第23話 禁忌と下準備
「結論から言うと、そういった魔法は……存在します」
生き物を生き返らせる魔法。それはある。
地べたに座り込みながら、俺たちは顔を見合わせた。
でも、「魔法倫理の話をする」と言ったくらいなのだ。この次は、恐らく……。
「しかしそういった魔法の使用は、禁忌とされています」
ほら来た。
俺は予想通りだったので特に何も思うところはないが、実幸は露骨にしょぼんとしている。ザックラバスのことを思ってだろう。……でも。
「そういった魔法は、もはや神の領域……そこを侵食することとなるのです。我々人間は、そこを垣間見ることすら恐れ多く、禁忌だとされている。……まあ、そういった宗教観がないとしても、魔法がそこまでしてしまうと、色々と面倒なことが起こりますからね……しない方が賢いのです」
私は教会の人間なので、まず宗教から見た説明をしてしまうんです、とジルファ先生はどこか照れたように笑った。
「えーっと……その、面倒なこと……って?」
「……何だと思います? 実幸様」
「えっ」
質問をしたら質問で返され、実幸は慌てふためく。そんな実幸をジルファ先生は、どこか楽しそうに見つめていた。……だいぶいい性格になってきたな、この人。
と思っていると、ジルファ先生の瞳が俺を捉える。どき、と心臓が跳ねると同時、彼はにこりと笑った。
「夢さんは、どう思います?」
「……え、えっと……」
俺も思わず慌てふためいてしまう。焦りつつも思考を回して、それから口を開き。
「……命の価値が軽くなる……? 皆が魔法使いなわけじゃないから、魔法使いの価値が上がりそう……」
「はい。考えられそうなことです。更に話を発展させれば、命を扱うなど、世の条理に反するような魔法は……よっぽどの魔力を持ち、同時に、それを扱うことが出来なければ不可能です。……もしそんなことが可能な魔法使いが現れたら、瞬く間に国同士の戦争の火種となるでしょう。そうなると文字通り、〝何でもできる〟ことになりますからね。無事に手に入れられた国は、一生この世界の覇権を握ることになるでしょう」
……なんとも大規模で、そして、恐ろしい話だ。
実幸はやはり、あまりよく分かってないみたいだけど。
「……つまり、お前が命を助けるために使ったとしても、余計に色んな人が命の危機に晒されるかもしれないってことだ」
「え、ええ……それは、嫌かな……」
まあ、誰でも嫌だろう。そんなこと。自分のせいで戦争が起きる、とか、どんな冗談だよ。
……ジルファ先生が実幸に向ける瞳。なんとなく察することが出来た。
──実幸は恐らく、そんな魔法が使えるほどの魔力を持っている。
扱えるかはまた、別の話だが。でも、確実に腕は上がっているし、むしろ……。
今のコントロール出来ない状態でやられたら、どんな惨劇が起きるか。
……考えたくもない。
「あとは昔からの言い伝えとして、そのような魔法を使うと、とても恐ろしいことが起こると言われています。……昔にもそのような魔法を使い、死に至ってしまった魔法使いがいると……」
「ひぇっ」
実幸は完全に震えている。それを見つつ、俺は内心ホッとしていた。
……この様子なら、使うことはないだろうな。
一方、散々怖がらせたジルファ先生は、そんな実幸の様子を見てクスクスと笑っている。
「まあ、使わなければいいだけの話ですよ。……あ、他に禁止されているものは、先程とは逆に『生き物を殺す魔法』、『過去を改変する魔法』などもあります。気を付けてください。……もし『これは使ってもいいのか』という疑問が浮かんだ場合、念のため私に聞いてくださると助かります」
「はーい……」
すっかり実幸は縮こまっている。早く寝ないとおばけが出るよ、とでも言われた子供みたいだ。
……いや、あの時は確か……「本当におばけが出るか確かめよう! もし出たら、私たちが退治しよう!」と言って、夜更かしに付き合わされたんだっけか……。結局実幸が寝落ちして、俺は徹夜して、その日の授業で爆睡して怒られて……実幸にはおばけが出たけど自分でどうにかしたって説明したんだっけ……。実幸はそういう怖いものが苦手だから信じて、それ以降夜更かしは……少なくとも日付を超える前までには寝るようになった……。
