ホールに残された者
「まずくないの?」
そう言った後、五条はトーストにしたパンを頬張った。
「な、何がですか?」
雪見乃は動揺しているようにも見えた。
「何が、ってわかるでしょ。あの『僕』ちゃん、清水さんと部屋に行ったのよ。このままだと寝取られちゃうよ、いわゆる『NTR』ってやつじゃないの」
「待ってください。私と宗二さん、何も関係ありませんから」
「『清い御関係』ってわけね。中身はドロドロしているくせに」
雪見乃は向きになってパンを口に押し込んでいく。
「直感的に疑ってないけど、僕ちゃんが全員殺していたってことはないでしょうね」
「……ありえるんじゃないですか?」
雪見乃はそう言って、思考を巡らせる。
食事に混ぜるとしたら水川シェフにしか出来なかったかもしれないが、食器に付着させていたなら、事前にできたかもしれない。例えば食器に『五郎坂様用』と付箋を貼っておけば、スタッフもそう言う『指示』だと思って五郎坂へ持っていくだろう。そのコップにビールを注がれるから、『不味かった』のだ。その後の水にしてもそうだ。だとすると、毒は建物の中で既に混入していたことになる。
後は宗二が建物に入ったかどうかだ。
監視カメラの映像を誰か見れないのだろうか。
「あーあ、何か理由をつけて二人がしけ込むのを引き止めれば良かっただけなのに、なぜそれをしなかったのかしら」
「もう、宗二さんとは何もないんですったら」
雪見乃は向きになってそう言うと、全員の分の食事の面倒を見ていて、ようやく自分のパンにありつけた水川シェフに駆け寄った。
「ちょっと聞きたいことがあるんですが。五郎坂さんが毒殺された時の食器って、どの食器が誰に配置するとか、決められてなかったですか?」
「食べ物を盛ってからはアレルギーが関係するけど、洗い終わった食器が誰に配られるかは関係ないので、そのようなことはしないですが」
近くにいた漣に、雪見乃は視線を向ける。
「シェフの言う通りだと思います」
「この食器をどのテーブルに、とかあらかじめ分けておくことはないということですか」
「そうです」
雪見乃は頭を下げた。
「ありがとうございます。後、建物の監視カメラの映像を確認するすべはないんですか?」
「監視カメラの再生をする場所は外です。ですから、今だと小川さんに頼めば確認かもしれません。ただ、私には機械の場所の指示や操作方法の説明が出来ないのです」
雪見乃は同じように漣に顔を向ける。
「私もわかりません」
「……」
雪見乃は漣の表情が読み取れなかった。
真剣に視線を返してくるというか、それ以上の『気迫』のようなものを感じたからだった。
これをどう受け止めたら良いのかがわからない。
「とにかく、見てもらいましょう。五郎坂さんがビールも、水に対しても、どちらも『不味い』と言ったことが気になって仕方ないです」
雪見乃と水川、漣の三人は建物に入っていった。
そして雪見乃が小川に内線電話をかける。
なかなか出なかったが、ようやく電話を受けた。
『もしもし、小川です。もしかして曲のリクエスト?』
「いえ、違います。よく話を聞いて欲しいんです」
雪見乃は監視カメラの再生装置がないかを探してもらうように頼んだ。
「分かった。探してみる」
そう言って電話が切れた。
しばらく建物で待っていると、電話が鳴った。
小川が折り返してきたのだ。
電話に出ると監視カメラシステムの場所は分かったが、映像を取り出したりすることは出来なかったと言ってきた。つまり、小川にはやり方がわからないか、取り出すにはメディアか、あるいはネットの知識が必要なのだろう。映像を見ながら話ができないとこの問題は解決出来ない。
雪見乃は小川にさらに厳しい要求をした。
「じゃあ、映像を確認できる場所から電話してきてください!」
『なんでそんなにこき使うのよ? 俺、ラジオのDJであってホテルのスタッフじゃないんだから』
「違います、小川さんはホテルのスタッフでもあるんです」
何度かやり合ったが、根負けして小川が場所を移動して電話をかけ直すことになった。
またしばらく待っていると、洞窟ホテルの建物に電話がかかってきた。
雪見乃が取って小川と話をする。
「間違えても絶対に消さないでくださいよ」
『うるさいな、絶対なんて保証できるか』
「よくわからなかったら押すボタンとか、画面の表示とか、全部読み上げてください!」
雪見乃と小川のやりとりは続く。
電話での内容を通じてしかわからないが、建物内の食事の準備の映像にたどり着いたようだった。
『これを同じ時間だけ見なきゃならないの? 退屈なんだけど』
「食事の準備なんて何分もないんだから、見てください。誰か不審な者が入ってきてコップに細工してないか」
結局、二十分ほどの映像を、十数回も確認したが何も得られなかった。
小川の目が悪いのか、カメラ性能が悪くて詳細な画像が見えないのだろうか。
それとも言葉の表現力が足りなくて、映像に含まれる内容の全てが、雪見乃に伝わっていないのか。
水川シェフも、漣も、椅子に座って首を落とし、集中力が切れていた。
電話の先にいる小川も、喋り続けで疲れたようだった。
『もうやめようか。何もないよ。もう見るのも飽きちゃったし』
「もう一度」
『女性にお願いされるのは悪い気分じゃないけど、これは拷問だよ』
「見てください」
『はいはい』
建物側には映像が流れないから、実際は小川が本当に映像見ているのかは分からない。
『ほら、こうやってただ食器を並べてるだけ。どれを誰が持っていくかなんて指示は別に誰もしてないよ。宇崎くんだっけ、食器を持っていったよ』
絶対に何かあるはずだ。
宗二がやったにせよ、そうでないにせよ、狙った食器が狙ったところに運ばれないと特定者を狙った毒殺は成立しない。
小川が何を見ているか、雪見乃は想像するしか無かった。
食事の支度をしている場面を想像し、必死に考えていた。
監視カメラでは音声を記録するものとそうでないものがある。
音声が出ていれば、指示しているとか、していないとか、声のやりとりでわかるはずだ。
「!」
小川にその画像に音声が入っているか聞こうとして、雪見乃は動揺し、固まった。
気取られてはいけない。
何か別のこと、別の話題にすり替えよう。
雪見乃は考える。
「話は変わるんですが、さっきラジオでメッセージが残っていたと言うことですが、どんな音声でしたか?」
『ああ、あれ、なんか変な感じだった。声を変えているのか、そもそもスマフォの読み上げ機能なのか』
「スマフォの読み上げ機能? ですか。あと、メッセージが録音された時刻って分かりますか?」
小川が思い出すような間が開いてから答えが返ってきた。
『……覚えてない。メッセージが残っていたのは、スタジオの方の電話だから、そっちに戻ればわかるけど』
「時間を確認してください。そして、できれば、録音されたそのままのメッセージそのままを聞きたいんですけど」
『やり方がわかんないんだよね。ほら、俺は演者で、機械はスタッフに任せてたから』
小川はいつもの軽妙な仕草を入れながら、そう言っているのだろう。
「留守電再生したらマイクを近づけるだけでもいいですから」
『じゃあ、準備出来次第放送するよ』
お願いします、と言って雪見乃は電話を切った。