第21話 甘酸っぱいオレンジチョコパイ
「おや、ユメ。今日は魔法修行に行かないのかい?」
「あ……はは、まあ」
背後からエルマさんに話しかけられる。俺はなんとも下手くそな笑みを浮かべつつ、そう答えた。そしてそれ以上話しかけられるのが気まずくて、元々見ていたオーブンに視線を戻す。
オーブンの中では、美味しそうなオレンジチョコパイが出来上がりかかっている。俺が作ったのだから、当たり前なのだけれど。
「……」
はあ、とため息を吐く。
自己嫌悪、だった。そのせいで、俺は魔法修行に赴くことが出来なかった。
俺の勝手な期待で、勝手にカミングアウトしてしまった。この世界のことだから、同性愛もまあ、ありかなしかで言ったら「なし」なんだろうな、とは予想していたけれど。それにしても、だ。向こうの意思を尊重しなかった。向こうからしたら、突然新しい価値観で殴られたみたいなものだろう。なのに俺は……。「理解してほしい」なんて勝手な思いで、「この人なら大丈夫かもしれない」なんて勝手な期待をかけて。
……俺は勝手だ。
俺が傷つく権利なんてない。拒絶されることも、腫れもの扱いされるのも、奇異な目で見られることも、もう慣れた。どう足掻いても、俺は俺だし、変われないし、変わる必要もないし、でも。
……駄目だ。やっぱり、慣れない。
「ユメくん、中身、焦げてるよ?」
「えっ」
声を掛けられ、俺は勢いよく顔を上げる。……すると、声を掛けてくれたライの言う通り、オーブンの中からは焦げた匂いが……。
慌てて取り出そうと手を伸ばす。あ、と思った時にはもう遅くて、金属部分に素手で触れてしまった。
「ッあっちぃ!!!!」
「わっ、ユメくん、落ち着きなよ~」
いつも穏やかなライは、俺が慌てていても穏やかだった。水道から水を出し、患部を冷やす俺を他所に、鍋掴みで代わりに料理を取り出してくれる。ふわりと甘い香りが漂うが、少し焦げ臭くもある。料理自体も表面が焦げていて、これが料理番組だったらあまりいい点数はもらえないだろう。
「わ~、美味しそう!」
「良ければ……皆さんでどうぞ……」
「あら、そう? それはありがたいけど……」
俺に近寄って来たエルマさんが、頬に手を当てつつそう言う。俺に向けられたその瞳は、俺を心配したもので。
「ユメ、今日はどうしたんだい? 何か悩みがあるなら、アタシたちに話してごらんよ」
「そうそう! 私も聞くよ~」
エルマさんとライが、それぞれ優しい言葉を掛けてくれる。その優しさに心が現れるようで、反射的に口を開きかけて。
──でも、言えるはずが無い。
結局閉口して、それから笑って、もう一度口を開く。
「……ありがとうございます。でも、大丈夫です」
ご心配を掛けて、すみません。そう言うと俺は、厨房を出ることにした。
今日はいつも以上に、人からの目が、気になる。
らしくないなと、感じる。
だからこそ、早く調子を取り戻さないといけないな、とも感じている。
でも、上手くいかない。
どことなく気分が沈んで、今の気持ちを上手く言語化出来なくて、ただなんとなく、元気が出ない。そんな状態だ。
何か、切り替えられるようなことが起きればいいんだけど……。
そう思うが、また他の人に勝手な期待を、なんて思って、再び自己嫌悪に陥ってしまう。悪循環だ。完全に。
そんな風に迷いながら、宛もなく、無意識に歩いてしまっていたせいだろうか。気づくと俺は、中庭に来てしまっていた。
もちろん足を踏み入れる前にそれに気づいて、俺は動きを止める。そして中庭にはやはりというか……実幸とジルファ先生がいた。だから俺は、近くにあった柱の後ろに隠れる。
見られてない……よな。今日は2人に会うような気分じゃないし……帰るか……。
そう思い、歩き出したが。
「夢はですね~、私にはなくてはならない存在、ですかね!!」
実幸の、そんな呑気な大声が響き渡った。
思わず足を止める。俺の話……?
