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事件

 洞窟ホテルの客が夕食を食べ始めてしばらくすると、ラジオがかかった。

『こんばんは、小川宏です。夕食の時間かと思いますので、おしゃべりではなく、音楽をかけさせていただきます。曲目は「この夕べ」じっくりとお楽しみください』

「……」

 小川の『ベシャリ』が延々と続くようなら、宗二は文句の一つでも言ってやろうと思っていた。しかし、すぐに音楽が始まって拍子抜けしてしまった。

「このラジオは切れないのかね。ホテルのスタッフが出来ないなら、僕がその機械を見てみたいよ。何か手段があるはずだけど」

「宗二さんのそれ美味しそうですね」

「みんな同じメニューじゃないの?」

「さっきこの机の札を動かそうとして怒られたとき、言ってたじゃないですか」

 宗二は首を傾げた。

 すると調子の外れた声が聞こえた。

「全く、こんな洞窟に閉じ込められたってのに、どいつもこいつも、大人しく座って食事なんかしてるわね」

 五条栄子だった。

 立ち上がって、ビンのビールを持って歩いている。

 もう酔っ払ったのか、と宗二は思った。

「こら、黙ってないで、お前も飲め」

 宗二はコップに手を当てて塞いだ。

「僕はお酒飲めないので、けっこうです」

「しけてやがんな、おら、そっちは?」

 宗二のところをパスすると、五条は五郎坂のテーブルに向かった。

「おら、コップだせ」

 その様子を横目で見ながら、宗二は雪見乃に言う。

「酒癖悪いな」

 雪見乃は苦笑いしながら、五条の行動を見ている。

 五郎坂がグラスを出すと、五条がビールをつぐ。

「飲め飲め」

「これ飲んだら、投資の話、聞いていただけませんか」

「ああ、何でも聞いてやるよ」

 赤い顔の五条はご機嫌な調子でそう答えた。

 五郎坂はグラスを軽く上に持ち上げると言った。

「約束ですよ。じゃ、いただきます!」

 五郎坂は立ち上がり、一方の手を腰に当て、グイグイ飲んでいく。

 飲み干した後、俯いてしまった。

「何だこれ…… 不味(まず)い」

 そう言って後ろを向くと唾を吐いた。

「水くれ水」

 清水玲がピッチャーに入った水をコップにつぎ、五郎坂に手渡す。

 先ほどと同じ格好でグイッと水を飲み切ってしまう。

「なんだ、この水も…… どうなってんだ」

「そう?」

 清水は自分のコップを口元に持っていき匂いを嗅ぐ。

 宗二は自分のテーブルにある水を手に取り匂いや、色を確認した。

 五郎坂は激しく咳をすると、椅子を倒しながら膝をついてしまった。

「キャァ!」

 清水が五郎坂の様子を見て叫んだ。

「あなたもお酒ダメなの? だらしないわね」

 五郎坂が倒れているのを見ながら、五条はビールを手酌して喉に流し込む。

 清水は五郎坂の背中をさする。

「血を吐いてる! それお酒ですか! 救急車を呼ん……」

 ここは洞窟の中で、出入口が塞がっている。状況は県も、国も把握しているがまだ救助の自衛隊も到着できていないのだ。ましてや救急車を呼んでもここに来ることは出来ない。

 宗二は立ち上がって言う。

「とにかく、ゆっくりそこのソファーに寝かせよう」

 宗二と雪見乃、清水、漣の四人で、五郎坂をホールの端にあるソファーへ運ぶ。

 真っ赤な血を吐いている。

 肌の下の血の色も、異常に赤く見える。

「呪い……」

 清水玲がそう言った。

「百物語の真似なんかするから、霊が呼び込まれたんだ」

 玲の言葉に、宗二は寒気がした。

 彼女はそう言うことを言うタイプの人間ではない、と思っていたからだ。

 投資話を持ちかけていている、化粧やファッションに気を使う『超現実的な女性』のはずだ。

 それが『呪い』だの『霊』だのと口にする。

「ただでさえこういう洞窟で『澱み』がちなのに」

 澱み、と言うのはなんだろう。

 その筋の人たちが使う言葉なのだろうか。

 宗二は清水の後ろ姿を見つめていた。

「頭が!」

 そう言うと五郎坂は頭を抱え、悶え苦しみだした。

「何か吐くために、桶か何かを!」

 漣が急いで建物に戻るところに、宗二はさらに叫ぶように問う。

「君、彼は何かアレルギーが?」

「アレルギーの話自体、私は聞いてないんです。アレルギーのことなら、水川シェフを呼んできます」

「頼む!」

 ホールの中の建物に入ると、大きな声で騒いでいる声が聞こえる。

『そろそろディナーの時間も終わりに近づきました。ここからは軽妙なトークでお時間を……』

「おい、この放送やめさせろ」

健太(けんた)、しっかりして!」

 体が痙攣し、五郎坂は息がまともに出来なくなっていた。

「これは何かの中毒に思える。たった一杯のビールで急性アル中というのも考えづらい」

 宗二は顎に指を当てながら考える。

「とにかく吐かせよう。毒が入ったのなら、吐いて空にすれば」

 水川シェフがやってきた。

「彼の情報としてアレルギーはありませんでした」

「彼のメニューは?」

 水川はポケットからメモを取り出して、彼のメニューを読み上げた。

 そして最後に付け加えた。

「これは清水さんと同じメニューです」

「……じゃ、その素材に梅とかの実を使うことは?」

「そんなのは毒ですから、使用しません」

 雪見乃が言う。

「未成熟な梅の実が毒なのはシェフなら知ってますよ。常識ですから。宗二さんは、五郎坂さんが毒を盛られたと思っているんですね。だとしたら、ビールも、この水だって」

「……」

 宗二は五郎坂のテーブルに目をやる。

 五条がそのテーブルの椅子に座って、ビール瓶からラッパ飲みをしている。

 酔っ払った五条があのテーブルの食べ物を口にしたら……

「雪見乃さん! あそこのテーブルの食べ物には、誰も触らないようにしてくれないか」

 宗二は考えた。

 雪見乃はビールの可能性も言ったが、五条の様子からあのビールそのものではない。

 ビールがきっかけならグラス側に仕掛けがあったことになる。

 水だとすると清水さん自身も危険に晒されている。

 後は、食事に混じっていた可能性があるがこれも清水さんも口にしている可能性が高い。

 宗二が考えている間にも、五郎坂の容態は悪化していく。

「電話をして、このラジオの人を経由して医者と繋いで!」

「どういう意味ですか?」

 頭が固いのか、単に理解が悪いのか。

 宗二はイラッとしながらも、自分がやりたいことを、ゆっくり説明した。

「ラジオの人から外部の救急医療機関に電話を繋ぐ。こっちのいうことを建物の電話から伝言して、ラジオの人が医療機関の人にいう。医療機関の人の回答をラジオから僕に伝えてもらう。そういうことです」

 水川は無言で頷くと、建物に走っていった。




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