初日の夕食
宗二はため息をついて席に座った。
『先ほどお伝えした情報で、こちらスタジオ側の食糧等の問題ですが、社長からホテルの売店にある食料について許可をもらいましたので解決しました。お騒がせいたしました』
五条が言う。
「本当にこのラジオ、やめさせられないかしら」
『そこで早速売店からいくつかお饅頭を持ってきましたので、ご紹介します。今私の机の前にあるのが左からユカワ饅頭、ナツメ羊羹、カジダ餅です。ユカワ饅頭はなんと申しましょうか。温泉地にある小さめのお饅頭ですね。それに似ています。では、一口』
「では、僕は失礼して部屋に戻ります」
宗二はこれ以上聞いてられないという様子で立ち上がった。
雪見乃も宗二についていくように動いた。
「続きは夜にしましょうか」
そう言うと、五郎坂も立ち上がった。
清水玲も席を立ち、軽く会釈をした。
五条も立ち上がると吐き捨てるように行った。
「アタシも耳栓でもして寝るわ」
『うーん、うまい。うまいけど、これのどこがユカワなんでしょうかね。名前が謎。地名ともあってませんしね』
水川が声を張り言った。
「夕食は六時半となりますので、みなさんこちらにお集まりください」
「……」
『このナツメ羊羹は奇妙なフレーバーの羊羹ですね。ちょっと食べたことない感じです。珍しいお土産ですよ』
誰もいなくなったホールに小川宏の声が鳴り響いていた。
宗二は部屋で寝ていると、ノックの音で目が覚めた。
「はい、どちらさま?」
「雪見乃です」
宗二はベッドの脇にメガネを置いたまま、扉を開けた。
「何の御用ですか」
「食事に行きましょう」
「もうそんな時間ですか」
雪見乃は頷いた。
「ちょっと待ってください。もしあれなら部屋に入って待っててください」
「そんなに時間がかかるなら、一旦部屋に戻って……」
雪見乃は部屋に戻りかけた。
「そんなには時間かかりませんよ。メガネをとってくるだけです」
「じゃあここにいます」
宗二はメガネをとって、鍵をポケットに入れると部屋をでた。
「この鍵、あまりに簡単なのでする意味あるのかと」
「鍵も簡単ですが、扉も簡単ですよね。力があれば簡単に破れそうです」
雪見乃の言う通り、宗二も扉とその周囲の作りが簡単なことは気にしていた。
「出入口が土砂崩れで埋まっているから、他の人は入ってきませんけどね」
雪見乃は微笑んだ。
「中の人は信用できますか?」
「信用が出来る、出来ない、じゃなくて、何かしても逃げれませんからね。されたのに気づけば捕まえたり取り戻すことは出来るんじゃないですか」
二人は通路を歩き始めた。
「ところで雪見乃さん。あなたは一体何者なのですか?」
「いきなりズバリの質問をしてきますね」
「突然、ヒッチハイクで乗り込んで来て、話をしていると同じホテルに泊まると言い出した。たまたま部屋があったからいいものの、あなたは何者で、目的は何なんですか」
宗二は雪見乃の横顔を見た。
口元が笑っているように見える。
「宗二さんの推測を教えてください」
「例えばですが、僕に恨みでもあるとか?」
「フフフ。そんな悪いことばかりしてきたんですか」
雪見乃に見つめられて、宗二は手を振って否定する。
「自分自身は悪いことをしたつもりがなくても、他人は勝手に恨むものですからね」
「宗二さんに恨みを持ってる訳じゃないです。やっぱり、まだ説明出来る時じゃないみたいですね」
雪見乃は宗二の顔を通り越して、どこか遠くを見ている。
気づいた宗二は振り返った。
「玲さん」
「宗二さん、どうですかゆっくり休めましたか」
「ええ。ネットも何も繋がらない。何にも煩わせるものがない、という状況は素晴らしいですよ」
玲は少し強張ったような笑いを浮かべる。
