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行方不明

 清水玲は泣いていた。

 突然の出来事だし、無理もない。

 宗二はそう思った。

『医療機関とつながりました。聞きたいことを教えてください』

 ……もう遅い。

 水川が建物に入ってから五分、いや十分は経ってしまっていた。

「いや、もういい」

 途中に立っている雪見乃が水川に伝言しようと言いかけた時、宗二も言い直した。

「遺体の保存方法を聞いて」

 ソファーに横になったまま、五郎坂は完全に反応しなくなっていた。

 救急車も、警察も、自衛隊も、まだまだこの洞窟ホテルに来るには時間がかかる。

 洞窟内の問題は、自分達で解決しなければならないのだ。

 小川を通じて、ホール内に声が響き、遺体の保管方法が示された。

 暖かくならない場所にそのままの状態で置いておくということだった。

 温度などの管理に関しては、洞窟内はベストだと思えた。

 だが、誰もが触れないように箱などに入れることはできない。

 このままソファーごと人目に触れない位置に置くのは、犯人が遺体に細工する余地を与えてしまう。だからと言って全員が見ている場所に安置するのは、気味が悪すぎる。

「困ったな……」

 建物の方から、雪見乃が言った。

「ソファーの背もたれで、遺体が見えないように『こういう向き』に回して置いたらどうですか?」

 雪見乃の手振りを見ながら、掃除は考えた。

「そうか、それが一番簡単だな。皆、手伝ってくれ」

 ソファーを回転させ、遺体がパッと見分からないように配置した。

 これなら遺体は目に入りにくく、けれど遺体に画策しようとする人を互いに牽制できる。

 誰も話さない状況から、宗二が口を開く。

「食事だけど、もう食べるのはよそう。何に毒が入っているか分からない」

 シェフである水川は否定する。

「毒なんて盛ってません」

「誰もシェフが毒を盛ったとは言ってないでしょう」

「結果としてそういう意味じゃないですか」

 宗二は頭に手を当てた。

「現実問題とし、五郎坂さんが苦しんでいる間、食事や水に何があったか誰も記憶していないでしょう? もしこの騒ぎの間、テーブルに乗っている食事や水を観察している人がいたら、それは彼が毒で苦しんでいることを最初から知っていた人物だけだ」

 雪見乃が言う。

「じゃや、とりあえず現時点の食事の配置を写真にとって、食器はこの状態のまま、どこかに避けておきましょう。間違って食べないようにするのと、犯人に証拠隠滅されないように」

「一つのテーブルを潰してそこに積むしかないな」

 早速作業が始まる。

「ねぇ、二人ともなんでそんなテキパキ仕事できんのよぉ」

 酔っ払った五条栄子はそう言って宗二に絡んできた。

「まるで事件が起こるのを知っていたみたい」

「僕が知ってるわけないでしょう」

「またまたぁ…… やけに冷静だもの。ねぇ」

 清水が五条の言葉を聞いて、宗二に厳しい視線を向けた。

「玲さんまで、僕のこと、そんな風に思うんですか」

「……」

 片付けたテーブルを端に寄せた。

 それを見て雪見乃が言った。

「みなさん。私、提案があるんですけど」

 五条が皮肉を込めて言う。

「もう一人の怪しい人物からの提案ね。一応聞いてみようかしら、はい、どうぞ」

「五郎坂さんが毒殺された、この件が『特定の個人』を狙った犯行だったらと仮定した上での話です」

 誰も返事をしない。

 仕方なしに宗二が反応する。

「また僕がいうと疑われるけど、言うよ。毒を盛った人物が、無差別に殺人しようとしたなら、もっといろんなものに盛った、つまりもう何人か死んでいておかしくない。だったら、狙ったんじゃないか、と考えるのは理にかなっていると思うよ」

「宗二さんありがとうございます。その仮定の上で、今後の食事について提案があるのです。水川シェフに作るのをお任せするのはそれでいいとして、どれを誰が食べるか分からないようにして食べませんか。例えば、全部皿に盛った後に、くじ引きで皿を取るとか」

