第20話 ジルファ先生の用、静かな拒絶
しばらく2人でポトフ風コンソメスープを堪能し、湯気も消えて、中身も無くなってきた頃に、俺はようやく思い出した。
「そういえば」
「はい」
「俺のこと探してたって言ってたよな? ……なんで?」
ああそういえば、とでも言いたげに、彼も今気づいたような表情を浮かべる。
「まずは、こちらですね」
「!」
ジルファ先生は杖を振った。すると虚空にぽっかりと大穴が開き……そこから何かが飛び出す。それは、俺の制服のブレザーだった。
そういえば、魔法を使っている内に体が火照って、脱いだんだっけか。自分の体に視線を落とす。Yシャツにネクタイしか身に着けていなかった。……やけに涼しいと思ったら、そのせいか。
「……ありがとうございます」
「はい」
俺がブレザーを掴むと、謎の力(まあ魔力だろう)で浮いていたそれは、重力に任せて俺の手に落ちてきた。
身につけつつ、俺は再び口を開く。
「まず?」
「……ええ。ここに来た理由は、もう1つあります」
君は勘がいいですね、とジルファ先生は笑ってから……。
「申し訳ありませんでした」
「…………え?」
俺に対し、そう言って、頭を下げてきた。
も、申し訳ございま……え?
「な……なっ、なんですか、急に……」
「……ふ、貴方のそのような表情を見るのは、珍しいですね」
どこか優しく微笑まれると、頬に熱が溜まってしまうのが分かる。やめろ、ちょっとときめいてしまう。
「……ほら、私、初対面……貴方に対し……嫌な態度を取っていたでしょう」
「……あー……」
俺は思わず、そんなことを呟く。
嫌……嫌な態度……いや、ここに来てからそんな態度を取られることが当たり前だったから……別に気にしてなかったけど……。
……むしろジルファ先生って、幾分かマシな方だと思ってたし……。
「貴方より年上ですのに、大人げないことをしたと……前々から、反省をしていまして……それを謝罪したいと考えていました。申し訳ありません」
「いや……いいですよ。気にしてませんし」
「……意外と心が広いんですね」
「おっと悪口か????」
冗談ですよ、とジルファ先生は笑った。だから俺も、思わず同じように笑う。
……ああ、やっぱこの人、良い人だ。
「……ここは完全な実力主義ですので。一方は魔法の天才、もう一方は騎士適性は皆無、魔法適性は微少……そういう話を聞いていましてね。そんな方が実幸様と共に現れたものですから、何故私がそのような者に教えなければいけないのか……そう思っていました」
「……ははは、そりゃどうも……」
「……ですが結果的に、貴方がいて良かったのだと考えています。私1人では……実幸様を教え、扱い、導ききれたかどうか……」
「あいつは……良くも悪くも、自由奔放ですからね」
立ちながら寝るし、勉強とか修行とか嫌いだし、目を離すと何をしでかすか分からないし……。
「それに、貴方はセンスが良く……教える方としても、やりがいを感じます。実幸様にも分かりやすいよう、言い換えてくださいますし……貴方がいてくださって良かった」
「……褒め過ぎですよ」
そろそろ本当に照れてきた。なんだか気まずくて、思わず目を逸らしてしまう。顔が熱いので、手で扇いだ。
「ところで……実幸様と貴方は……恋び」
「幼馴染です」
食い気味で答える。顔を赤くしている暇などない。
俺の勢いに、ジルファ先生は少し気圧されたように目を見開く。しかしすぐに、苦笑いを浮かべた。
「……そういえば聞いたことがあります。貴方たちは恋人ではないと、命懸けで否定すると」
「命懸け……」
あれか? 初めてここに来た時のことか? 確かにあの時は剣を突き付けられながら違う!!!! って否定したからな……。
……まあ、誤解されたまま死ぬのも嫌だし……。
「……恋人でないのなら、何故あそこまで彼女と共に行動し、時には庇い、守り、大事にするのですか? ……ただの幼馴染なら、そこまでする義理はないでしょう。今のように、恋人だと勘違いされる機会も多いはずです」
「……」
ジルファ先生の真っ直ぐな問いかけに、俺は思わず黙る。
それは、まあ、傍から見たらそうだろう。ごもっともな疑問だ。
「……もし気分を害されたら、それは申し訳ありません」
「あっ、いや、そういうんじゃないです」
俺が黙ったことに対し、何かを感じたのだろう。謝られたから、俺は慌ててそう言った。
本当に、そういうんじゃない。
ただ……どう言うべきか。それを迷って。
まあ、その「何故」に対する答えは、決まっているのだけど。
「……あいつは、俺の恩人なんです」
「……恩人?」
聞き返されたから、頷く。そして、ジルファ先生を見ないまま、俺は続けた。
「俺の、この……夢、っていう名前、元々は、ちょっと不手際があって、俺が生まれた時、女だと間違われたから、女としてつけられた名前で……でも、その名前がそのままになって……。小さい頃、いじめられたんです。男のくせに女みたいな名前だって、男女なんて言われたり……」
あとは、と言って、俺は息を吸う。そしてなるべく、重いトーンにならないように気を付けて。
「俺、昔から、男しか好きになれなくて。それで余計に、いじめられて」
単調なトーンで言えたと思う。しかし隣で、息を呑む音がした。
昔からそうだった。初恋の人は、幼稚園の先生だったか。優しくて、笑った時に出来るえくぼが好きで、よく触っていた。……今じゃ顔も覚えてないけど。
そんなエピソードを聞いた時、ほとんどの人が「自分にも経験がある」と思うだろう。……だがきっと、俺と全く同じ経験の人は少ない。
俺が好きになったのは、男の先生だった。
それ以降も、俺が心惹かれるのは、やはり同性ばかりで……。
……って、そんな話はどうでもいいんだよ。
「それで、いじめられていた時に、実幸が助けてくれたんです」
好きだった幼稚園の先生の顔は、覚えていない。でも、実幸に助けてもらった時の、あの光景は、鮮明に覚えている。あんなに、色鮮やかに。
あの時、俺の世界に初めて、色が付いた。
「俺が女みたいな名前でも、同性しか好きになれなくても、あいつは受け入れてくれた。いや……どうでも良かったんでしょう。俺にはそれが、嬉しかった」
だからこそ、決めた。
「俺は一生を掛けて、あいつに恩を返そうって、決めたんだ」
あいつが、俺のことを必要としなくなる、その日まで。
ふう、とため息を吐き、俺は膝の上で頬杖を付いた。
「……重いでしょう、俺」
そして自嘲気味に笑う。俺の視線や言葉に対し、ジルファ先生は、何も言わなかった。
……無言で一歩引いたのは、俺の勘違いじゃなかったはずだ。
だからこそ俺は笑う。笑って、立ち上がった。
「……寒くなってきましたね。そろそろ、戻りましょうか」
返してもらったブレザーが、風で踊る。俺の体を温めてくれるブレザーがあるはずなのに、なんだか肌寒い。
……まあ、自業自得なんだけど。この人なら、受け入れてくれるかも、なんて思ってしまった。俺の身勝手な期待だ。
しなきゃ良かったなぁ、なんて思うけど、過去を戻すことが出来るはずもない。
だから俺は、笑うしかなかった。