雪見乃が宗二の後ろから言う。
「玲さんはせめてネットがあった方が良かったという表情ですよ」
「そうなんですか? このホテルの話をして、お誘いした時は……」
「いえ、いえ、そんなことないですよ。私たちはZ世代ですから、逆にネットがないのは新鮮で」
宗二が雪見乃の方を向く。
すると玲は雪見乃を睨みつけた。
「雪見乃さんはZ世代?」
「それはエイハラです」
雪見乃はそう言って笑った。
雪見乃は宗二を見つめ、玲の表情に気づかぬふりをしている。
「えっ? 直接的に年齢を聞いたわけじゃないし、これくらいはいいんじゃないの?」
「対人関係の中で生じるものですから、受け手が不快だと思えばハラスメントなんですよ」
「厳しいなぁ」
そんな調子で、三人はホールへと歩いて行った。
ホールに着くと、五郎坂がすでにテーブルについていた。
五郎坂は手を上げると、言った。
「宗二さん、こっちで食べましょう」
宗二は近づいていくと、テーブルそれぞれに札が立っているのに気づいた。
「五郎坂さん、どうやら部屋ごとに座席が決まっているようだ」
五郎坂のテーブルにはもう一つ札があった。
それを見て清水玲が座った。
「私はここね。どういう並びなのかしら」
宗二は見回して札を見つけると、札を手にとって玲の横に置こうとした。
「すみません!」
と、ホテルスタッフの漣が建物から大きな声を上げて注意した。
「すみません。札をテーブルから動かさないでください。アレルギーなどがあって食事のメニューは個人ごと違っています」
雪見乃は宗二の横を通り過ぎる時に言った。
「怒られちゃいましたね」
「札の通りに配ればアレルギーとかの問題はクリアなはずだ。なぜそんなことにこだわるんだ」
ブツブツ言いながらも宗二は札を元のテーブルに戻し、自らもそこに座った。
「同じテーブルですね」
と、雪見乃が言うと、宗二は言い返した。
「不本意ながら」
「嫌われちゃいましたね」
そう言うものの、何とも思ってないような笑顔を浮かべていた。
五条栄子の札は、別のテーブルになっていた。
五条はまだホールに来ていないようだった。
宗二はスマフォで時間を見た。
「まだ五分前か」
漣が通路の方に消えていくと、すぐに引き返してきた。
「いらっしゃいました」
そう言って漣はホール内の建物に戻る。
漣ないなくなった通路に、五条栄子が現れる。
「全員お揃いとは驚いた…… みなさん暇なのね」
「……」
清水玲と五郎坂は、五条の方に向かって愛想笑いして返した。
宗二は雪見乃に言う。
「これはヒマハラ?」
「宗二さんが『ヒマ』と言われて不快に思ったのなら」
「雪見乃さんは?」
雪見乃は笑顔で答える。
「私はそもそもヒッチハイクするほど『暇』ですから」
五条がゆっくり席に着くと、漣が料理を運び始めた。
五条、雪見乃、宗二、と食器を置くと、また建物に戻っていった。
建物からは、今度は漣ともう一人、男のスタッフが出てきた。
「……」
宗二はその男のスタッフの耳が聞こえていないか、あるいは非常に聞き取りづらい人であることを思い出した。
漣が先にテーブルに到着して、また五条、雪見乃、宗二と順番に食器を置いていく。
宗二は漣に小さい声で呼びかけた。
「彼、名前は何というの?」
「宇崎と言います」
玲と五郎坂の方には宇崎が運ぶことになっているようで、食器がまだきていない。
一向に準備が進まない為、イライラした玲が、戻ろうとする漣に言った。
「こっちにはいつくるの?」
「こちらのものが運んでいますので」
トレイを胸に抱えながらそう言った。
五郎坂が言う。
「けどさ。あの人、運ぶのが遅いじゃない。君がやってよ」
「ですが……」
建物の扉が開き、水川が言う。
「……すみません。残りは私が運びます」