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簡単な朝食

「みなさん、戻りましょう!」

 雪見乃の掛け声で、皆がホールへ向かって歩き出した。

 全員がホールに戻ってくると、宗二と玲はホールの中央のテーブルで俯いたまま座っていた。

「宗二さん!?」

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえるよ」

「玲さんは?」

 俯いたまま、肩を震わせている。

「少し落ち着いた」

 五条が雪見乃に言う。

「早くさっきの続きをやりなさいよ」

「本当の順番はわかりませんが、我々の出会った順番に考えていきましょう。まずは五郎坂さんの件です」

 雪見乃は立ち上がってホールを歩き始める。

 他のものは疲れた顔をして勝手に着席していく。

「あの時の話を整理すると食事をしていて、ビールを飲ませるために五条さんが歩きまわり始め、五郎坂さんに注いだんでしたね」

「何、私が疑われているの?」

「一応、候補です。誰もしっかり見ていないですから、毒を入れてからビールを注いだなど可能性はあります」

「何よ。直後に水も飲んでたんでしょ」

「あんなに酔ってたように見えたのに、そんなこと覚えてるんですか?」

「意地悪ね」

「ちょっと言って良いでしょうか。僕の記憶だと、ビールが不味いと言ってました」

「……」

 玲が背筋を伸ばして、五条の方を振り返って見た。

 泣き腫らして、血走った目が、五条を睨みつける。

「私はやってないわよ。水を注いだ、あんたの方が怪しいわよ」

 雪見乃が言う。

「確かに、可能性はありますね」

 裏返った玲の声が響く。

「だって私水を汲んだだけでしょう。そもそも動悸がないし。水をテーブルに持ってきた奴の方がよっぽど怪しい!」

「……」

「誰でしたっけ」

 その問いをうけ、水川シェフが言う。

「五郎坂さんの配膳を行なっていたのは宇崎です」

「宇崎だって、当時は生きてたんだから候補なんでしょうね?」

「『当時は』って、たった今、亡くなっているのを確認したばかりなのに」

「当然可能性はあります」

 雪見乃はそう言うと、周りを見渡した。

「他に候補は?」

「食事を作った水川さん」

「私は毒など入れていません」

 五条が手を広げて呆れたような声を出す。

「みんな入れてないわよ」

「ここまでですかね。では次にいきましょうか。轟さんの件です」

 雪見乃は少し息をついて、歩きながら状況を説明する。

「轟さんの遺体は、自然の洞窟を残してあるセクションで見つかりました。発見された状態は、体から鍾乳石が突き抜けている状況です。ただ、転んで突き抜けるには不自然だと思います」

「専門家じゃないのに、偉そうね」

「けど、あの程度の突起で、人の体を貫通したとは考えにくい」

 と、宗二が雪見乃に援護射撃をした。

「まあ、いいわ。そもそも事故死なら意味はないわけよね」

「五条さん、その通りです。五条さんはいつから見かけなくなったのかが不明です。他殺だとしたら、自然の洞窟に行っていた五郎坂さん、川水さんが候補と言ったところでしょうか」

「五郎坂さんの後で戻ってきた、漣さんも候補だよ」

 宗二は自然の洞窟の方を指さしながらそう言った。

「……」

「ちょっと待ってよ。川水は存在自体知られてないんだから、毒殺の犯人としても候補なんじゃないの?」

「ただ川水さんは、食事中にいなかったわけで、毒をピンポイントで仕込めるとは思えませんが」

「じゃあ、これで締め切りましょう」

 雪見乃が言うと、五条は疑うような声で言う。

「これだけの材料で推理できるの?」

 雪見乃は小さく頷いて、話し始めた。

「事故や自殺という線を考えると、毒殺だけが問題になります。五条さん、清水さん、宇崎さん、水川シェフが基本の候補になります」

「私はやっていません」

「生真面目シェフは口答えしないで」

 五条はイライラしていた。

「……」

 雪見乃はまとめる。

「事故でなかった場合は、川水さん、五郎坂さん、漣さん、五条さん、清水さん、宇崎さん、水川さん」

 ぐるぐるとホールのテーブルの周りを歩きながら、次のパターンをいう。

「自殺でなかった場合は、水川さんが二票、五条さん、清水さん、宇崎さん」

 深呼吸して、次のパターンを言う。

「事故でなく、自殺でなかった場合は、水川さんが二票、漣さんも二票、五条さん、清水さん、五郎坂さん、宇崎さん、川水さん」

「じゃあ、やっぱりさっきの二人になるんじゃない」

「そうじゃないです。最後のパターンとして言ったから、そう思っただけです。事故や自殺の可能性から判断しないといけないんです前提が狂ったら、全く違う結果になるんですから」

