第一話
統一歴 一九九二年 二月
一面雪景色の中、ジェットエンジンの轟音が響く。
ここは帝国南端、ハイン州の上空である。
ここら一帯は帝国空軍訓練空域にも指定されていて、前線から遠くもなく近くもなくという位置であった。
「こちらハインコントロール、こちらジーク。聞こえるか。」
ヘッドセットから聞こえる声に応える。
「こちらエクセリア・フォーデルト通信状況良好。」
「エルラ・ウェスファルク通信状況良好。」
エクセリアの隣をエルラと名乗る一八歳のパイロットが飛ぶ、二人は帝国空軍高等訓練機であるPF-1を操縦している、無線の奥、教官の名はジーク・シャーザー少将。
「了解。それでは只今より最終試験を行う。敵性想定一個小隊を撃破せよ。敵部隊は成績次席のラリーと三位のカセジナだ。勝敗は問わないが、ハイン上級訓練校第六二期最後の訓練だ、楽しめ。」
今この上空に居るのは帝国空軍の訓練生の中でも同期上位十名のみが入ることができるエースパイロット養成学校であり、こちらの空域で戦うのはそのうちの更に上位四名である、六二期は主席エクセリア・フォーデルト、次席ラリー・フィンターク、三位カセジナ・トルタリー、四位がエルラ・ウェスファルクという順位だった。
そして上級訓練校六二期のエクセリア以外の九名は全員一八歳、それは規定で上級訓練校試験を受けることができるのが一七歳のみであることが規定で定められているからだが、エクセリアは年齢詐称をして受験し、合格した。
もちろん合格後にすぐさまバレてしまったが、あまりにも突出した成績で合格をし、パイロットとしての素質も歴代でも見ないレベルだったため、ジークが年齢詐称の事実を黙殺し入学させたのであった。
そういった点でもエクセリアはジークを日頃から慕っていた。
そしてほかの六名もまた近くの空域で模擬空戦を行っている。
他の訓練校と違い、戦時にも関わらず資金も潤沢にある上級訓練校は最終試験で訓練弾といえ本物のミサイルをお互いに撃ち合う。数年に一度はミサイルの直撃で亡くなる訓練生もいるという噂だった。
そうして、試験空域に移動している途中、突如としてコントロールから怒号が入る。
「識別不明機二個中隊が海岸線側よりマッハ一・二で急接近中!!そちらの空域には一個中隊が行っている!」
突然の音に二人はヘッドセットを投げそうになる。
だが普段は慌てないジークが今日は慌てているように感じる。
「ジーク教官、本当ですかァ?ここは前線から相当遠いですよ、レーダーが故障したとかじゃあないんすかね?へっそれとも抜き打ちで敵部隊追加したとか?」
「エルラ!気を引き締めるんだ。戦争中の敵はなにを考えてるかわからない。」
「へっ!もし本当に連邦の奴らだとしたらこの国はとっくに終わってるだろうが。」
エクセリアとエルラは真逆の思考を持ち合う。
だがもれなく正しいのはエクセリアと判明する。
ジークの怒号以上の音量でブザーが鳴り響く、それは紛れもなく識別不明機が敵であることを確信させるものであった。
「なっ!RWR(レーダー警報受信機)反応!識別不明機は敵性機に断定!即時交戦許可を!」
エクセリアは瞬時に判断し、許可が出る前からすでにレーダーの発信源へ機首を向けている。
だがジークの答えはNOだった。
「この狂犬が!貴様らが使っているのはなんだ!練習機、ミサイルも訓練用で炸薬はない、機関砲は装填されていない・・・。即時退避だ!基地の防空圏へ戻れ!今すでに味方の援軍がスクランブルした!ラリーとカセジナも既に空域から離脱している!」
「クソ!エクセリア、戻るしかないぞ!基地へ戻るしかない!」
「・・・援軍まで何分掛かりそうだろうか。」
「エクセリア!さっさとこっちへ来い!」
すでにエクセリアとエルラの間は15km以上、エクセリアは敵機の方へ、エルラは基地へ戻り始めている。
「・・・15分だ。」
「ハァ!?正気とは思えねぇぞ!」
「ククッ、ジーク、口では駄目だと言っても、私にはここに残れと言いたくて仕方ないんでしょう?嬉しいですよ、今までダメ出ししかしてこなかった私を戦力として求めてくれるなんて。」
おそらくその言葉に嘘偽りはない。
誰からも求められず生きてきた人間はどんな形であれ求められれば、自己の承認欲求が満たされれば、よりテンションも上がる。
「気色悪い・・・。いいか、無理だけはするな!貴様が今乗っているのは」
そういうジークの言葉を無線越しに遮り、エクセリアは言う。
「練習機、でも高等練習機で、もとはF-1、れっきとした戦闘機だ。」
F-1、帝国空軍の誇った戦闘機、すでに後継機であるF-2が量産され現在はF-2と置き換わる形で第二線級の戦闘機となっているが、それでも他国の現行戦闘機と同等レベルの性能を誇る。
「・・・フン、貴様は六二期最強のパイロットだ、勘違いするなよ。貴様は他のパイロットと違う、ここまで教育に通常の何倍も金と労力がかかっているんだ。これで死なれたら俺も教官失格だろう。・・・貴様、コックピットカメラで見るときはいつも悪魔のような顔をするな。貴様の本性はそっちか。いいか、死に急ぐことだけはやめるんだ。」
コックピットカメラで監視されるのもあまりよろしくない気分だ。
だがなぜか帝国の練習機には標準装備、エクセリアはそこは諦めるとしようと思い切る。
そしてより操縦桿を握る手に力を込める。
「クソ!俺は基地へ戻るぞ!それに、他の奴らも心配じゃあねえか。教官、どうなってんですか?」
だがエルラのその問いにジークはあまり良い反応を示さない。
「あまりよろしくなさそうだ、既に他のものが連絡を取ろうとしたが既に返信は帰ってこない。」
「・・・クソ、アイツらだって腐ってもエースになる素質はあるはずだ、しかもあっちは六人だろ、そんな簡単に落ちるかよ!」
上級訓練校、通常の訓練生が同期で一〇〇〇人いる中の十人、自分たちは強いというプライドは訓練生全員が持っている、あくまで実戦経験はない、が。
「馬鹿か、こんな奥地まで帝国のレーダー網をかいくぐってきた部隊だ、ネームドクラスのエースが率いてるに決まっているだろう?」
「・・・そうかよ。だが、ああ、そうだな。・・・いいか!俺は一度帰るぞ、こんな機体で戦えるほどお前みたいに強くないからな!くれぐれも俺が戻るまでに落ちるんじゃあねえぞ!」
「ふゥム、期待しないで待ってるとしようか。・・・そろそろ敵機がレーダーに捉えられる距離だ。エクセリア・フォーデルト上級訓練生、接敵次第遅滞戦闘へ移行する!」
「戦闘を許可!貴様のコールサインはデーモンアイだ、できる限りの遅滞戦闘を。幸運を祈る!」
ジークからコールサインが伝えられる、コールサインを持つことが許される者、それは帝国空軍においてエースを示す。
だがそれにしても自分の教え子にデーモンと名前を付けるのはいささかセンスを疑わざるを得ない。
「・・・デーモンアイ、了解。」
そうしてエクセリアはスロットルを最大に、そしてカチッと言う音がなるまで強く押し込む。
アフターバーナーが点火され、訓練機とは思えない速さで加速していき、すぐにハインコントロールの通信圏外へと出た。
とりあえず0と1話を一緒に投稿しました。
この後も気ままに更新していきたいと思います。