第24話 森での修業は慎重に
というわけで来たぜ、森。
ところで俺たちは制服なのだが、大丈夫なのだろうか、とジルファ先生に聞くと、まあ大丈夫なんじゃないですか? と。案外適当だ。
森の中は日差しが入らず、ジメジメしている。が、足元の土は意外と頑丈で、ぬかるんだりしていなかった。それにしてもローファー……こういうところでローファーは困る……。
高校生になったんだから、と買ったはいいものの、ローファーってあれだよ。慣れるまで時間が掛かるんだよ。こちとらまだ履き始めて2週間くらいだぞ。まだ慣れてないんだよ。更にこんな何が起こるか分からない場所で……。
「夢、どうしたの?」
「いや……お前はスニーカーでいいなって……」
「急いで出てきたら癖でスニーカー履いてきちゃっただけだけど……」
どうして寝坊したこいつが結果的に得をして、真面目に早起きしてしかもこいつを起こしてやった俺が苦労をしそうになるはめにならないといけないのか。努力は報われてほしい。
だがそれでへこみ続けるわけにもいかない。俺は杖を取り出す。
ちなみにジルファ先生が最初に言っていた通り、杖は自在に出し入れ出来るようになった。5歳児レベルだった俺でも。
「……〝俺にぴったりなスニーカーよ、出ろ〟」
俺がそう言うと、杖の先から淡い光が溢れる。そしてその光は地面の上で形を帯び始め……。
現れたのは、一足のスニーカー。真っ白という何ともシンプルなデザインだ。正直、すぐ汚れが目立つようになるだろうから嫌だけど……でも今の俺の実力的に、デザインまで考えて、そして反映させる余裕はない。これからだいぶ魔力を使うのだろうし、出来る限り温存しておきたいのもあった。
「……夢さんは、魔法のバリエーションが増えてきましたね。きちんと自身の用途に合わせて使えている……素晴らしいことです」
「……どうも」
スニーカーを履いていると、ジルファ先生にそんな風に褒められ、俺は思わず少しにやけてしまう。そう褒められるのは……やはり、嬉しい。
だが実幸に真顔で見つめられていることに気づくと、俺は慌てて表情筋に力を込める。見るならせめて笑ってくれ。
そんな俺の願いも虚しく、相変わらず実幸は真顔で、小さくへぇ、と呟くだけだった。
「さて……夢さんの準備も整ったようですし、行きましょうか。……と、その前に確認です」
ジルファ先生の言葉を合図に歩き出そうとした俺たちは、同じくジルファ先生の言葉で前につんのめる。一度歩き始めてしまったら、急に止まるのは難しいのだ。
「まず何より、単独行動は禁止です。貴方たちは魔法使いだと言えど、まだまだ初心者です。ここには初級クラスの魔物しか出ませんが、ごく稀に、それ以上のクラスの魔物が出ます。……その場合は私が対処します。だから、1人での行動は禁止です。……特に実幸様」
「えっ、私!?」
実幸が自分を指差しつつのけ反る。まあ心配なのはそっちだよな。勝手にどっか行くし。気づいたら横にいないし。
俺が笑うと、実幸はぷぅ、と頬を膨らませた。
ジルファ先生もクスクスと笑ってから、再び口を開く。
「次に、魔法を使った後は必ず休憩すること。連続で使うのは大幅な消耗になりますから。あとは、魔法は原則2人で共に使うこと。今回はあくまで実幸様のスキル向上を図るものですから。あとは……」
そのあともこまごまとした注意が続いたので、割愛。ほとんど実幸に向けられたものだろうし、俺にはあまり関係なかった。
……まあ、1人で行動するな……っていう、それだけを守っていれば、最悪どうにかなるだろう。
「……さて、諸注意もこんなところでしょうか。それでは今度こそ、向かいましょう」
「……はーい」
「ようやくですねっ!!」
「……っと、その前に」
再び歩き出そうとした俺たちは、再びずっこけた。今度こそ転んだ。
「何回寸止めすれば気が済むんだよっ!!」
「すみません、今度こそ最後です」
思わず起き上りつつツッコむと、ジルファ先生が苦笑いを浮かべつつそう告げる。本当だろうな……とジト目をする俺たちをよそに、彼は大きな杖を取り出した。そして。
「……〝ガナリア・メフィストガレ・ウェヤストヴァート〟!!」
