欲求
清水玲は宗二の腕を抱きしめたまま、自分の部屋に向かって歩いていた。
宗二はろくに頭が回らず、ただ香ってくる女の匂いや感触、暖かさで思考が止まっていた。
清水の部屋に入ると、宗二はふらふらとベッドの上に腰掛けた。
清水は鍵を閉めて、宗二の体にピッタリ体を寄せて座った。
「ホールで言われたこと。実は本当なんです」
「えっ、言われたことって……」
宗二は動揺した。
「五郎坂がモテることです」
「そ、そうなんだ。やっぱり五郎坂くんと玲さんは恋人だったんだね」
清水は俯いて宗二の太ももに手を置く。
「それは随分昔のことです。宗二さんと会うずっと前の話。彼の浮気が嫌で別れたんです」
「……」
「信じてください」
宗二には、モヤモヤとした感情が渦巻いていた。
「正直に言います」
清水は宗二の手を握って胸に引き寄せた。
「私、欲張りなんです」
顔を横に向けたら、唇が当たってしまうのではないか、と宗二は思った。
「人のモノが欲しくなっちゃうんです」
正面の壁を見ながら宗二は言う。
「僕もそう言うところあります」
「私は極端なんですよ。お金でも、モノでも、恋人でも、もうなんでもかんでも」
宗二がゆっくり玲の方に顔を向けようとすると、玲は唇を重ねてきた。
「!」
宗二はどうしていいかわからず、目を閉じて、玲の体に腕を回した。
玲がしてくるように、互いの唇を求めた。
後ろに倒れていく玲に、宗二は自然と覆いかぶさっていた。
「こうなることは分かってたんです」
「?」
「私、絶対に宗二様と結ばれる運命だって分かってたんですよ」
頭の中で『結ばれる』という言葉が反芻される。
宗二は少し体を離して、玲の顔を、表情を、上半身を見た。
今まで見た清水の中で一番綺麗で、色っぽかった。
何か特殊なフィルターでも掛けられているように。
腕を伸ばしてきた玲に、宗二は再び覆いかぶさっていく。
疲れて寝てしまったのだろう。
目が覚めた宗二は目の前に見える、洞窟の岩そのものが天井になっているのを見て、洞窟ホテルの部屋にいることを思い出した。ホテルに入った途端出入口が土砂崩れで塞がれ、助けが来るまで出られないこと、既に三人が死んでいることも。
ふと隣を見ると玲が寝ていた。
「……」
ちょっと前に二人がしていたことを思い出して、また気持ちが高揚してきた。
体を引き寄せて、キスする。
玲も目を覚ました。
「これ以上されたら壊れちゃう……」
言いながら、笑っている。
宗二の頭の中で何かが燃え上がった。
再びの目覚め。
何時間経過していたのだろう。
宗二は洞窟ホテルの部屋で目が覚めた。
もう一度、これまでの出来事を思い返した。
『私を守って』
何度も、何度も繰り返しそう頼まれた。
恋人と言い切れる自信はないが、だとしても、もう他人じゃない。宗二はそう思った。
そして、このままここにいるだけじゃ玲ことを守れない、と思った。
横で寝ている玲の髪を撫でながら、宗二は思う。
なぜ守ってくれ、と言うのか。玲は本能から、狙われていることを知っているのだろうか。
死体が発見され続けるのは、玲が狙われているからなのだろうか。
玲を狙って、間違えて五郎坂が死んだとか。
玲を殺すのに都合が悪くて、宇崎を殺したとか。
玲自身が犯人の訳はない。
だって、僕が守らなければならない。
宗二は体を起こした。
ベッドが揺れたせいで、玲も目を覚ました。
「宗二様、どうなさったんですか?」
「宗二様、じゃなくて」
「けど……」
「僕も『玲』って呼んでいい?」
宗二は玲の体を引き寄せた。
「それは今まで、ずっとそう呼んで欲しかったんですよ」
「玲……」
「宗二さん」
「宗二でいいって」
「宗二」
お互いが微笑んだ。
「ホールにでも行ってみましょう。喉乾いちゃった」
「そう? でも危険だよ。ここでずっと一緒にいれば、君を守れる」
「ダメよ。宗二だって、お腹も減るでしょ?」
笑ってから、二人は着替えを始めた。