第25話 ×→魔法修行 ○→水やり
「どうする?」
杖を握り直しつつ、実幸に問いかける。俺は「魔物を傷つけず、出来る限り共生の道を目指す」という実幸に、付き従うつもりだった。だから実幸に意見を仰いだのだ。
実幸はステッキを自分の顎の下に付け、うーん、と悩むような仕草を取る。……こう、悠長に出来るのも、ジルファ先生が初心者に優しい魔物を選んでくれたからだろう。その本人は俺たちの後ろで、何も言わずに見守っているが。
「……うん、とりあえず……」
「……とりあえず?」
いつになく真面目な表情を浮かべる実幸。一体何をするのだろう、と、その先を聞き逃さぬよう、耳を澄ませる。
「お花なんだし、お水でもあげる?」
こけた。
……そうだった……こいつはこういうやつだったんだ……。
「実幸……あれは魔物だ。花じゃない」
「え、でも、花の性質を貰った魔物なんでしょ? だったらお水あげたら、喜ぶんじゃない!?」
「なんで喜ばせる方向にシフトチェンジしてるんだ!? ……はあ、いいよ、分かったよ……お前のための修行だもんな……お前のやりたいようにすればいいよ……」
言い争うだけ体力を使うだけだ。俺は思わず額を抑えつつ、そう言う。実幸は表情を輝かせ、ありがとう、夢!! なんて言う始末だ。アホすぎる。近年稀に見るアホ顔だ。
後ろでジルファ先生も困惑しているようだ。ごめんジルファ先生、こいつ、こういうところあるんだ。もう知ってるかもしれないけど、きっとそれ以上なんだ。
改めて。実幸が左手でステッキを握り、俺が上から右手で握る。左手にはもしもの時にすぐ魔法が使えるよう、俺の杖を握って。かつてザックラバスと戦った、その時と同じ体勢だ。
「……実幸、確認だ。今から使うのは水を操る魔法。目的は……えーっと、魔物に水をあげるため? でOKか?」
「うんっ!!」
おかしい。魔物に対処するための修行なのに。なんで喜ばせる方向に……いや、考えたら負けだ。
今は、集中!!
すぅ、と横で実幸が、大きく静かに息を吸って。
「……〝私の魔力を、夢のものに〟!!」
まずは魔力の受け渡し。これにはもう慣れたものだ。相変わらず流れてくる実幸の魔力に違和感というか、ゾワゾワするが、何回もやれば、あまり気にならなくなってきた。
次に俺が、実幸のその強大な魔力をまとめる。イメージとしては、暴れ回っている液体状の物体を、何か容器に詰めて、蓋をして……そうしたら必要な分だけ出せるよう、容器に蛇口を付けて……。
……よし、それで次は、これを実幸に返す!!
実幸は息を呑む。しかと俺のまとめた魔力を受け取ったようだ。彼女の額に冷や汗が滲む。しかしその表情は、輝かしいばかりの笑顔だ。
今、最高に楽しい!! ──そんな声が、聞こえてきそうだった。
「──〝水よ、自由自在に動かせるようになーれっ〟!!」
ぶるり、と、ステッキが大きく揺れた。
力強く握り直すと同時、ステッキの先に水泡が溜まる。……ここまでは今までだって出来た。問題は……ここから!!
再びイメージする。今度は実幸と同じステッキを。……それで空中に絵を描く。そしてその通りに水が動く。そんなイメージを、実幸に伝えて……!!
ステッキの先に溜まった水泡が、徐々にそれから離れ始める。よろよろと、でも確かに、ギャゴラウスの方へ向かって行って。
そしてギャラゴラウスの真上までたどり着くと……。
「……実幸っ、今だ!」
「……うんっ!!」
水泡の中心に、花火を設置する。
意思に合わせ、それを……発火!!
パァンッ!!