「なくてはならない……?」
「はいっ!! 夢がいたから出来たことが、私には沢山あります!! 勉強も、運動も、人付き合いも、えーっと、えーっと……まあ、とにかく沢山です!! 夢には、いつも助けられています!!」
実幸が大声で、俺のことを、何故か自慢している。
……なんとなく分かった。ジルファ先生が、昨晩の俺へのと同じ質問を実幸にしたのだと。
「私は夢といたから、ここでも上手くやれています。私1人だったら……きっと、今ここでこんな風にジルファ先生と会話することも、出来ていないはずです。……夢が私のことを、連れて行ってくれるから。間違えたら正してくれるから。私は、こうして自由にすることが出来るんです」
……いや、それは、俺の方こそ……実幸がいるから、ああいう風に気丈に振舞えたんだ。初めての場所で、怖かった。けど、しっかりしないと、って……。
それに、実幸が自由に出来ることが、俺の望みでもあるし。
「夢は私の大事な、とっても大事な存在です。2人でここまで来ましたし、これからも、私たちは2人で行くんだと思います。私たちのどちらかが欠けても意味がない……私は彼のことをそういう存在だと思っていますし、向こうも同じように思っていると、思っています。何度も言うように、恋ではありませんが。……愛はありますけどね!!」
実幸はなにやら恥ずかしいことを満面の笑みで告げている。あれ、おかしいな。俺が恥ずかしくなってきた。愛はあるけど、恋ではない。間違いではないけど。
「私にとって夢は……んー、なんて言うんでしょう……説明が難しいです……でもとにかく、すごい大切な存在ですっ!! これから誤解され続けるとしても、一緒にいるつもりですよ!! 更に、例え夢が世界を敵に回したとしても……!!」
俺は一体何をしたんだよ。
心の中でそんなツッコミをいれつつ、俺は思わず、ふ、と、小さく吹き出す。
……そうだな、あいつは、そういうやつだ。
ここまで成長しても、俺は結局、実幸に救われてしまうのだ。
今度こそ俺は踵を返す。向かった先は……厨房だった。
駆け込むと、丁度エルマさんたち料理人の方々がオレンジチョコパイを食べているところで……良かった、まだ残ってる。
「ああユメ、お帰り……」
「すみませんっ、それっ、残り、全部持って行ってもいいですか!?」
走ったせいで、呼吸が荒い。キモくないだろうか。そうは思うが、一度荒くなってしまった息は簡単には整わない。
エルマさんたちはそんな俺の様子にキョトンとする。そして一様に、いいよいいよ。もともと君の作ったものだし。なんて言って、頷いてくれた。ご丁寧にも、持ち運ぶ用に編まれたカゴバッグに入れてくれて。
俺はありがとうございます!! と叫ぶと、再び走り出した。取り残されたエルマさんたちはキョトンとして。
「……若いって、いいねぇ」
しみじみと、そう呟くのだった。
息も絶え絶え、中庭に戻ってくる。相変わらず日差しは温かくて、眠くなってしまいそうだ。
息を整えつつ、俺は再び2人の会話に耳をそばだてる。
「夢って、本当に口うるさいんですよ!! 毎日早く起きろ早く寝ろ宿題しろ勉強しろ勝手にどこか行くなおやつ食べ過ぎるなって!!!! ほんっとう夢って、なんというか、『オカン』なんですよねぇ。困っちゃいます!!」
……話が転じて、俺の悪口になっているらしい。見ろよジルファ先生の顔。完全に、悪口に同意することも出来ず、だからといって話を合わせないと嫌われるかも的なあれな表情になってるから。可哀想だろ。
俺はため息を吐き、遂に中庭に足を踏み入れた。
「実幸、いい加減にしろ……ジルファ先生、困ってるだろ」
「あっ、オカn……夢!」
「おいテメェ俺はオカンじゃない何度言えば分かる!!!!」
「今日は……来ないかと思っていました」
実幸との言い争いもそこそこに、ジルファ先生のそんな言葉が耳に入る。……思わず、来ない方が良かったですか、なんて聞きそうになって、やめた。
いいんだ、どう思われたって。
俺にはちゃんと、俺のことを分かってくれる人がいるから。
どこか気まずそうなジルファ先生に対して、俺は笑う。そして、カゴバッグを掲げて。
「2人に食べてほしいなってこれ作ってて。そしたら遅れちゃったんですよ」
カゴバッグの中からは、オレンジチョコパイの甘い香り、そして、少し焦げた匂いがする。
まあ、少し焦がしたのもご愛敬、ってわけで。
中庭で3人、少し早めのおやつタイムだ。