……いや、だから、そういうエピソードはどうでもいいんだって。
実幸の素直な返事にジルファ先生は、満足げに頷く。それから優しい笑みを浮かべて。
「それで、どうします? 実幸様。実地経験を積む、という私の提案は」
「……」
実幸は再び黙る。真面目な表情で、熟考する仕草を見せて。
「……やります。でも私は、魔物と共生する道を諦めたわけではありません……いかに傷つけず、生きたまま、止めることが出来るか……私は、そこを突き詰めたいです」
実幸の瞳は、真っ直ぐだ。そこに1mmも迷いなどない。
俺は小さく笑い、実幸の肩に手を置く。
「……頑張ろうな、実幸」
「……うんっ!!」
振り返り、俺の顔を見た実幸は、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「……では明日から、魔物がよく出るという森に、修行場所を移しましょうか」
その言葉に、俺と実幸は行儀の良い返事をする。
……しかし何故だろう。ジルファ先生のその表情は、どこかやりきれなそうだった。
「フォンさん」
「なんだ?」
俺が声を掛けると、今しがた実幸を部屋に送り届けたばかりの彼が振り返る。嫌そうに。お久しぶり、実幸の護衛騎士のフォンだった。
俺にとっては別に久しぶりでも何でもないのだが、まあそれはさておき。
俺も自室に戻るために歩き出すと、彼も付いて来る。ある程度距離は取って。実幸と違って俺の隣には来ない。まあいいけど。少し会話しづらいくらいの不便しかないし。
「……単刀直入に聞くんだが、魔物との共生はありえるか?」
「……ありえないな」
俺の端的な質問に対し、端的な回答が返ってくる。単純明快で結構。
「まず言語も通じない。魔法使いならどうにか出来るかもしれないが、向こうはこっちに会話する隙すら与えないんだ。問答無用で襲ってくる。……前の城前での騒動を見ていただろう。あれだけの騎士がいて、中級クラスの魔物3匹に壊滅させられる。もっと上のクラスのやつが来たら……文字通り、この国は終わりだ。……あれは敵だ。誰だ? 魔物と共生なんて、そんな夢物語を謳うのは」
「お前が護衛してる、あの魔法少女様だよ」
後ろを歩く護衛騎士の足が止まるのが、その音で分かる。驚いたのと、この国で崇められている実幸を、遠回しでも悪く言ってしまったことに、罪悪感でも感じたのだろう。
「……だから歩きながら話すことにしたのか」
「そういうことだ」
舌打ちが響く。機嫌が悪くなられても、こちらの知ったことではない。
足を止め、振り返ることはせずに待つと、再び歩き始める音が聞こえた。だから俺も、再び歩き始める。
「……いくらあの方でも……魔物と共生することなど……不可能に近い。無謀なことだ……」
「……俺は、あまりそう思わない」
「何故だ? 幼馴染だからか?」
俺は笑い、歩きつつも微かに振り返る。
「あいつは、俺たちの予想の、いつだって遥か上を行くから」
絶対出来っこない、なんて言葉は、あいつの前では意味を成さない。
どれだけ無謀でも、不可能だと言われていても、どうにかやり遂げてしまうのだ。
ずっと傍で見てきたから、俺が一番よく知っている。
あいつは、思わせてくれる。希望を持たせてくれる。──きっと、一番いい結果をもたらしてしまうのだろうと。
だから今回もきっと、そうなるのだ。
「……お前にあの質問をしたのは、考え得るリスクを頭に入れておくためだ。……俺は実幸を支える。その目的を達せさせる。そのために」
だから、ここまででいいよ。ありがとう。
俺はそう言って、後ろ手で小さく手を振る。すると律儀に、足音は追って来なくなった。会話が終わったからそうしただけかもしれないし、俺に呆れて追うのが馬鹿馬鹿しくなったのかもしれない。まあ、何でも良いが。
自室に帰ったら、明日に備えて準備しないとな、なんて俺は、1人考えつつ、歩き続けた。やることは、出来ることは、沢山ある。
一方、取り残された護衛騎士は、小さく。
「……この国の救世主になるという勇者は、変なやつらだな……」
大丈夫なんだろうか。その呟きをその場に残し、踵を返して去るのだった。