 五条がバカみたいに笑い出す。

「面白いじゃない。自分で盛った毒に、自分が当たると言うわけね」

「そうです。その可能性があれば犯人は毒を盛らないのではないかと思います」

 五条は酔っ払っているようだが、冷静に反応した。

「バカね。本当に殺したい相手がいるなら、他の誰を殺してもいいからって、全部に毒入れる可能性あるでしょ」

「犯人は毒を入れたのがわかっているから、死にたくなければ最後まで口にしなければいいわけだ」

「その通りよ」

 五条はそう言った。

「じゃあ、口にする順番も決めればいい。あるいは全員で同時に口に含むことにするか」

「慎重にやるならそこまでやるべきね」

 雪見乃がまとめるように言う。

「とにかく、この運用をすれば、毒を盛られる可能性はかなり減ります。閉じ込められた洞窟の中で、食事の安全性を確保する方法としては良いかと思います」

「そうしようか」

「水川さん。ホテルのスタッフさんのお食事は?」

「まだです。『まかない』は作ってあって」

 建物の方から声がした。

「水川さん」

 漣は宇崎を連れて水川の方に寄ってくる。

「水川さん、宇崎さんが運送業者の人を見てないって」

「ひげを生やして、つなぎを着ていた人ですよね」

 宗二の言葉に漣は頷いた。

「そいつが健太に毒を」

「健太って五郎坂さんだよね」

 宗二は思う。運送業者と旅行客として偶然このホテルで一緒になった、としたら『毒殺』した犯人とは考えづらい。いや、もし偶然でなければ……

「とにかく探しましょう。バラバラに探すと危険だから、全員で」

「どっちを探しましょう」

 水川の問いに宗二は首を傾げた。

「どっちとは?」

 水川シェフは言う。

「この大きな空間を中心として、自然のまま残っている鍾乳洞側と通路が整備された部屋側があります」

「最後に運送会社の人…… お名前なんて言いましたっけ」

(とどろき)さんです」

「轟さんを見た人は?」

 誰も口を開かない。宗二が言う。

「確か、最初に落石で閉じ込められたと告げられた時、ここに集まっていましたよね」

 宇崎、漣、雪見乃、そして水川も頷いた。

「記憶にないけど」

「五条さん、ほら、特徴的なのは口髭でしたよ。小太りな体型で」

 玲と五条はやっぱりピンとこないようだった。

「誰も見ていないなら…… 自然のまま残されている鍾乳洞側を探しましょう」

 五条がすぐに噛み付いてきた。

「なんでそんなことしなきゃなんないのよ」

「この閉鎖空間で、未確認のままの人物を泳がしていると、危険だからですよ」

 雪見乃が割り込んでくる。

「五郎坂さんが入った鍾乳洞側にいると考えたのは、二人の間に何かトラブルがあったの考えてのことですか?」

「いや、そこまでは考えていないけど」

「わかった。じゃあ、あんたたちが探してきなさいよ」

 五条は椅子に座って足を組んでいる。

「けど五条さん、一人で残っていると、危険な場合も考えられます」

「犯人がこの中にいる可能性があるのに、一緒に行動できないわよ」

「わかりました。五条さんはここに残ってください。その代わりラジオの人と電話で話していてください。何かあったら、そのまま小川さんに犯人の特徴を告げてください」

「あんた、真面目(マジ)で言ってるの?」

 清水が宗二の袖を掴んだ。

「まって、この人を建物に入れて大丈夫? 建物の中には食糧があるのよ。この人が犯人だったら」

「……わかったわよ」

「どういうことです」

「一緒に行くわ」

 建物に鍵を掛け、全員で鍾乳洞側の探索を始めた。

 ホールから先の鍾乳洞は、自然のままに残してあった。

 完全に装備した状態でなくとも踏破は可能だが、服を汚さないと言うわけにはいかない。

 手をついたり、水溜りに足を踏み入れる必要があった。

 全員で協力しながら、声をかけながら鍾乳洞を探していく。

「轟さ〜ん」

 漣が声を上げた。

 水が溜まっているところがあって、清水や漣はそれを飛び越え、水川は長靴なので気にせず進んでしまう。

 宇崎は長靴ではなかったが、あまり気にした様子もなく歩いて渡った。

 宗二、五条、そして雪見乃が残っていた。

「水溜りに入るのはイヤよ。おんぶなさいよ」

「えっ?」

「男はあんたしかいないでしょ?」

 宗二は『男なら宇崎もいるだろう』と言いかけたが『わざわざ呼び戻し』て彼に任せるわけにもいかない。

 五条に背中を向けると、五条が首に腕を回してきた。

「おっ……」

 体がふれた部分の感触が、柔らかいとか、暖かいとか、気持ちいいとか、そういう感情の前に『重い』と言いかけて止めた。

 雪見乃が笑いながら宗二の顔を覗き込んでくる。

「ウエハラ?」

「……」

 変なところに嗅覚を発揮する、と宗二は思った。

「今、『おっ』って言ったじゃないですか」

「う、ウェイトハラスメント、とでも言いたいんですか?」

 宗二は自分で白状してしまう。

「何よ! あたしが、重いとか言うわけ?」

 宗二の背中で、五条は体を揺する。

「危ない!」

「いいわ。重くてもなんでもいいから、早く渡してよ」

「……」

 五条を反対側で下ろすと、宗二はやけくそ気味に水溜りを歩いて雪見乃のところに戻った。

 同じように背中を向けて構えると、雪見乃の細い腕が肩にかけられた。

「ぺっ……」

「聞こえたわよ! 別に体を密着させてないんだから、こっちの体型なんて分かるわけないでしょ?」

「いや、別に何も言ってませんよ」

「『ぺったんこ』って言いたかったんでしょ。知ってるわよ」

「それは雪見乃さんの推測でしょう」

「あんたたち仲いいのね」

 五条が腕を組みながら、呆れ顔でそう言った。

『誰が!』




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