クラッカー音のようなものが、辺りに響く。そして、豪雨のごとく、弾けた水がこちらにも降り注ぎ……。
「……おい、実幸!! 火力強すぎだろ!!」
「ちょ、ちょっと思い切り過ぎた……かも」
気まずそうに目を逸らす実幸。まだまだ抜群なコントロールには程遠い、か……。
……でもきっと、進歩はしている。
……してないと困る。
首を横に振り、犬のように水滴を払っていると……。
「ギャァァァァァァァァァァン!!!!」
再びギャラゴラウスが大きく鳴く。……動かないって分かってても、普通に怖いし、ビビるな……。
隣にいる実幸も、きゃっ、と短く悲鳴をあげてから……。
「……よ、喜んでる……のかな? あれは……」
「……さあ……でも俺にも、そんな感じに見え……なくも、ない……」
というのもギャラゴラウス、踊っている。どういうことだ、と思うかもしれないが、踊っている以外に言いようがない。あの、音で動くアレみたいな……伝わるか?
まあいいや。踊っているということにしておこう。にしてももう少し小さく喜んでほしい。声がうるさい。
「ギャァァァァッ!! ギャンッ!! ギィィィィィィィィィィッ!!!!」
するとギャラゴラウスが何かを言い始めた。いや、言い始めたって言うのはあくまで俺の主観で、真偽は不明だが。
でもなんか、文節で区切ってる感じがする。何か言葉を紡いでいるような……。
「……何か言ってるみたいだね。うーん……どうにかして理解出来ないかな?」
実幸も俺と同じことを考えたらしい。やはり喋っているのか、これは。
……ダメ元だが、やってみるか。
俺は持ったまま放置していた杖を握り直し、それを……ギャラゴラウスに向ける。
「……〝ギャラゴラウスの言うことが、分かるようになーれ〟」
実幸の護衛騎士は言っていた。魔物は言葉が通じない。そもそも問答無用で襲ってくるから、会話にチャレンジする暇もない。……だが、もしそれさえクリア出来れば、そして魔法が成功すれば、魔物との会話は可能かもしれない、ということだ。
……さて、どうなる。
『──いやぁ、ホンマ助かりましたわぁ。ここ最近はおてんと様がぎょうさん元気なモンで、雨が降ることも少なくてでしてねぇ。あっし、遂に死んじまうかと思うてましたわぁ』
……。
「……念のため聞く。実幸、なんか喋ったか?」
「喋ってないけど?」
「じゃあ……ジルファ先生」
「喋っていませんよ。……夢さん、魔物との意思疎通を、成功させたんですね?」
「……」
どうやらいまさっきの発言は実幸やジルファ先生の発言でもないらしい……まさか、幻聴……。
『なんせあっしたちは一度土に根を張れば動けない!! この性質にもホンマ困りモンっちゅーわけっすよ』
……だと良かったな……。
「……たぶん、成功してます……」
「素晴らしい。魔物との意思疎通など、ミヴァリア王国初……いえ、この世界初でしょう」
「なんでかなぁ……嬉しくないなぁ……」
思わず顔を手で抑えてしまう。実幸は俺を気遣ってくれているのか、どうしたの? と心配したような声色で尋ねてくるし、ジルファ先生は感動しているのか、テンション高く何かを喋り続けている。そして大声でマシンガントークをし続けるギャラゴラウス。
……気が狂いそう……。
「……魔物と話す必要性などありませんし、緊急性もありませんでしたから、魔物と話すなどという魔法は存在しませんでした。だからこそ当然、呪文もない。しかし別世界の方々がこちらに来て、比較的自由な呪文を展開することにより、今までにはなかった魔法の成功が……!! これは魔法史における重大な出来事です……!! ……それで夢さん、ギャラゴラウスは何と言ってるのですか!?」
「……エセ関西弁とエセ京都弁を足して割る2したみたいな口調でずっと喋り続けています……」
はい? と首を傾げるジルファ先生。ちょっと吹き出す実幸。おいお前、他人事だと思って。
「エセカンサイベントエセキョウトベンヲタシテワルニ……?」と、呟くジルファ先生にツッコんでやる気力もない。それで一単語じゃない。長すぎだろ……ちょっとギャラゴラウス。うるさいから黙ってくれ。思考の邪魔だ!!!! いや、今、まともなこと何も考えられてないけど!!!!




