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第19話 夜のスープ

「といっても、先程も申した通り、お2人が常に一緒にいることは不可能……魔力の受け渡しはあくまで練習、慣れにすぎません」

「と言うと?」


 毎回恒例の流れ、俺が先を促すと、ジルファ先生は頷いた。


「実幸様は夢さんの魔力の扱い方を感じ、その癖を盗む。逆に夢さんは、実幸様の魔力を受け取り、その魔力の大きさに慣れる。……魔力を受け止める器の大きさを広げることも出来れば、更にいいですね」


 お互いのいいところを見て、貰うということか。まあなんとも、時間のかかりそうなことである。……結局時間が掛かりそうだったため、実幸は露骨に顔をしかめていた。そんな顔するなよ。


「……結局、成長に近道はないってことだろ」

「……そうかもしれないけど~……」

「俺と心中するのと、どっちがいい?」

「素直に頑張ります……」

「よろしい」


 偉そうに返事をしてから、俺たちは早速その修行に取り組むことにした。

 実幸がステッキを構える。まずは、魔法で俺に魔力を渡すところからだ。





 修行をした日の夜は、ベッドに飛び込んだその瞬間に眠ってしまう。それほど疲労が凄まじい。なんだろう、全力で10回連続持久走をしたあとくらいの疲労、と言えばいいだろうか。まあ、とにかくめっちゃ疲れる。最近は毎日、死んだように朝まで眠っている。


 それは恐らく俺だけで、実幸の場合は、「良い感じの疲れ」の枠内に収まっているようだ。きっとあいつは健康的にウトウトしてから、ゆっくりと眠りの世界に落ちて行っているのだろう……。


 ……ベッドに入ってすぐに眠ってしまうのは、なんか危険なサインだと聞いたことがある。早めに改善されると良いのだが……。


 なんて考えつつも、今日も今日とて、ベッドに飛び込んだ瞬間寝た。夕食も食べていなかったのに、と考える隙間すらなかった。


 いつもと違うことと言えば、夜中に目を覚ましたことだろうか。


「…………………………」


 窓の外には、ぼんやりと、大きく浮かぶ月。ここ、地球ではないだろうに、月があるんだなぁ。きっと名前を聞いたら、全く馴染みのない単語が返ってくるのだろう。……そんなことを思いながら俺は、眼鏡をかけた。窓の外にある月の輪郭が、はっきりする。


 今、何時だ? と思うと同時、腹が大きな音を鳴らした。きちんとお腹が空いているのは、きっと健康な証拠である。

 眠い。ひたすら眠い。体がまだ寝たいと言っている。だが一方で腹も、何かを食わせろと訴えている。後者の主張の方が強かったため、俺は何とか体を起こした。空腹だと、あまり心地良く眠れないものだろうから。


 部屋を出て、廊下を歩く。初め、俺の部屋を見張っていたはずの騎士の姿は、もうない。役立たずな俺を見張り続けても無意味だと、そういう結果になったのだろうか。真偽は不明だが、深夜に誰にも会わずに部屋を出れるのは、気楽でいい。


 向かった先は、厨房だった。もちろん、夕食──いや、もう夜食か──を探しに。

 えーっと……何かあるかな……おっ、キャベツ発見、人参もあるし……出汁に出来そうなものもあるな……。


 思わず舌なめずりをしてしまう。今ライトを当てられたら、きっと俺はヴィランのような表情をしていることだろう。


 当たり前だ。夜中というのは、人の気持ちを大きくする。





 目の前には鍋。その中でスープと具材がぐつぐつと動いているのを眺めつつ、そろそろ味を確かめようかと思い、俺は小皿を探す。案外分かりやすいところに置いてあったので、助かった。


 ところで、こんなに勝手に料理をしたり鍋や食器を使い、怒られたりしないのだろうか……という疑問があるかもしれないが、そこは大丈夫だ。エルマさんに許可は貰ってるし、なんなら、「積極的に作ってくれ」と言われているくらいである。そのたびに呼べとも言われているけど……でも今は夜中だし、余ったら残しておけばいいだろう。


