」

「ゴホッ!?」


 呑気にバタークッキーを食べつつ聞いていたら、まさかの発言が飛び出してきた。粉が喉に絡まって、咳が止まらない。なんとか粉は流し込み、深呼吸をしてから、俺は視線を護衛騎士に戻す。


「なっ……なぁっ……俺たちが!?」

「……そういう話になっているぞ」

「俺たちは何も聞いていないんだが……」

「言っていないからな」


 護衛騎士は小さくため息を吐く。


「告げればあの方だと言えど、行ってくれないだろう」

「……」


 いや……行くと思うけどな……実幸だったら……まあ俺が行かせないか……。


「……それはやっぱり、意図的に言ってないのか?」

「……そうだな、そうなる」

「その……ウェダイアンを俺たちが退しりぞけたとして、それでこの国にメリットがあるのか? 国の平穏を守れる以外で」

「……このミヴァリア王国から出た人間がウェダイアンを退治したとなれば、この国が優位に立てる。人類を、この世界を、守ったのだからな。今後他の国に対して大きな顔が出来る。軽く100年から200年くらいは安泰だな」

「……」


 それを聞いて俺が思ったことは、1つだけだった。


「……くだらねぇ」

「……」

「俺たちはただ、困っている人たちを助けたいだけだ。国の情勢なんてどうでもいい。そんなもののために、俺たちは……あいつは、あんなに必死に頑張っているわけじゃない」


 それを護衛騎士に言っても仕方ないことだということは、分かっている。

 でも実幸のあの無邪気なまでの優しさを無下にされているようで……それだけはどうしても、我慢できなかった。


「……ああ。あの方や貴様を見ていると、そう思うよ」


 すると護衛騎士は、小さく呟いた。驚いて、俺は彼を見つめる。


「私はこのミヴァリア王国に従事する騎士だ。この国に我が命を捧げる……それが当たり前だった。だがあの方や貴様は……突然この国に連れて来られて、混乱もしただろうというのに、この国のために努力を積み重ねている。心の底から、自分から、この国のことを思っている。それが、分かってしまう……。私は、そんな気持ちを以って動いていたことがあっただろうか……」

「……フォンさん……」


 俺は思わず、その名を呼ぶ。彼はどこか遠くを見つめていた。俺には想像できないほどの、途方もない先を。

 俺の視線に気づいたからか、目が合う。しかし彼の視線はすぐに下に下がり、俺の持つカゴバッグに注がれる。


「……さあ、話したぞ。そのバタークッキーとやらを貰おうか」

「ああ……結構聞けて良かったよ、ありがとう」

「貴様にそう言われるのは、寒いな」


 カゴバッグを差し出すと、彼は無造作に手を突っ込むと、一度に大量のバタークッキーを掴み、一気に口に放り込む。行儀が悪い。


「……私が今話したこと、誰にも言うんじゃないぞ」

「もちろん、お前の立場は守るよ」

「……ならいい」


 護衛騎士は小さく笑った。いつもの仏頂面というか、ポーカーフェイスというか……それが笑顔に崩れたところは、初めて見た気がする。俺も小さく微笑んだ。


 トッピングも盛り始めた頃に、修行に飽きたらしい実幸が戻ってくる。そして中庭に向かって、ジルファ先生も交え、4人でバタークッキーを食べることになった。


 ……もっと作ってくれば良かったな、これ。

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