第13話 魔法修行④~杖の仕上げ~
「疲れた」
「そうか」
「飽きた」
「そうか」
「夢みたいに『ピカーーーーッ』ってならないし!! 同じ作業ばっかだし!! つ!! ま!! ん!! な!! い!!」
「叫ぶ元気があるならまだまだ頑張ることだな」
「夢ーーーーっ、先に終わったからってーーーーっ!! 少しは手伝ってよ!!」
隣がうるさい。俺は読んでいた本を閉じて……喚く実幸の額に、デコピンをかました。
「いったぁ!?」
「ジルファ先生が手伝わない時点で察せられるだろ。それは1人で全部やらないといけないんだよ」
うう、と実幸は呻いている。その瞳に大粒の涙が溜まったが、すんすん、と鼻を啜りながら、なんとか杖作りに戻った。
杖作りを始めてから、3日が経った。
だが俺は杖を作り始めたまさにその日のうちに脅威の集中力を見せ、杖を完成させた。30センチあるかないかだし、きっと小振りの杖なのだろうけど、俺の手によく馴染んでいる。〝これが俺の杖だ〟と、胸を張って堂々と言えるレベルだ。
そしてジルファ先生に初めて、1つの魔法を教えてもらった。それは、「物の鮮度を保つ魔法」。他でもない杖を使い、杖の劣化を遅らせる。そのための魔法だ。
呪文を教えてもらい、ジルファ先生にも助力してもらい、たぶん出来た……と思う。
まあ、きっと成功させたのだろう。……次の日になっても、杖が枯れることはなかったのだから。
むしろ、その生命力が増している気がした。それくらい、杖は凛々しくそこにあった。あんなに頑張って作ったんだ。少しだけ涙ぐんでしまったのは、俺と貴方だけの秘密にしておいてほしい。
前例にないことが成功したのが嬉しかったのだろう。ジルファ先生も興奮していたようだし、珍しく、よくやりましたね、と笑って言ってくれた。嫌そうな顔を、初めて向けられなかった。
というわけで、俺の杖は完成した。が、実幸はそうではないのでその先に進むことも出来ず。俺は実幸の部屋から勝手に拝借した学術書を読んで、勉強がてら時間を潰している、というわけだ。
「そもそも夢あんな不安そうな顔してたくせに私より先に終わらせちゃうしなんかジルファ先生とも仲良くなってるしどうせ私は馬鹿だし夢がそう勉強し始めちゃったら私が知識で敵うわけなくなるし」
「おーい、呪詛を吐くな」
「私は不器用だから木の幹3つも駄目にしちゃったしこれ4本目だし資源無駄にしちゃって本当にごめんなさいだしこれはなんとしても成功させたいYeah Yeah wow wow」
「戻ってこい、謎の曲を歌うな」
「私はロッケンロールッ……!!」
「駄目だこいつ」
そうは言いつつも、しっかり集中して杖作りに取り組んでいるようだから、こいつは変なやつだ。喋りながらの方が集中できるって、どういうことだよ。
そしてお前はロッケンロールじゃない。目を覚ませ。
「夢~、なんか面白い話して……」
「世界一残酷なフリだな。……この本の読み聞かせしてやろうか?」
「睡眠学習になっちゃう」
「寝ない努力をしろ」
「しても寝ちゃうの~!! もっと……私が興味そそられそうな!!」
ワガママだなぁ。そう思いつつ、俺は大人しく悩んでやることにした。
といっても、俺も興味のない話はしたくない。だから気になったことを聞くことにした。
「結局お前って、なんの木を選んだんだ?」
「んーっと、えっと……何だったっけ、確か……も……も……?」
「……モリストアという木です」
実幸がアホだということを、ようやく理解し始めたのだろう。ジルファ先生が木の名前を思い出せない実幸を見かね、代わりに答えてくれた。
「森ストア?」
「1000年樹とも呼ばれる木です。空気や土、水などから魔力を貯める木であり、その魔力をエネルギーに、ほぼ永続的に生きていきます。……貴方の選んだ木とは、真逆ですね。ちなみに、名前は覚えていますか?」
「え、えーーと……グローブ!!」
「……ヴルーゲン、ですよね」
「……正解です」
貴方の方が記憶力は優れているんですね、とでも言いたげな瞳だった。そして実幸のことを哀れみの瞳で見つめ始める。……本当に面白いな、この人。
そしてこの木、魔力貯めるって、本当に〝貯蔵〟だな。
コホン、と咳をし、ジルファ先生は再び口を開いた。
