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第二章:二度目の出会いに想いは芽ぐむ②

 他と比べていささか小ぶりなテントの前へ来ると、シェスカは足を止めた。

「入って。ここが今日からリィリアが寝起きするテントよ」

 入り口の布をめくって、シェスカはリィリアに中に入るように促した。テントの中は数人分の荷物が既に置かれていたが、人気はなくがらんとしていた。

「人、少ないんですね」

 テントの隅に荷物を置いたリィリアが思わずそう呟くと、シェスカは苦笑しながら、

「仕方ないよ。北東方面軍――それもこのゲーニウス師団は特に女子が少ないから。ここの師団は一万人くらい人がいるにも関わらず、女子はリィリアを含めて、このテントを使っている五人――あたしたちと衛生部隊の女の子たち三人だけだし」

 五人、とリィリアは紫の目を丸くした。軍というところは女性が少ないところだろうということは予想していたが、こんなにも少ないとは思わなかった。リィリアが正直にそれを口にすると、シェスカは木の椀に(かめ)の水を掬ってよこしながら、

「まあ、ここに限らずどこもそんなものだと思うよ。女の身で軍に入ろうなんていう物好きはそうは多くないからね。リィリアはオーウェル様やディエスに頼み込まれてここに来たんだっけ?」

「そうですけど……えっと、その……?」

 シェスカが階級が上の二人の名を親しげに呼んだことについてリィリアが戸惑った様子を見せていると、ああ、とリィリアの疑問に対してシェスカが補足をしてくれた。

「オーウェル様とディエスとルーヴァとあたしは年齢はばらばらだけど、士官学院時代の同期なんだ。だからきちんとした場以外では、階級なんて関係なく名前で呼び合ってる」

 そうなんですか、とリィリアは相槌を打つ。先ほどの顔合わせの場の妙な気安さはそういうわけだったのかと思うと合点がいった。

「オーウェル様も言ってたけど、無茶なお願いに付き合ってもらっちゃってごめんね。まあ、どうせ、言い出しっぺはオーウェル様じゃなくディエスの奴なんだろうけどさ。

 明日から、本格的に関わることになるルーヴァも悪い奴ではないんだけど、研究馬鹿っていうかちょっと頭おかしいところがある奴だから、何かあったらちゃんと言ってね。毎日報告書は出してもらうつもりだけど、困ったことがあったら早めに直接言ってもらえたほうが上官としては安心だから」

 はい、と頷くとリィリアは水の入った椀に口をつける。甘やかな水の冷たさが暑さで渇いた体の隅々まで浸透していくのを感じる。

 一心地つくと、リィリアはテントの外が騒がしいことに気づいた。まさか来て早々に敵襲があったのでは、とリィリアは戦慄した。はあ、とシェスカは肩をすくめると、入り口の布を跳ね除け、外へと向かって一喝した。

「あんたたち、こんなところで何騒いでるの! リィリアが怖がってるでしょ!」

「へ……?」

 リィリアがきょとんとしていると、シェスカは彼女へと向き直り、

「ごめん、リィリア。女の子が入ったって聞いて、気になった奴らがリィリアのこと見に来ちゃったみたい。悪い奴らじゃないんだけど、あんまり気分のいい話じゃないでしょ?」

「い、いえ……てっきり、敵が来たのかとばかり……」

「そういうわけじゃないから大丈夫。で、どうする? 嫌じゃなかったら会ってみる? 正直、そうじゃないと収まりがつきそうにもなくって」

 わたしでいいなら、とリィリアは空になった椀を下に置くと、入り口の布の隙間から顔を覗かせた。

「わあ、本当に女の子だ!」

「すげえ、かわいい!」

 青年たちの野太い歓声がわっと上がる。たじろぎながらもリィリアは恐る恐るテントの外へと出る。

 女性兵用のテントの周りに数十人にもわたる人だかりができていた。その視線には好奇の色が濃く含まれていたが、それでもリィリアの存在に対して好意的で肯定的だった。

「えっと……リィリア・ユーティスです。この度、補給部隊でお世話になることになりました」

 よろしくお願いします、とリィリアが頭を下げると、拍手が沸き起こった。いいねえと言わんばかりの口笛も混ざっている。

「リィリアちゃん、軍服似合うねえ!」

「アルフュール大尉と違っておっかなくなさそうでいいですね」

「ティストル、聞こえてるわよ? おっかないお姉さんが新兵のときみたいにみっちりしごいてあげましょうか」

「俺、ヴァレットっす! 後で一緒に夕飯とかどうっすか?」

「あ、おい、何お前抜け駆けしようとしてんだよ!」

「ルミエリア少佐とは違って女の子は女の子でも、初々しい感じがたまらないですよねえ」

「……フレーネに伝えとくわよ、アドリック? まあ、次怪我の治療するとき、めちゃくちゃ痛くされると思うけど」

 我先にと兵士たちが話し始めて騒々しいことの上ない。合間合間で適切なツッコミを入れているシェスカの捌きっぷりが見事で、リィリアは愛想笑いをしながらそれを見ているしかできなかった。

 さすがに潮時だと判断したらしいシェスカがぱんぱんと手を叩きながら、

「ほらほら、リィリアは見せ物じゃないんだから。いつまでもこんなところで油売ってないで持ち場に戻んなさい」

 散った散った、とシェスカは虫でも相手にするかのように、テントの周りに群がっていた男性兵士たちを追い払った。「へーい」「はーい」「ほーい」やる気のなさそうな返事を背中越しによこしながら、潮が引くかのように男たちが去っていく。

 シェスカは呆れたような顔でリィリアを振り返ると、

「改めて、ゼレンディア王国北東方面軍ゲーニウス師団へようこそ、リィリア。こんなところなんだけど、上手くやってってくれると嬉しいな」

「は、はい……」

 先ほどの男性兵士たちの勢いに気圧されつつもリィリアは頷いた。男たちのあしらい方は酒場の仕事で慣れているほうではあったが、店と戦場ではなんだか人の質が違う。

 ところでさ、とシェスカは話題を転換させると、

「そろそろ夕飯の配給の準備をしないといけないんだけど、リィリアは料理はできる?」

「酒場の手伝いでたまに厨房に入ることがあったので、一通りのことはできると思います」

 それなら百人力だね、とシェスカはにぃっと口角を持ち上げた。

「毎食毎食、うちの中隊総出で準備するんだけど、いかんせん手が足りてなくって。ルーヴァの相手なんかより、こっち手伝ってくれた方が個人的には嬉しいんだけど」

 なんてね、と茶目っけたっぷりにシェスカは萌黄の眸を片方瞑ってみせると、リィリアを手招きする。こっちこっち、とシェスカに誘われるままにリィリアは調理の手伝いをすべくその場を後にした。

 夏の昼は長く、まだ太陽が傾く兆しもなかったが、少し気温の下がった風が夕刻が近いことを知らせていた。


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