「事故死は可能性が低いが、自殺は可能性が高い気がしますが」

「くどいです。私はやってません」

「本当にうるさいわね」

 五条は苛立った声のまま、今度は雪見乃に言う。

「はい次。自殺、事故の確率を決めなさいよ」

 雪見乃が神妙な顔をして答えを保留すると、宗二が口を挟む。

「重要なことを忘れてる。それは動機だ」

「なら、この女に決まってるじゃない」

 五条はそう決めつけて、清水を見た。

「イケメンだったからね。おそらく浮気でもしたんだろ。普段から毒を持ったまま狙ってた。私のビールを『不味い』とか言うから、チャンスだと思ったんだ」

「鬼」

 清水が誰に向かってか、そう言った。

「私が? 何で? 知らない人間を殺すわけないでしょ」

「けど私じゃない」

「じゃあ、そっちの『僕』ちゃんでしょ。あいつとこの()を奪い合ってたわけだから」

「宗二様!」

 清水がそう言って宗二の方を見ると、宗二は手を振って否定する。

「僕は動機について否定はしないけど、五郎坂さんの毒殺は出来ないだろ」

 五条は続ける。

「そこの『僕』は、こういう場を仕切ってれば疑われないとか思ってる感じがするし」

「僕が毒を盛るには、食べ物を配る前になる。それは誰に配られるか分からないメニューを見て仕掛けなければならない。だとするとやっぱり毒は食事中だ。そうなるとさっき言った候補の人以外はできないよ」

「他の動機はないのかしら」

 五条は、周りの人物の顔を順番に見ていく。

「五条さんの言った通り、知らない人を殺そうとしない限り、動機なんて身近な人物しか持ってないよ」

「じゃあ、五郎坂さんはこの二人」

 宗二は仕方なく頷いた。

「轟さんについては?」

 水川シェフは言い切る。

「動機がある人間は、誰もいないと思います」

 漣が付け加えた。

「たまたま、昨日配達になった業者さんが轟なので」

 轟さんを事故とするのは無理があるが、突然やってきた轟さんを殺した動機を考えるのはもっと無理だった。

「……この件は終わりだな」

 宗二が言うと雪見乃が、宇崎の件に話を切り替える。

「宇崎さんの件は、鍵の関係も、動機の関係も、お二人に限られるんですが」

「私はやってません」

 漣も続いた。

「私も同じです」

「……」

 さっきから水川シェフの言葉に突っ込んでいたのに、今回、五条は唇に指を当てて黙っている。

「お腹すいた」

 突然、川水が言った。

 水川シェフは待っていたとばかりに話し始めた。

「お腹が空いたらイライラしますからね。ここらへんで食事にしましょう」

「食事の話し合いをまだしていないぞ」

 宗二は言った。そもそもここに集まったのは、食事に毒を盛られないようにするにはどうするか、を話し合うはずだったのだ。

「袋に入ったパンがあります。全員の前で開ければ問題ないでしょう」

「ええ、それは安全だと思います。ひとまずそうしましょうか」

 水川シェフと漣がテーブルにパンとジャムを置いた。

 食パンは袋に入っていて、四枚で一袋だった。ジャムは一人分の小さいパッケージになっていた。

「飲み物もペットボトルの飲料水を配りますので、各々持ち歩いていただければ」

 その場で袋を開け、パンを配った。

「トーストにしたい人はこちらにきていただければお焼きします」

 とりあえず食事が始まった。

 宗二はそのままジャムを塗りつけて食べた。

 川水を横目で見ながら考える。

 この中にまだ人が隠れている可能性もある。ひたすら人のいない方へいない方へと動いていれば、ここにいる全員に隠れたまま生活している人がいるかもしれない。

 記憶喪失の川水がどうやってここに入ったかは知らないが、もしかしたら外から転がり込むことができるのかもしれない。それがあったらこの中の人が犯人であるという前提から覆されてしまう。

 宗二が考えながらパンを食べていると、清水が近くに座って、椅子を近づけてきた。

「宗二様」

「!」

 清水は宗二の腕をとってそれを抱きしめた。

 宗二は女性の柔らかい部分に刺激されて頭に血がのぼった。

(わたくし)を守ってくださいませ」

「なぜ突然」

「先ほどは疑ったりしてすみません。もう決して宗二様を犯人などと疑ったりしませんので。お許しください」

 周りの皆は、食べるのに夢中なのか、不毛なやりとりに疲れたのか何も突っ込んでこない。

 宗二は女性の暖かさを感じ、様々な感情や反応が起こって、冷静な思考が出来ない。

「テレビドラマのサスペンスもので、いつも思っていたんです。動機を無視した狂った人間が犯人だったら…… って。冷静だったり、論理的な思考をする人が見つけ出した筋道だけが正解じゃないんじゃないかって」

 清水は宗二の耳に顔を寄せ、囁くようにそう言った。

「不条理なホラーとかが好まれないから、そういう展開がないだけで、別にそのルートもありだと思うんです」

「そう…… 良かった」

 言うと同時に、清水の手が宗二の体に触れてきた。

 言葉にならない息が耳にかかって、宗二の感情は揺さぶられる。

「あの!」

 宗二は蕩けそうになる思考を正すように、少し語気を強めて言った。

「玲さんは何を怖がっていらっしゃるんですか?」

 清水はその言葉の強さに全く動じず、息を吹きかけるような調子で囁き続ける。

「そのことでしたら、この後、私のお部屋でお話をいたしませんか」

 宗二は全身の感覚を、清水の体が触れている部分に持っていかれてしまった。

 そして言葉を発せぬまま、静かに頷いた。




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