「更に特徴を言えば、この木は魔法使いとの親和性が高いです。……1度に一定数以上の魔力を渡すと、その木はその魔法使いと〝縁〟が出来上がります。……そして親和性が高まり、いざという時に力を貸してくれる……そう言われています」
「へぇ……魔法使いにぴったりな木なんですね」
「そうなんです。魔法を使う者なら、誰しも1度は世話になる木でしょう。親和性が高いですから、初心者向けでもありますし」
その言葉を聞き、実幸が杖を作る手をぴたりと止める。
「初心者……」
「俺たちは初心者だろ」
初心者という言葉を気にしているのは、明白だった。思わず苦笑いを浮かべる。
「でも夢はこれじゃないじゃん」
「俺にはヴルーゲンの木がぴったりだった。それだけの話だろ」
「……実幸様、手が止まっていますよ」
「はぁい」
突っかかられた俺に助け舟を出してくれたのだろう。ジルファ先生がそう言った。実幸は唇を尖らせつつ、不機嫌そうに杖作りに戻る。
……少し視線を感じて顔を上げると、ジルファ先生と目が合った。……そして自然と、お互い苦笑いを浮かべてしまう。俺は肩をすくめた。
なんとなく悟る。俺、この人と仲良く出来そうだ。
「……実幸様、杖作りが上手くいっていないなら、少しやり方を変えてみましょう」
「やり方を……変える?」
「はい。先程も説明した通り、その木は魔法使いと親和性の高い木です。……貴女様の力を与えれば、モリストアの木もそれに応えてくれるはずです」
「へぇ……」
そう返事はしつつも、実幸はあまりピンと来ていない様子だった。だから俺は、助言がてら口を開く。
「……魔力をあげたらいいんじゃないか?」
「魔力を? ……どうやって?」
「俺も知らねぇけど……まあなんか、とりあえず自分の中にある何か……エネルギーみたいなのを渡してみる、っていうイメージで、やってみたらどうだ?」
「……何でそんな具体的なの……?」
「少年漫画では、そういうのが定番だからな」
こういう時は大体、今言ったイメージでなんか出る。
「……やってみる」
実幸はあまり納得したような様子ではなかったけれど、杖に向き直った。そして、静かに目を閉じ。……。
「……」
すぅ。呼吸の音が、聞こえる。……そして。
パァ……。
実幸の体が、微かに光り始めた。……まるで俺の時と同じ。
実幸が杖に魔力を渡している。完成が近づいている証拠、とも言っていたか。……どうやら順調に進んでいるらしい。
見守っていると、実幸の体は更に光り出した。それは魔法適性検査をした時と同じ……太陽なんじゃないか、というくらい、眩しい光。眩しくて見ていられない。……でも俺は、見守らなければ。
少しすると、実幸の持つ杖に、変化が訪れた。
まず杖が、小刻みに震える。実幸の魔力をしかと受け取っているのだろうか。次に杖も、同じように光り始める。実幸と杖が、まるで一体化しているように……。
すると杖に、ついに大きな変化が訪れた。……形を変える。流さは30センチくらい。黒く光り、きっとつるつるで、手触りはいい。だが先端は尖っておらず、これでは杖というより、まるでマジックのステッキのようだった。
だがそんな俺の思考に構わず、杖は更に変化を続ける。……杖の先端が、眩く光った。温かくて、眩しくて……優しいと、そう感じさせる。
そして……。
にょん、と、なんか出た。
「……星だ」
俺は思わずそう呟く。それと同時に実幸が勢いよく目を開き、光は一瞬で消え去った。
「ぷっはぁ!! ……あっ、やったぁ!! 思った通りに出来てる!? ……よく分かんないけど、成功だぁ!!」
実幸はその場できゃぴきゃぴ跳ねている。どうやらこれで完成らしい。俺にはこの……マジックのステッキの頂点に、クリスマスツリーみたいに星をぶっ刺したやつが、杖、と言い張るには、少し違和感があるが……。
実幸を見つめる。杖を持って踊るその姿は……。
「……ああ、なるほど……」
納得した俺の横で、ジルファ先生が戸惑ったようにしている。ジルファ先生も、ああいう形の杖は、初めて見るのだろう。
あれは杖と言うよりきっと、少女漫画で言う、「魔法のステッキ」なのだ。
そして実幸はそれを想像して、そして完成させた。
……チート級に強い、魔法少女……か。
輝くような笑顔。それを見ながら俺は納得し、そう思わざるを得ないのだった。