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非常事態

 洞窟ホテル。

 その部屋は、剥き出しの鍾乳洞に仕切りと扉がついただけの部屋だった。

 鍾乳洞の先は袋小路になって閉じている。ベッドの上など、必要な天井は補強されていて、水などが垂れてくる心配はない。

 トイレは通路側構造部に、お風呂というかシャワーも、やはり共同でホールと呼んでいる大きな鍾乳洞の建物にあった。

 ホテルのスタッフに部屋を案内されてから、清水(きよみず)(れい)は、スマフォを持ってずっと自分の部屋動き回っていた。

 動き回りながら、スマフォを高く上げたり、下げたり、画面を繁々と眺めてから、最後にため息をついた。

「……マジで圏外なのね」

 玲はスマフォをベッドに放った。

「どうやって暇つぶしすればいいのよ」

 自身もベッドに腰掛けた瞬間、ドアがノックされた。

「どなた?」

「俺だよ」

 玲は立ち上がって扉の方へ行く。

「投資の話が済むまで会わないって。自分で言ったこと忘れたの?」

 扉を開けると、そこには五郎坂が立っていた。

「そういうことで来た訳じゃない。ホテルの人から話があるんだって」

「話がしたいなら、ホテル側からこっちに出向いて来なさいよ」

「さっきの物音の件らしい」

「だから!」

 続きを言おうとした時、玲の視野に一人の男の姿が映った。

「宗二様」

「玲さんも早くホールへ行きましょう。何か重要な説明があるみたいですよ」

「ええ、すぐ向かいます」

 五郎坂は玲の変わり身の速さに呆れた顔をした。

「俺は宗二さんと先に行ってる」

「……」



 玲は少し化粧を直すと、通路に出てホールに向かった。

 ホール部分も鍾乳洞になっていて、共同で使うトイレや風呂がある建物が建っていた。

 玲がつくと、最初に部屋を案内したホテルのスタッフが、集まった人を見ながら人数を数えているようだった。

 その女性スタッフが玲に言った。

「……五条(ごじょう)栄子(えいこ)さんでしょうか?」

「私は清水(きよみず)です」

「失礼いたしました」

 慌てたように頭を下げる。下げた頭を見ると、そのスタッフは自らの長い髪を、後ろで丁寧にまとめ上げているのが分かった。

(さざなみ)さん。お客様はまだ集まらないの?」

 コックコートを来た女性が、数えていたスタッフにそう言った。

「すみません。もう一度呼んできます」

「早くして。緊急の要件なのよ」

 漣と呼ばれたホテルのスタッフは、慌ててホールを出て通路に走っていった。

「何があったんですか?」

「皆様がお揃いになったところでご説明いたします。もう少々お待ちくださいませ」

 コックコートを来た女性は、貼りついたような笑顔でそう言った。

 メガネの男性の近くに、フリルの付いたワンピースを来た女性が立っており、その女性がメガネの青年に訊ねた。

「宗二さん。一体何があったんでしょう?」

「さあ、それをこれからホテルの方の説明がする訳なので、僕は知り得ないことです」

 宗二と呼ばれたメガネの青年は先ほどとは別の書類を見ながらそう言った。

「つまらない答えですわ。推理してみませんか? わざわざ、全員を集めて説明するなんて、よっぽどのことがあったのだということです。例えば人が死んだとか」

「それはかなり飛躍した答えではありませんか。僕は先ほどの物音に関してだと思いますが」

「確かにあの音がした時、洞窟全体の空気が揺れたように感じました」

 通路から大きな声が聞こえてきた。

「説明ならわざわざ人を集める必要ないでしょ? すぐに話せばいいじゃない」

「個別に話すのはフェアじゃないと」

「誰がそんなこと言うのよ。一人一人話して、最終的に全員に話せば同じじゃない」

 そんな会話をしながら、明らかに質の高そうなコートを羽織った女性客が現れた。

 シェフは女性客に言った。

「五条栄子さんですね」

 連れてきたスタッフの漣が頷く。

「これで全員揃いました」

 女性シェフがそう言うと、五条栄子は腕を組んで言った。

「もったいぶらないで早く説明しなさいよ」

「勿体ぶっているわけではないのです」

 そこまで言って、女性シェフは真剣な顔をして頭を下げた。

「私は、水川(みずかわ)桜子(さくらこ)と申します。現時点での、当ホテルの責任者代行です。皆様方に伝えなければならない事態が発生しました」

「だからなんなのよ」

「すみませんが、あなた一人に言っているわけではないんです。静かにしていただけませんか」

「……」

 五条は視線を外し、斜め上を見上げた。