発音がムズそうだし、覚えるのも大変そうな呪文が来た、と思ったら、ジルファ先生の杖から出た光に、俺たちは包まれる。暖かな光に感嘆のため息が漏れたところで、その光は俺たちの体に吸い込まれるように……消えた。
「……今のは……?」
「まあ、安全装置、といったところでしょうか。……この魔法が活きないことを、私は願っています」
「「……?」」
俺たちは顔を見合わせる。だがそれで疑問が解消するはずもなく。
「ついでに……〝レイシーア・メウェイス・ラート〟!!」
今度は短い呪文だった。体に目を落とすと、先程転んだ時に服に付いた土や泥がどこかへ。お陰で服は真っ新。新品のように綺麗になっていた。
……いや、この制服、本当は新品のはずだったんだけどな~……。
顔を上げると、私のせいですからね、と彼はどこか照れたように笑った。やはり洗濯をする魔法でも使ってくれたのだろう。そして顔が良い。
「それでは本当に、今度こそ、向かいましょうか」
俺たちは再びストップがかからないかと身構える。しかしそれ以上に言われなかったので、安心して歩き出すのだった。
一応、これは実幸の魔法のコントロール力を向上させるための修行だ。
だが、いつでもどこにでも魔物がいるわけではない。だから片手間で魔草の採集をすることになっていた。それで魔物が現れたら応戦する、的な。
「どこにでもいるわけじゃないんだねー」
「そしたらあの国、今度こそ落ちてるだろ……」
「そうかもしれないけど。でもなんか、魔物が急増した……って話じゃなかった?」
「……まあ、そうらしいな。……」
「何? その目」
「お前が人の言うこと覚えてるなんてな……」
「ひっどぉ!? 人の話くらいちゃんと聞くもん!!」
「聞いてるだろうけど、覚えてるかは別の話……」
「あっ!? ねぇ夢!! あの綺麗な花何だろう!?」
「ほら言ったそばから離れるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
駆け出した実幸の首根っこを慌てて掴む。ゴギッ、と音がした気がするが、まあ気のせいだろう。それか自業自得だろう。
「夢、いったーーーーい!! ジルファ先生~、夢がいじめます~!!」
「お前マジでいい加減にしろよ」
「実幸様……夢さんの言う通りです。離れてはいけませんよ」
「わぁ遂に私の味方が」
俺は思わず一息つく。ジルファ先生が中立の立場になるようになってから……何と言うか、保護者が1人増えたというか……楽だ。すごく。
しょぼんとしている実幸を他所に、ジルファ先生は「丁度いいですね」と言った。そして足元に落ちている石を1つ、持ち上げて。
実幸が「綺麗」と言った花に、軽く投げつける。
「グギャァァァァァァァァァァ!!!!」
するとその花は一気に巨大になり、とても大きな声をあげた。
地面がビリビリと揺れ、思わず俺は地面に座り込む。やっべ、腰抜けた……。
横にいる実幸は立ってこそいるものの、絶句している。その額には汗が流れ……。
視界に映る、満面の笑みのジルファ先生。
「……何刺激してくれちゃってるんだあんた!?」
「あれは『ギャゴラウス』という魔物です。美しい花に擬態し、油断した生物をたちまち食らいます。……ああいう風に刺激を加えると、本性を現しますけどね」
「何呑気に解説してんだ!?」
早く逃げないと、と、本来の目的も忘れ、俺がそう言おうと視線を前に戻すと……。
「……動いて、ない?」
いや、動いてはいるのだ。その腕? みたいなのがうねうねしているし。でも……足元は、びくともしない。お陰で、少し遠くから花みたいな魔物が1人で騒いでいる……と、そんな印象を抱かせた。
「ギャゴラウスは花に擬態するので、その性質を網羅しています。……ですが網羅しすぎた結果、地に深く根を張っているので、動くことが出来ません」
「……馬鹿なのか?」
「どういうわけか、なかなか絶滅しないんですけどね」
馬鹿って部分、否定されなかったな……。
「まあそういうわけですから、あれは全く動きません。……攻撃を避けることもないので、初心者が魔法を使うにはうってつけの練習相手です」
「!」
先程の「丁度いい」というジルファ先生の言葉……そういう意味だったのか。
杖を取り出し、どうにか立ち上がる。
そして横で同じくステッキを握る実幸と、視線を合わせ、頷いた。