 余らなかったら、まあ、その時は、俺とこの夜だけの秘密だ。


 だがそこで、足音が響く。廊下からだった。誰だろう、と思い、念のため異能力を使う。もし人が来ても、そいつから俺の姿が見えないように……。


 その足音の正体が姿を現し……俺は目を見開いてから、異能力を解いた。それは、見覚えのある人だったからだ。


「ジルファ先生?」

「おや……夢さん」


 どうしてこんなところに? という声が、重なった。


 だから俺たちは、思わず吹き出す。夜中なので、声は抑えて。


「俺はお腹が空いて、起きてしまって」

「そうですか。私は……貴方を探しに来ました」

「俺を?」


 首を傾げる。彼は頷いた。


 実幸ならともかく、俺に? 一体何の用だろう。そう思いつつ、俺は鍋の中身をかき混ぜる手を、再び動かす。


「じゃあ、これが出来上がるまで、少し待っていてください」





 俺たちは部屋に向かう。そして俺は持っていた2つのマグカップを、とりあえず近くの机に置き、それから、部屋に付いている格子に手を掛けた。


「……何をしているんですか?」

「まあ、見ててくださいよ」


 上へ、下へ、左右にも揺さぶり……。


「よっと」

「!」


 その格子を、外した。


「初日にここに連れて来られてから、これの建付けがわるいことに気づいたんですよ。……そして窓の外には屋根があって、降りられるようになってる」


 窓枠に足を掛け、乗り上げる。そのコップ、取ってください、と言うと、ジルファ先生はハッとしたように目を見開いて、机の上に置いていたマグカップ2つを、手渡してくれた。


「ジルファ先生も、どうぞ来てください。……と言っても、借り物の場所なので、俺の場所というわけではないんですけどね」

「はは。……それでは少々、お邪魔します」


 ジルファ先生は笑いつつそう言うと、大きな杖を軽く振りつつ、何か呪文を唱える。……すると彼の体が、ふわりと浮いた。魔法って本当に便利だな……。


 裸足で屋根の上を歩き、先に腰かける。遅れてやって来たジルファ先生は、俺の隣に腰かけた。


「良い場所ですね……ここは」

「でしょう?」


 俺は微笑みつつ、空を見上げた。……そこにあるのは、こちらを見下ろす大きな月。星はきらきら輝いて、風は涼しくて心地いい。心を穏やかにさせるのには、丁度良い所だった。


「良かったんですか? 君の特等席のような場所を、私に教えてしまって」

「良いですよ。もう一度言いますが、借り物の場所ですし」


 特等席と言われると、なんか大袈裟な感じがしてむず痒い。それを誤魔化すように、持っていたマグカップの内、1つを、彼に手渡した。まだ温かく、湯気も昇っている。

 彼はなんだこれ、とでも言いたげに受け取り、それから中のスープを一口、含んだ。


「……! 温かくて、美味しい……優しい味がしますね」

「……そりゃどうも。ポトフ風、コンソメスープだ」


 真っ直ぐに褒められたことが恥ずかしく、照れ隠しに俺も一口飲む。……あっつい。体が熱くなったのに熱いスープを飲むなんて、本末転倒だ。

 でも夜だし、空腹だし、優しいスープを飲むべきだと思った。材料もあったし……だからこれを作ったんだ。


「ポトフフウコンソメスープ……初めて飲みました」

「……『ポトフ』、『風』、『コンソメスープ』なんだがな……」


(たぶん)造語なのに、なんか、1つの単語みたいになっちゃってたけど。


「……お2人のいる世界には、こんなに美味しいものがあるんですね」

「……まあ、これなんて手軽に作れるものだし、もっと美味しいものもあるけど……」

「……羨ましいです」


 ジルファ先生は、そう言うと小さく息を吐き出す。ため息にも見えたし、感嘆の息のようにも感じられた。俺に見えるのは、その息に合わせて湯気が動く、その形だけ。


 俺はその横顔を見つめ……そして、何とも言えないような気持ちになってしまって、慌てて目を逸らした。

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