「先ほど、大きな物音を耳にした方がいるかもしれません。あれは、この洞窟の入り口を塞ぐ落石の際に発生した音と思われます」

「!」

 ホールにいた全員が水川の顔を見つめた。

「そこしか出入り口ないよね。つまり、閉じ込められたってこと?」

「待って、待って、このままじゃ窒息死しちゃうの?」

「なんでそんなこともっと早く言わないんだ!」

「奥に行けば別の出口があるんじゃないの?」

 水川は、各々に向き合いながら返していく。

「はい、その通りです。我々は閉じ込められました。ただ、県に連絡が取れていますから、七十二時間の間に救出の作業が開始されます」

 ワンピースを着た小柄な女性は、水川が話しかける相手を一人、一人確認した。

「次ですが、洞窟には穴があるので、窒息はしません」

 水川の表情に感情は現れず、変わらないが、瞬きはしている。

「いち早くお知らせしようと思いましたが、お客様が出入り口に殺到して新たな怪我をされないように、対策をしてから説明する必要があったのです」

 長い言葉も淀みなく話す。水川には言葉を噛みそうな雰囲気すらない。

「洞窟の説明ですが、奥に出口はありません。酸欠にならない程度に穴は開いていますが、人は通れないのです」

 一言一言、用意していた言葉を読み上げているのだろうが、正確だった。

 水川が話し終わった後、誰も言葉を発せず黙っていると、小柄な女性が口を開いた。

「七十二時間と言うのは作業の開始であって、外へ出られるのが七十二時間内ではないんですね?」

 メガネをかけた青年が、その女性の声を聞くと言った。

「ちょっと、雪見乃(ゆきみの)さん」

 二人のやり取りに構わず、水川は言う。

「その通りですが、安心してください。水はありますし、この建物の中の食料は、一週間分以上はあります」

 イケメンの五郎坂が反応した。

「流石に一週間もあれば、人が通る穴ぐらいは開くか」

 それに呼応してか、清水玲は言う。

「電気も来てるし、生きてはいけるっぽい」

 雪見乃と呼ばれた小柄な女性が言う。

「本当に出れないのか、洞窟の出入り口を見てきてもいいですか?」

 シェフである水川が言う。

「岩が崩れてくる可能性があります。立ち入り禁止のロープより先に行かなければ、見ても構いません」

 コートを羽織った五条が突っ掛かった。

「なんであんたがこの場の責任者なの? 単なるシェフじゃない」

 水川は、周囲の人間を一人一人、顔を向け確認していく。

 一人は少年のような顔つきだが、年齢がよく分からない感じのある、制服を着た男性スタッフだった。

 もう一人は髭を生やし、運送会社のジャンプスーツを着た中年男性。

 最後に、五条を連れてきた女性スタッフの漣を見た。

 客以外にこの洞窟内にいるのは、この四名ということだ。

「外のホテルと行き来できる状態ではありませんし、ここにいる他のスタッフより役職が上なので、シェフではありますが、この洞窟内では私が責任者となります。ホテルでは、こういった事態に備えて、マニュアルも作成していますし、訓練も受けています」

 五条は腕組みをしてソッポを向き、横目で水川を見た。

「ふん。なら仕方ないわね」

 雪見乃が、出入り口に向かって歩き出すと、宗二が追いかけた。

「雪見乃さん。僕も行きますよ」

 二人が通路に入っていくと水川がスタッフに指示した。

「漣さん、お客様が危険な場所に立ち入らないよう、すぐ追いかけて」

 ホテルの制服をきた漣が呼びかけながら、通路に入っていった。

 清水がぼやくように言う。

「このホテルの一番の問題は娯楽がないことなのよ。なんでワイファイ飛んでないのかしら」

 水川は頭を下げた。

「その点につきましては(わたくし)もお答えすることができません」

 その時、突然洞窟内に声が響いた。

『聞こえるかい!』

 スピーカーから発せられたその声は、閉じ込められた人に呼びかけるものとは思えないほど明るい調子だった。

『聞こえたら返事して!?』

 もし、タレントに詳しい人がこの場にいたら、この声に聞き覚えがあったかもしれない。

『出入り口に岩が落ちて出られなくて落ち込んでいるそこのあなた! 元気出して。僕が放送するから』

 清水が建物の方に行きかけていた水川を呼び止めるかのように、言う。

「何よ、これ?」

 洞窟内に設置されたスピーカーを指差している。

「洞窟ホテル唯一の娯楽である洞窟内ラジオです。今すぐ止めさせますので」

 水川はそう言うと、そのまま建物に入っていった。




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